注射の話

 突然だが、私は注射が嫌いだ。

 こればかりは好きだと言う人もそれほどいないと思う。好きとか嫌いとかそういうのを全て抜きにして、「まあ病気にかかっても困るし、打っておくか」程度で打っているんだと思う。

 しかし、私は違う。こればかりは自信を持って言える。ワクチンの内容云々ではなく、ただただ注射そのものが嫌いだ――と。


 私の注射嫌いは今に始まったものではない。

 まず小学校に入るまで。もちろん嫌いだった。腕に針刺されて泣かない方がおかしいと言っても過言ではない年齢なのだから、仕方ない。

 次に小1から小2。嫌いに決まっている。小学校入学直前に引っ越して、よく調べもせずに母が連れて行ったこの病院、恐ろしいことに予防接種の担当が注射の下手な年配の看護師さんだったのである。それは恐怖としか言いようがなかった。あの腕を乗せる台が、私にはあたかも断頭台のように見えていた。そしてこの病院で初めてかの有名(?)な「赤ちゃんもこの針で注射するんだよ」という言葉を聞いたのだ。

 さて、小3の年。私の母は困り果てていた。小学生のインフルエンザの予防接種は2回ある。小1・小2の年は歩いて通える病院に注射を打ちに行っていたのだが、注射の後は痛みと精神的なショックで私が大泣きする。普通に近所迷惑だし、母の精神的にもきつい。そこで彼女は名案を思いつく。私の同級生や社宅の母親達――つまりママ友に「駐車場のある病院、できれば注射の上手い先生のいる病院はないか」と聞いて回ったのである。そこで見つかったのが、私が小1でインフルエンザにかかったときに一度だけお世話になった内科・小児科だった。評判通り注射はあまり痛くなくて――後にその話を聞いた同じ社宅の同級生もそこに通うようになる――、注射のあとに貼られる絆創膏には動物のスタンプが押してあって、なんだかんだで結局そこの病院には中1の春休みに引っ越すまでお世話になったのである。

 中2――これが悲劇の始まりだった。超痛かった。先生自体は感じの良いおじいちゃん先生で、病院の対応も親切だった。しかしめちゃくちゃ痛かった。とはいえ、痛みだけならまだマシだったと思う。私は注射の直後に、貧血のときにあるようなめまいを起こしてぶっ倒れたのである。私もパニックだったし、母もパニックだった。病院ではアナフィラキシーショックを疑われ、救急搬送されかけた。診察の合間に様子を見に来たおじいちゃん先生が痛みのショックから来る迷走神経反射とかなんとか言っていたがよく覚えていない。そのときの顔色について、母が待機用の病室に備え付けられた少し黄ばんだエアコンを指さして「あれくらい」と妙に真剣な顔をして言ったのが印象的である。その後、高3まで注射は一度も受けなかったが、同年十二月にうちのクラスだけ感染性胃腸炎が大流行し、私も感染した――部活で腹痛を起こした瞬間に早退したので部活内での感染拡大は防げたのでヨシ――ときと、翌年二月に咳が止まらなくなった――部活のコンクール直前に風邪を引き、気合い()で治して出たものの、その後テスト中や部活で歌っている途中で咳が止まらなくなるというすさまじいぶり返しが来た――ときなど、ちょこちょこお世話になった。


 さて、今話題の予防接種。大学での大規模接種などいろいろあったが、正直「誰が受けに行ってやるもんか」と思っていた。ワクチンの問題ではない、何度も言うように注射自体が嫌いだからだ。

 そんな私が今回のワクチン接種に踏み切るまではいろいろあった。

 まず接種すること自体はいい。ただ人体に針を刺すのだけが気に入らない(無茶言え)。海外での接種の様子がたびたびテレビで流れていたが、正直に言うと、そんなセンシティブ映像を何の断りもなく公共の電波で流すんじゃないよと思っていた。海外のお医者さんがダーツでも投げるかのように針刺してて怖いとしか思えなかった。ニュースで点鼻薬型のワクチンを開発していると聞いて、どれほど完成を待ちわびたか――最近全然聞かないけど。

 次に、接種する場所。大規模接種会場は論外、万が一下手な人に当たったらと思うと気が気でなかったし多分緊張して倒れる。地区センターなどの会場も同じ理由でアウト。大学の集団接種会場も無理――自宅から一番近い所でも一時間かかる。注射のあとなんて負傷兵のような状態になるに決まっているのだから、一時間もかけて電車に乗って帰ってくるなんて考えられない。したがって導き出された答えはただ一つ――かかりつけ病院での個人接種だ。運良く小学生の頃にお世話になっていた病院は個人接種の申し込みを受け付けているそうだが、そこそこ人気のある病院なので八月の予約はもういっぱいになっていた(21年7月当時)。待つこと一月半、ようやく次のワクチンが確保できたとホームページに載るやいなや母は病院に予約の電話を掛け、ようやく予約が取れたのであった。


 と非常にバタバタしながら、十月に入ってからやっと受けられた予防接種。何故今こんなタイミングでこの話を、という思う方もいらっしゃるかもしれない。私自身、この話は完全なる身内ネタとして墓場まで持って行くつもりであった。しかし、とあるアニメを見てからどうしても書いておきたくなった――たったそれだけなんです。

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