第6話 小ヌシ結生子さんの研究を語る!
凍りついたのも無理はない。
岡下の向こうが
そこまで、自転車?
いつもどおり?
「いまあるおカネはだいじに使いたいですから」
いや、それは、わかる。
杏樹だって、だいじに使いたい。
「結生子ちゃんねえ」
大ヌシ
しばらく黙って見てから、言う。
「命はだいじにしてよ」
「あ。はい。気をつけてます」
小ヌシ結生子さんがしおらしく言う。言ったと思ったら
「だから、先生も、徹夜で文献読みのあとに車を運転して発掘現場までとかやめてくださいね」
……反撃。
どちらが危ないだろう?
どっちもどっちのような。
杏樹のようなよい子は、まねするのはやめよう。
でも、仁子が凍りつく必要はなかったな。
もともと涼やかなので、凍りつくまでの時間が短いのだろう、仁子は。
「それで」
と、仁子が凍っているあいだに杏樹が小ヌシにきく。
「結生子さんの卒業研究って、その岡平藩の藩政改革でしたよね」
去年一年、何回もその話を聴かされた。
いや、「聴かされた」というのは、よくないのかな?
「聴く機会があった」?
杏樹が、三年生になってここの研究室に来た後の五月の末ごろに、この結生子さんの最初の卒業論文構想発表があった。夏休み前には卒業論文が何章構成で第何章には何を書く、みたいなのが公表された。夏休み明けに、それに沿ってどこまで研究できているかの報告があった。そのあと一一月ごろにもういちど報告があって、年末が論文提出締切で、締切後にまた報告があった。
ところで、ほかの研究室に進学した友だちにきくと
「卒論報告? 夏休み前に先生にテーマを見せて、あとは提出した後に
とか。
とか!
進学先、失敗した!
……と、そのことについてだけは思う。
ほかは。
楽しいからいいか、日本史、と思っている。
存在感が薄かったりはかなかったり涼しかったりする
「そうだけど」
ヌシ的な存在感を示して、結生子さんが答えた。
杏樹がその結生子さんにきく。
「こんどは漁業とかの研究なんですか?」
「いつもながらいい質問だねぇ」
いつもながら、何か踏んだ感じがします。
「わたしの卒論は覚えてるよね?」
「あ、はい」
何を踏んだか不明のまま小ヌシとの問答が続く。踏んでないかも知れないし。
「その岡平藩で、えっと、
岡平藩というのは、その岡平市のところに江戸時代にあった藩だという。杏樹の行ったことのある岡下は岡平藩とはいちおう別の藩になっていて、岡平藩藩主家の分家が治めていたのだそうだ。
「その騒動の後の藩主が、どかどか改革をしたんだけど、なんか、その改革っていうのを、その藩主とお父さんとの手紙のやりとりから、なんかその、なんかする、っていう……」
なんかとても暑くなってきた感じがするんですけど!
「えっと」
と涼やかな声がする。
助かった!
声は泉仁子の声だ。氷がとけて復活したらしい。
「宝暦年間に岡平藩の藩政が混乱して、その混乱のあとに藩政改革が行われたんだけど、その藩政改革の性格が、その混乱の時代の改革と連続している改革だったのか、それともそれを否定する改革だったのか、という問題点について、そのお父さんからその藩主に宛てた手紙や、藩主の家族への手紙を読み込みつつ分析する、という論文でしたよね?」
すごいっ!
仁子、どうしてそんなにひとの論文の内容をよく覚えてるんだ?
そして、どうしてそんなに淡々と解説できるんだ?
小ヌシ
「まあ、その藩主家の騒動についてはわからないところが多いのだけど、その騒動を含めた藩政の混乱は、
ところで、さっきから大ヌシの反応がないのだが?
こういう話をしていると、大きいところからとても細かいところまで、大ヌシからツッコミが多数入る、というのが普通なのに。
いったい、どうしたのだろう?
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