ᴸᴵᴾ ᵀᴬᵀᴼᴼ ⁵
貴方の匂いと感覚だけがすぐ側にあったのに、
よるが消えたときそれはこの手から羽ばたいていく。
私もそれとともに溶けちゃえばいいのに、
ここにこの身体がちゃんと存在しているのはなぜだろう。
貴方の中からは私がすべて蕩けてあの黒い花の蜜となり、
そして消えてしまえばいい。
黒く塗りつぶした爪の先が心臓の真ん中を切り裂く。
塗りつぶしたはずなのに少しだけシアーで、そのせいで剥き出しの生肌が顔を出していた。腕と足をだらりと落としたくまのぬいぐるみから向こう側の綿が透けてしまうみたいで、堪らず指先で撫でた。
嘘が黒いだなんて誰が言い出したのだろう。
本当は嘘だって、氷砂糖みたいに透明で、甘く蕩ける軌道になりうるはずなのに。
世界中さがせば世の中に運命は存在する。
赤い糸はこの黒く透けた小指の先から世界中、地球上、どこかには繋がっているはずである。思いきりのばせば、あのバスケットボールみたく届くかもしれないなんて、それこそ嘘ばっか。
" αとβ、+と-、xとy。"
片方じゃ稼働できないイヤホンみたいに、そんなペアリングは恐らく人にだって成立する。
だが、それに気が付くことも、出会うことも、それは不可能である。世界どころか地球上すべて、その向こう側にまで果てがあるわけで。
運命だと錯覚して導かれた先は所詮ミスリードであり、それに擬態しているだけ。本物に辿り着く確率なんて星が突然頭に落ちるよりも低い。真夜中より朝の方がずっと残酷だって、本当は誰もが知っている。
即ち私と貴方も、運命の閾値にはとどかない、
ただそれだけのことだった。
新宿駅で降りて、向かいから来た総武線の轟音がイヤホンを突破してくるのが疎ましくてフェンスを凝視したら瞳の枯渇に瞬く。
改札を超え、あえて遠回りしてから南口を目指すといつかの夜を思い出してしまいそうだった。思い出してしまいそうだと思う時にはすでに、その記憶は私の中を一杯にしてこぼれているときだと分かっていた。ほどなくして瞳を睫毛が麻酔針のごとく刺した。
パチンコ店の前に咲く紫陽花が無駄に儚くて泣きたくなる。さよならの代わりに、誰かが踏みつけた煙草の空き箱を避ける。夜の驟雨を待っていた。
× ( E n D . )
唇紋に燃え殻 星雫々 @hoshinoshizuku
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