女子力の話

 「女子力が高い」と言われることが多い。それは私がティッシュやハンカチ、絆創膏を常に持ち歩いていることに由来すると考えている。

 そもそも女子力とは何なのかという話をすることになりかねないが、ここは私の備忘録ということにしてあるので深くは考えないことにする。


 さっき挙げたようなティッシュやハンカチを持ち歩くのは、自分が手を拭いたり鼻をかんだりするためである。決して他者から女子力を評価されるために持ち歩いているわけではない、持っていないと自分が困るからだ。絆創膏も同じで、自分が怪我をしたときに困るから。

 では、同じく女子力として評価されることの多い料理や裁縫ができるのはどうなのだろうか――?

 これらも女子力に限った話ではないのではないかと考えている。昔は家庭科をやるのは女子のみという時代もあったそうだが、現代では男子も女子も家庭科の授業を受けているではないか。かく言う私も中学時代は技術の授業も受けた。転校したこともあって二年連続で小さな棚を作らされた(錐で穴を開けるのが大変で嫌だった)し、中3のときはラジオ作りのキットを使ってはんだ付けの実習(めちゃくちゃ楽しかった)もした。もちろん反対に男子も家庭科をやっていた。

 裁縫が難しくてできない、という声が聞こえてきそうだが、それは単に経験に乏しいだけではないのかと思う。破れた靴下や取れたボタンくらいは縫える技術を義務教育で身につけさせられているはずなのだから。大抵は教わっただけではできるはずがない、それでできるのならよほどの天才だ。なにも難しいことを要求しているのではない。別に最初から綺麗に縫えるなんて誰も期待していない。針に糸を通せ、糸を結べ、布に針を刺せ――たったこれだけのことだ。さほど頭を使わなくていいぶん、普通の勉強や体育なんかよりよっぽど簡単だと思ってしまう。

 料理だって同じことだろう。大抵は経験の不足で、練習さえすればだいたいどうにかなる。料亭レベルを求めるならまだしも――それだったら店で食べた方が良いかと――例えば自分が食べるために料理をするのならば、具材を切って油で炒めて味付けをすれば何らかの炒め物になるし、具材を切って煮てコンソメを入れれば何らかのスープになる――これは母の受け売りだ。それに現代ならネットで調べれば「レンチンでできる〇〇」がたくさん出てくるし、「スープジャーを使った時短レシピ」もたくさんある。

 今親元で暮らしているのなら、頼めば親がやってくれるかもしれない。しかし、独り立ちしたときに身のまわりのことが何もできないのでは話にならない。いい年した社会人が普段の生活のことで親に心配されるなんてカッコ悪い――私はそう思ってしまう。

 普段「女子力」として片付けられがちなこれらは、よくよく考えてみれば生活基礎力と言い換えられるのではないかと思う。とりあえず、私は現在週2で登校するうちの片方は自分で作ったお弁当を持って行くことにしている。

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