主人公はピリカという店に通っている女性だ。「ピリカ」とはアイヌ語で一般的に「美しい」と訳されてきたが、現在では「良い」や「好ましい」などの拡大解釈もされている。そのピリカではよく観葉植物が売られていた。主人公は値下げされ、廃棄処分寸前の観葉植物を購入しては家に持ち帰っていた。まるで、処分されるはずだった命に、自らの手で息を吹き込むように。
そんな中、主人公の女性はツバメのタトゥーを入れた青年に出会う。祖父母の育てられたという青年は、ピリカと言われながら育ち、タトゥーのこともシヌエと言われたという。シヌエもアイヌ語で「私を染める」という直訳になるが、意訳すると「刺青(文身)となる。どうやらピリカで観葉植物を買いとるところを見られていたらしい。主人公は青年に観葉植物の器の移し替えの方法や応急措置の仕方、水の頻度などを教える。これをきっかけに、主人公と青年には縁ができてしまった。そのせいで、青年のバイト先の女性に絡まれるなどの面倒事も増えた。
しかし、女性の体にはある秘密があり、それを誰にも言えないままになっていた。そして青年の方も、突然アルバイト先に来なくなった。
一体何が?
若い男女の関係性というと、恋愛やそれに近いものを想像するだろう。しかし、この作品は静謐という言葉が一番似合う。題名もアイヌ語で「オンネ・トー」と分解でき、「オンネ」は「古い」と訳され、「トー」は「湖」と訳される。最初は「古池の森」と意訳して拝読していたが、作品の雰囲気は「古池」よりも「湖畔」が似合うと思い、それをレヴューの一言紹介文とした。
純文学を長編で書くのは難しい事だと思う。それを難なく書く文筆力に圧倒されながら拝読した。この作品を拝読していると、雨の明確な描写がないのに、静かに降る雨のカーテンの向こう側から主人公たちを見ているように感じ、物語の中の人々の息遣いや音も滲んで聞こえる気がした。しかしセリフだけは明瞭だ。とても不思議な心地で、今までの作品でも味わったことのない感覚だった。
是非、御一読ください!