第3話 謎のお城の検討(1)

 大ヌシの大藤おおふじ千菜美ちなみ先生は、その九十年前のものかも知れないはしごがついている窓の前から、大型の液晶タブレットを持って来た。

 この仕事は、小ヌシの大学院生の三善みよし結生子ゆきこさんがいるときには結生子さんがやる。いまも杏樹あんじゅとかが手伝ったほうがいいのだろうけど、下手に手を出して落とすとたいへんなことになるので、机に置くときに形だけ手伝うだけにした。

 この液晶タブレットは先生の私物だ。研究室の備品として買おうとしたら、テレビの受像機か、タッチ機能のないただのディスプレイ装置か、もう少し小さいタブレットならば備品として買ってもいいけど、この大きいのはダメ、と言われたそうだ。

 備品の基準っていうのは、よくわからないが。

 たしかに、大きい。

 何型のテレビと同じなのかはわからないけど、同人誌即売会のブースに置いたら半分以上のスペースを使いそうだ。

 え? 同人誌即売会?

 森戸もりと杏樹はそんなものの存在は知りませんよ。なんですかそれ?

 で。

 その大きい液晶タブレットが大机のまんなかにどんと存在している。

 これがふだんはその窓の前に置いてあるということは。

 ここから緊急で脱出しなければならないときには、これを破壊しないと脱出できない、ということだな。

 で、大ヌシは、バッグから自分のスマホを取り出し、何かをぽんぽんとやって、その液晶タブレットに何かを表示させる。

 いや。いまどきの若い大学生がこんな表現しかできないでいいのかな、とは思うけど。

 「新郷しんごう市、ですか?」

 存在感が涼しいいずみ仁子じんこが言う。

 「うん」

 先生がうなずいて、自分のスマホのほうを操作する。まず、地図のまんなかのあたりに赤い丸印がつく。

 「ここが楽山城らくざんじょうっていって、新郷市の中心にあるお城。戊辰ぼしん戦争のときには戦場になったお城ね」

 戊辰戦争なんて言われても一年前の自分ではわからなかったぞ!

 いまは、わかる。明治初期を卒論の研究対象にしようとしているところだから。

 ……どっちにしても、いばれることじゃないな。

 それでも、百何十年か前の戦場と言われると、何か、とても生々しい感じがする。そんなころの日本が「内戦」をやっていて、鉄砲や大砲の弾が飛び交っていた、とか。

 戦国時代の戦場、とかなら、戦国だから戦争してるよね、ですむんだけど。

 で?

 「この城跡かも知れない、っていうのは、このお城と関係あるんですか?」

 「あんまりなさそう」

 ……じゃあなんで最初にその城の話をしたんだ?

 「で、ここが新郷の駅で」

と、そこからちょっと行ったところに×印を打つ。

 「こっちが東ですか?」

 泉仁子が軽く大机に身を乗り出してきく。

 「あ。そうね」

 うーん。まず基礎情報を確定しようとするやつ。

 まあそのほうが学問的かな。しかも、仁子の専門は古墳で、考古学で、方向とか距離とか大きさとかのデータがだいじだから、それを最初に確認するのが身についているのだろう。

 そして、その「東」のほう、楽山城から駅を越えてずっとそちら側に行ったところに、新たに×印がつく。

 「それで、ここに湯口ゆぐち温泉っていう温泉があるんだけど」

 温泉?

 温泉に何の関係が?

 でも、五月というのにこんな暑い日に温泉というのも、いいなあ。

 仁子って。

 温泉みたいにあったかいものに触れると、とけて消えてしまわないかな?

 だいたい、日本の暑い夏、乗り切れるのか?

 まあ乗り切ってきたからいま大学生としてここにいるんだろうけど。

 「ここなのよ、その城跡かも知れないって言うのが」

 話が元に戻る。○印がつく。

 「衛星写真に切り替えると、こんな感じね」

 まず写真が地味な色の衛星写真に切り替わり、そして、その○のところにぐっとフォーカスする。

 「わっ!」

 この大きい液晶タブレットでその急なフォーカスを近くで見ると、ちょっとくらっとする。

 先生は、杏樹の「わっ!」は相手にせず、スマホを置いて、タッチペンを持って身を乗り出した。

 軽く液晶タブレットの画面を叩いて、○印を消す。

 「いまマルのついてたところが、それなんだけど、どう?」

 「ううぅん」

 声は先に上げたが、ここは、考古学でこういうのを見慣れている仁子さんどうぞ。

 「たしかに、ここだけ森が残っていて、こんもりと高くなってる感じですね」

 仁子、期待に応える。

 「でも、こんな開けた場所にあって、ここだけこんなに目立つのに、これまでぜんぜん城跡だとわからなかった、っていうのは、どうしてなんでしょう?」

 「その城のある街ワークショップの高校生の言うには、あやふやな伝説はあったけど、本気にされていなかったんじゃないか、って。あと、こっちの写真」

 先生はスマホのほうに戻って、また何かをぽんぽんとやる。

 液晶タブレットに、さっきプリントしてあった写真が表示される。

 その城跡かも知れないところを遠くから撮影した画像だ。

 こんどはカラーだけど、鮮明度はあんまり上がらない。

 「まわりが、何に見える? 杏樹ちゃん」

 当てるな。

 「えっと」

 しばらく考えるふり。

 どうせ、わかりはしないのだけど。

 「畑……いや、なんか木を植えたみたいな。あの、隣の瑞城ずいじょうのゴルフ場とのあいだにこのまえ木を植えたじゃないですか?」

 話せば長くなるが。

 この泉ヶ原いずみがはらの街には瑞城女子中学校・高等学校というのがあって、女子校で、で、この明珠めいしゅ女学館じょがっかんにも中学校と高校があって、もちろん女子校で。

 瑞城の生徒と明珠の生徒は仲が悪いらしい。

 瑞城の学校自体はここからは離れたところにあるのだけど、高校のくせに、やつらは、いや瑞城はゴルフ練習場というのを持っている。そして、そこから、明珠女の高校のグラウンドが見下ろせる。仲が悪いので、そのゴルフ練習場から瑞城の生徒がこっちを見下ろして明珠女の高校生の悪口を言ったりからかったり罵ったりする。そこで、せめてそこから見えないように、と、その境界のところに木を植えることになったらしい。社会参加意識の高い杏樹は、その木を植えるボランティアに参加してその作業を手伝ったのだけど。

 これ、上からこのグラウンドが見えなくなるまで育つのに何年かかるの?

 もしかして百年とか?

 それだったら、そのあいだに、その明珠女と瑞城の生徒関係を改善したほうがいいんじゃない?

 というような経験から。

 「なんか、新しく開拓して木を植えたような感じが。だから、開拓するまでは、ちょっとこんもり高くなっている、とか、気にも留めないでしょうし」

 「そうね。杏樹ちゃん」

 正解だったようでほっとする。

 「新しく開拓したのかどうかはわからないけど。前に植林していて、それを伐採して、また新しく植えたのかも知れない。もし、前に、背の高い杉とかひのきとかを植えていたとしたら、いっそう、この小さい山では目立たなかったでしょうし」

 そうだとすると。

 最初に植林したときになぜ気づかなかったかがまた問題になると思ったけど。

 言わないことにした。

 言わないことにしたところに

「杏樹ちゃんは何かある?」

 げ。

 大ヌシが杏樹のほうを見ている。

 あの睫毛の長い、少女のような目で。

 「あ、その」

 杏樹はわざとらしく身を乗り出して時間を稼ぐ。

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