醜くても美しくても、その生き様に心を打たれる

軍医であるジーンは月の裏側にある難民収容所に転属される。その施設では人体実験が行われており、彼は激しい罪の意識に苛まれながらも、それに加担することを余儀なくされるのだった。

後戻りできない恐怖や緊張、覚悟に満ちたヒリヒリする導入から、緊迫に満ちた展開を繰り返し、物語は駆け抜けていきます。
ストーリーや明かされる真相、SF・戦争・アクションといった要素ももちろん楽しみましたが、中でも私が引き付けられたのは登場人物たちの内面でした。

登場する人物たちは、皆何かに押さえつけられ、自分の意思をねじ曲げざるを得なかったり、傷つけられたりしています。
しかし、望まないことを強いられ、苦悩していても、そのことを知るのは本人や近しい人のみです。何かに押さえつけられた人間は、自分もまた誰かの意思をねじ曲げ、傷つけ、押さえつける存在となってしまい得るのです。
そういった視点的なものに加え、登場人物ひとりひとりも本当に丁寧に描かれています。それは一人の人間が同時に抱える相反する感情等の複雑な心理にまで及び、人間の、時に矛盾を抱えた多面性や、儘ならなさや、激しい正負の感情を緻密に描き出します。
それらを手がかりに各登場人物に意識を向けると、どこまでも深く物語に潜ることができるように思いましたし、文字数以上の、膨大なものを受け取らせていただいたように思いました。
「作中に登場した人物たちだけでなく、登場していない名も無きこの物語の世界の住人たちも、きっと色んなものを抱えて生きている」なんて思いも馳せてしまいました。

人物たちに集中できたのは、ストーリーが上質で、物語の舞台設定が読んでいて自然と入ってくる巧みさもあったからだと思います。
行間の取り方等も配慮されていて、重厚な物語なのにとても読みやすかったです。


読み終わった今も、色々なことを考えます。私はこの作品から、今も様々なものを受け取らせていただいているようです。

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