備忘録のような

夏野彩葉

蚊の話

 突然だが、私は虫が嫌いだ。

 虫が好きな方には申し訳ないが、見た目も大きさも関係なく。

 特に飛ぶもの・刺すもの・毒のあるもの。蜂なんかはこの全ての条件を満たしてくる。すなわち出会ったら即ゲームオーバー。

 それならこの三つのどれにも当てはまらなければ良いのか?――答えはNO。例えば青虫、ごめんなさい無理です。

 では虫全般がダメなのか?――その答えもNOである。なんだこの人ややこしいな、と思われても仕方がない。私は小中高と花を育てる委員会(栽培、緑化、園芸、など名前はまちまち)に入っていたせいか、土の中でじっとしているだけのダンゴムシやミミズならそこまで抵抗はない。ただし――死ぬときにわざわざ地上に出てくるミミズ、お前は許さん。



 そして、ここからが本題。

 これはつい二週間ほど前の午前一時頃のことである。

 私は自室で月末に提出する期末レポートに取りかかっていた。――月末に出せばいい物を今からやるなんて感心だ、という声が聞こえてきそうなものだが、決してそんなことはない。私には変な癖があって、それは親しい人なんかと話すときに「アレしてたときにアレだった」と文の骨組みだけを先に話して相手に「アレってなに?」と聞き返されてから『アレ』の部分に名詞・動詞を埋めていく、というものである。私がやっているのは話すときに『アレ』と言う所を空欄にしてフレームだけを組み立てている作業である。従って中身は真っ白、参考文献にもほとんど手を付けていない。

 また、「なぜこんな時間に?」と思う方もいるかもしれない。答えは単純、夜型だからだ。作業のエンジンがかかるのが九時過ぎなので、おのずとこんな時間にレポートを書くことになる。

 さて、そんなフレーム作りをしていたとき。左脛の痒みに気がついた。

 実は私はアトピー持ちで、あちこちを無意識にかきむしるのは日常茶飯事だった。しかし、それにしてもこの腫れはおかしい。

 程なくして左足の裏にも痒みを感じ始める。そして、私の視界を黒いものが横切った。

 ここで初めて、私は蚊の存在を認識したのである。

 どうしたものか、と私は軽く思案した。以前は天井に逃げて張り付いた蚊を父に仕留めてもらった。しかし今は午前一時過ぎ、両親はとっくに寝てしまっている。一人で対処するには――しかなかった。

 私はをリビングに取りに行き、そして自室に噴射した。そのままドアを閉め、三分ほど待つことにした。

 三分後にドアを開けて部屋に入る。丁度のせいで力を失った蚊がふらふらと床に置いた小型扇風機の前に落ちてくるところだった。思わず履いていたスリッパを脱いで蚊を叩き潰した。スリッパの裏についた血は、間違いなく私のものだろう。


 というのは、その空間に蚊がいなくなる感じのスプレーだ。効き目抜群。

 そして、スリッパの裏についた私の血は、今ではどこがそれだったかわからないほど薄くなっている。

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