アルバイトの話

 小中学生と戦う仕事をしている――文字通りの意味ではなく、もちろん比喩として。


 もともとは、大学生になったら飲食店ホールのアルバイトをしたいと考えていた。高校時代に学校に隠れて(バイトが禁止されていたわけではなかったが学校に申請して許可を貰わなければならず、またその許可が滅多に下りないという噂があった)バイトをしていた同級生が三人ほどいて、うち二人はチェーンのファミレスのホール、残り一人は個人営業の飲食店(レストランというより居酒屋に近い By本人)で働いていた。その三人の話を聞くうちにチェーンのファミレスは比較的ホワイトでシフトもある程度は融通が利き、社割もしくはまかないがあるという非常に魅力的なバイトであるように思えてきたのだった。

 ちなみに、その当時は塾でバイトするなんて考えてもいなかった。早々と進路が決まったかるた部の部長(エッセイ練習帳にも出てくるあの方)が通っていた塾でそのままバイトすることにしたという話を卒業式の日に聞いたが、そのときですら「へぇさすが」程度にしか思わなかったし、その後通っていた塾に合格報告をしに行ったときに書かされたアンケートでも「塾講師・チューターのアルバイトを希望するか」という質問には「希望しない」にチェックを入れた。

 だって私は私大後期滑り込み合格組だからな!?書かせないでおくれよそんなアンケート。

 というわけで、無事に引っ越しを終えた私は近くの飲食店でのアルバイトを探し始めた。最寄り駅の隣の駅から徒歩10分――と書いてあったのに実際に行ってみると何故か反対方向の二つ隣の駅からバスで二十分以上かかったのはどうして――のチェーンの飲食店を見つけたので親に確認した上で応募し、面接へと向かった。まだ入学式前のことである。

 面接をしてくれた店長さんがその店舗が私の家から遠いこと等を考えた上で「大学生なら、最寄りが学校の近くでもっと待遇が良くて有意義なバイトがあるんじゃないかな」ということで私はその場で不採用となった。帰宅途中の大通り沿いで「家から遠すぎて不採用になったんだけど」とバカ笑いしながら親友に電話したのはある意味良い思い出だ。

 帰宅してからは再びバイト探し。倉庫や仕分けなどの作業を除けば、家の近くではもう塾講師のアルバイトしかない。両親がせめて前期は週1で、と言ってきたこともあったが、それだとスーパーもドラッグストアも除外されてしまう。

 そして紆余曲折あって、四月下旬に入ってから個別指導塾の講師のアルバイトに応募することにした。一次試験は開始直前まで段ボール箱から引っ張り出してきた中学数学の参考書を隅々まで読んで挑み、二次試験の面接もガチガチになりながら望んだ。予想外の質問が飛びだしビビり散らかすも、数日後に合格のメールが届いた。


 そして現在、比喩的な意味で小中学生と戦う仕事をしている。

 小学生の頃は首都圏に住んでいたものの、そこはいわゆるベッドタウンでお受験もそれほど盛んではなかった。四十人のクラスの中に七、八人いるかいないかという程度。しかも、受験するのはよほど頭の良い子――今考えると、塾に通っていたから勉強ができたんだろうな――かお金持ちの家の子。その上、私が高校卒業まで住んでいた某地方都市は「中学受験=公立中高一貫校」という図式が出来上がっていた。そこでも受験するのは小3くらいから塾に通っているような勉強の出来る子。さらに地方あるある(らしい)として、「国公立は上、私立は下で国公立落ちが行く所」という認識が闊歩している。例えば、地方のある同じ高校から隣県の国立大に進んだ生徒と青〇大(お察しください)に進んだ生徒がいたとする。極端な話、この場合褒められるのは前者なのである。地方の高校が全てこう、というわけではないのだが、よくある話である。私も後者(私大)なので国立大に行った同級生に対して劣等感を感じるが、ぶっちゃけ塾や予備校の偏差値だけで見るとうちの大学の方が高かったりするからな……。

 一方で、ガチの首都圏。ググってみるとある小学校では六年生のうち三分の一が受験するとか書いてあるので既に怖い。「〇〇(有名難関大学)大付属□□中」という新たなる概念(合格したらそのままエスカレーターやん)。そして、個別指導塾という特性故か、小6になって受験勉強体制に入ったという子も少なくない。高校入試が不安なので中学受験させておくという親御さんの判断(新たなる概念その2)。

 カルチャーショック受けまくりである。

 中学生は、中学受験をくぐり抜けてきたか、中学受験を経験していない公立中の生徒でも内申点や高校受験を意識しているため、もう面構えが違う。たまに船漕いでるときもあるが、大抵真面目に問題を解いてくれている。だが問題は小学生、局地的に筆舌に尽くしがたい生徒もいる。コンプライアンスを守るためにこれ以上は言えないが、うん……。

 それにしても小学生、面白い生物だなあと思う。なんかやたらと鬼を退治する某アニメ(見たことないのでわからない)のノート使ってるし、たった三十秒でも目を離したら溶けてる(誤字ではない)し、お絵描きするし(どうして)、練り消し作るし(小学生よくやるよね)、虫が飛んできたら逃走するし(私も虫嫌いだけど、埒が明かないので私が捕まえて捨てた)、「中臣鎌足」を「生ゴミの塊」と呼んで大笑いするし(どうやって伝播するんでしょうね、私のときも流行ってたけど)、ティッシュ食べる(どうして)し――、こんなに面白い生物だった時代が自分にあったか記憶にない。私は小学校の後半は合唱のことしか考えてなかったし、塾に通い始めたのも小6の冬から(中学英語先取り)だった。自分で言うのもあれだが、おとなしくてわりと勉強もできた方だったので、お絵描きや練り消しのあたりは正直よく分からない。ティッシュはもっとわからない。

 まるで掴めないなと思いつつ、とにかく毎日漢字の書き取りや英単語の暗記をさせる日々である。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る