第4話 謎のお城の検討(2)

 「ここ、お城だとしたら、何のためのお城なんでしょう?」

 言って、思わせぶりに、大ヌシ千菜美ちなみ先生の顔を斜めに見る。

 「温泉を防衛するためのお城なんでしょうか?」

 温泉をお城の武力で守る。

 それはいい発想だ。うん。

 でも、上で矢が飛び交ってるところで、温泉入ってたいかなぁ?

 それで思いついた。

 「あ、でも、すみません、地図戻っていただけます?」

 とてもさりげなく言う。森戸もりと杏樹あんじゅはこれぐらい思いつくのは普通なんだぞ、とアピールする。

 アピールして、何か出るわけじゃないよね、と思いながら。

 いい成績が出るかというと。

 アピールしなければ悪い成績は出るかも知れないけど、アピールしてもいい成績が出るとは限らない。

 とほほ。

 で。

 大ヌシの先生が地図を出してくれる。

 川が流れていて、そこにカタカナの「コ」の字の建物がある。ここが温泉だ。

 赤い○印の表示も戻ったので、そことその温泉を較べると?

 「このお城というののほうが、温泉よりずっと高いところにありますよね?」

 いずみ仁子じんこがひょっと体を乗り出して、その地図の上をなぞる。

 うわー。

 カーディガンの背中がかわいいなぁ。

 ほんと、肩の両側から抱いてあげたい。

 かわいく、ちょこっ、と手をかけるだけなら、いいかなぁ?

 「百メートル以上の落差がありますね」

 でも、杏樹がいたずらする前に仁子が自分の椅子に戻ったので、杏樹も座り直す。

 「温泉を守るには、ちょっと場所が高すぎますね」

 「うんー」

 大ヌシの思わせぶりな声!

 これも、杏樹と小ヌシの三善みよし結生子ゆきこさんのあいだで、この先生の年齢不詳の証拠として合意ができている。

 「温泉だけ守るのなら、温泉に防衛隊を置いておいたほうがいいよね」

 温泉防衛隊!

 温泉に入りながら温泉を見回りとかしてたら給料がもらえるの?

 いいなあ。

 就職先、温泉会社にしようかなぁ……。

 いや、よけいなことは考えず。

 「ここの温泉がいつからあるか、調べるのも必要ね。それも、文献で。伝承だけに頼ると、奈良時代とかもっと前とか、そんなのになったりするけど。じっさいにその時代の文献に出てくるのがいつか、ね」

 うぅ……。

 文献調べ。

 苦痛だ。

 そんなことを日本史の学生が言っていていいのかと思うけど、苦痛だ。

 「でも、ここはね」

と大ヌシの先生が言う。

 「温泉が開けてても開けてなくても、昔は主要な交通路だから。いまはトンネルができたからそっちが交通路になってるけど、昔はここを山越えしてたから。だから、交通路を守る、っていうのはあったよね」

 話が文献からそれて行ったので、杏樹はほっとする。

 「でも、おんなじ問題はありますね」

 声も涼しげな仁子が言った。

 「道の守るためなら、道に部隊をおいたほうがいい、っていう」

 「まあ、高いところから下向きに撃てる、っていうのは、有利なことだから、高いところに拠点を置いておくのがいい、ってことはあるわよね」

 ああ。あれだ。

 瑞城ずいじょうのゴルフ練習場が高いところにあって、その下に明珠女めいしゅじょのグラウンドがあるから、そこから明珠女の生徒に悪口を言ったりからかったり罵ったりすることができる。

 位置関係が逆なら、そんなことにはならないだろう。

 でも、そのとき、思ったことがある。

 明珠女は、とてもなだらかだけど、山の中腹にあって、いちばん下が中学、その上が高校、そしてさらにその上が大学と、偉い順に高いところを取っている。

 そして、その瑞城のゴルフ練習場は、大学よりさらに高いところにある。

 その、木を植えるボランティアのとき、その場所を見上げて思った。

 瑞城のゴルフ練習場がここにあるということは、ゴルフを練習する瑞城高校の女子たちは、ここまでゴルフ道具を運ばなければいけないのか?

 しかも、瑞城からここまで、歩いて三十分はかかるというのに?

 まあ、瑞城はお嬢ちゃま学校だというから、車とかで送ってもらっているのかも知れないが、それにしても。

 ……という思いつきを、ことばにする。

 「でも、武器とか、その百メートル上? そこまで運ぶの、たいへんですよね? 兵隊も行ったり来たりしないといけませんし」

 「あと、最低限、水は必要ですよね。できれば、川まで水を汲みに行かずにすむように」

 泉仁子なかなかよいところに気づく。

 「だからね」

と先生が思わせぶりな言いかたで言う。

 「ここ、もうちょっと川の下流のほうに、転法輪寺てんぽうりんじっていうお寺があって」

 はい……?

 テンポが何だって?

 よく聴き取れなかったけど、いいことにしよう。とにかくお寺があったのだ。

 「そのお寺がいくつかお城を持ってたのね。中世には、お寺自体がお城のかわりになった、って話は、前にしたわよね」

 「はい」

 泉仁子が答える。

 そうだ。

 それは、森戸杏樹が泉仁子と初めて会った日のこと……。

 ま、最初にここの研究室に来たときのことだけど。

 そんな話をした。

 最初からそんな話をするなんて、けっこう、学問的に生きてるなぁ、杏樹って。

 「そこの関連のお城じゃないか、って、この子は言ってるんだけど」

 そのワークショップの高校生のことだろう。

 「でも」

と、杏樹が言う。

 「こう、こんもり、山になってる、ってだけでは、城跡って言えませんよね? だいたい、これ一つだと、小さすぎる感じもしますし」

 「そこなんだけど」

と先生が言いかけたところに、また、ばさっ、とかいう音がした。

 だれかが入って来た。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る