最終話 見りゃあわかるのよー

「わー、よくやったねー。さすがわたしの弟子だよー」

「見込み違いじゃあなくてよかったな」


 マルゥはベッドに横たわって、その上にニルが座っていた。

 ムシュフシュの魔法で癒しても、その分魔力を使ってしまう。次の戦いのためにも一肌脱ごうとニルがマッサージを買って出たのだ。


「にしてもこんなことずっと続くのかよ」

「いつか終わるよー」

「そらそーだ。でもなかなかにしんどいぜ?」

「いーじゃん。こーやって師匠がご褒美のマッサージしてあげてるんだからさー」

「マッサージだけじゃあなあ」


 ため息交じりにマルゥが言うと、ニルは顎に手を当てて考えるそぶりを見せた。しばらくしてからポンと手を叩くと、座っていた体勢を崩しそのまま倒れてきた。うしろから抱き着かれるような形になる。


「うわ、なにするんだよ!」

「えー? 追加のご褒美だよー」

「なんで抱き着くのがご褒美になるんだ!」

「好きな女子からのハグはー、ご褒美になるでしょー?」

「いつオレがニルのことを好きだって言った!」

「えー? それくらいわかるよー。だってー、会ったときにすっごーいエッローい目で見てたからねー」


 マルゥは顔を赤らめて咳払いをする。図星を突かれて言葉を返せない。


「わたしさー、女の子の方が好きなんだよねー」

「……は?」

「マルゥを見たときにこの子が女の子なら超タイプなんだけどなーって思ったの」


 二人だけの部屋に沈黙が落ちた。ベッドから浮き出た埃が窓から差した日を浴びて存在を明らかにする。


「もしかしてお前、オレを女の子にしたかっただけなんじゃ?」

「そんなー、まさかだよー、副産物だよー。大義は魔女の闘争で勝つことだよー。そして人類のめつぼーを防ぐことだよー」


 ニルはそのままするりと体をスライドさせ、マルゥの横で添い寝するような形を取る。マルゥが顔を埋めている枕に、ニルの頭も乗っている。


「こっち向いて? ご褒美あげるから」


 キスだろうか。そう思っているとクスクスと笑う声が聞こえた。


「なんだよ」

「大丈夫。もっとすごいことだから」


 心を読まれた。ビクッと体を引きつらせる。


「もー男になんか戻りたくなーいって思えるくらいー、気持ちよーーーーくしてあげるー!」




 “世界の隠し事”。世界を覆す力。理不尽な世界を変えたいと思う人は少なくない。魔女になって他の魔女を殺してでもそれをこいねがう人もいる。しかしそんな殺伐とした世の中を愛した魔女がいる。このままでいいと思う魔女が。マルゥはニルがそんな魔女だから好きになったのかもしれない。見た目で、声で、匂いで一目惚れしたわけではなかったのだ。それこそ「それはまあなんてーのかなー、見りゃあわかるのよー」としか言いようがないような『なにか』が滲み出ていたのだろう。


 マルゥはニルにされるがままになりながら、白い世界を迎える。欲望の果てに辿り着いた世界の端っこでニルを抱きしめて、こんなにも解き明かされた世界なら、隠し事なんて初めからないのではないかと思った。

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アヌンナキの弟子(旧題:魔女と世界の隠し事) 詩一 @serch

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