第12話 vsパージミックス その2

 矢が放たれた。

 みにいは直線上の軌道から横へはずれ、転がる。後ろを抜けたはずの矢は切っ先についた糸が引っ張られたように軌道を変え、みにいの背を狙うッッ!


「二分の一、当たりぃ」


 刺っ! と目に見えた衝撃が背中を襲うが、ずぶ、と刃が肉に埋まった感覚はない……、血の一滴も、みにいは流していなかった。


 フードの内側、耳元で囁かれる。


「オレを腹にしまった雑誌扱いすんじゃねえよ……」


 矢に撃ち抜かれたのはみにいではなく……手の平サイズの怪獣である。


 みにいの体に数匹、潜り込んでいる彼は、攻撃を察知して刃の前に移動する。服の内側だと動きづらいが、レインコートの内側だったのが幸いした。

 小さいサイズでもみにいとってはぶかぶかだ。その余裕が、小さな怪獣がスムーズに動けるスペースを作り出した。


 みにいは軽装だが、怪獣を体に這わせることで使い勝手が良い盾になってくれている。


「あたしが死んだら地球から出られないぞ。だったら責任を持って守れよ――こっちはお前を……あんたを頼りにしているんだから」


「こりゃ利用されたもんだ。妹を人質に、力を貸すことで地球からの逃亡を謀ったが……、まあ、お前を守ることくらい大した手間じゃないから構わないがな」


「もしもあたしが矢に向かっていったらどうする?」


「オレがアンタを守らなければ妹は助からないが、いいのか? 確実に当たると思った攻撃しか弾いてやらねえよ。お前が死ねば、妹の無事は保障されなくなる……それを最も嫌がるのはアンタ自身じゃないのか? 

 自殺をしたいなら結構。地球からの逃亡は、また別の人間を利用して挑戦すればいい」


「……ごめんなさい……だからえりいを助けるまでは……あたしを守って」

「……卑怯なやつだ。こういう時だけしおらしくなりやがって」


 悪態をつきながらも笑みを含ませる怪獣にみにいは言った。


「弱さの使い方も、分かってきたかも」


 自身の容姿という武器を理解してきたみにいである……これまではそれを最も嫌い、避けてきたが、プライドよりも妹である。人の命の上にあるプライドなど捨ててしまえ。


 気魄を補充し、弓矢を構えるピンクを再度見る。

 弓は遠距離武器だが、矢は手で持てばそのまま刃を持つ武器として利用することもできる。


 だから懐に入れば銃のように封じることができるわけではない。

 ……だが、弓矢としての効果は半減するだろう。


 刃がほんの先っぽにしかない剣など、注意深く見れば避けることは難しくない。


「そうだ、ちょうどいいね」


 と、ピンクは急に矢の向きを真上に変え、放った――、気魄によって作られた矢は上空でバチッ、と弾け――白い光がみにいの視界を染めた。


「ッッ!!」


 雷を呼び寄せたのだ。

 そして矢は、衝突してきた雷を一点で受け止め、分散させる。強く出てくる蛇口の水に指を押し当てたように、周囲へ水を散らすように――雷も同じだ。


 ぴり、とみにい頬が違和感を受け止め、雨を伝って分散した一部の雷が、隙間を縫ってみにいの懐へ潜り込んできた。


「いぎっ!?」


 ぱちぱちぱち、と脳が弾けるような感覚……、意識が吹っ飛びそうになった。


 膝をつき、水溜まりに手をついたみにいの手の甲に、刃が突き刺さる。


 矢――である。


 視線の先に、屈んで目線を合わせてくるピンクの両目があり、彼女がみにいのフードをゆっくりとめくり上げた。


「あはっ、見ーつけた」


 手と地面を繋いでいる矢がある限り、みにいはこの場から動けない……。

 既に刺さっているのだから、今更、手の平サイズの怪獣に身代わりになってもらうことはできない……、打つ手なしの、万事休すだ。


「シンドロームズの反逆かあ……面白いイベントにはなりそうだけど、パージミックスの管理不足だって叩かれる可能性もあるし、ここは見せしめで殺しておくべきかな?」


 気魄で作られたもう一本の矢がみにいの首元に向けられ――その時だった。


 雨足が強くなったことで気付けなかったのだろう、ピンクの背後に見える大群に、みにいですら寸前で気が付いたのだから。

 ……やはり大量に集まり、それが視認できてしまうと嫌悪感が生まれてくる。

 愛嬌があるカエル顔のトカゲサイズの怪獣とは言えだ、数百、数千か? ……匹に囲まれてしまえば、ぞっとする。


 軍隊のように揃った足音が、まるで太鼓を叩いたようだった。


「え、うわ、気持ち悪っ」


 ピンクの意識が逸れた。その隙間を狙ってみにいが手を貫いていた矢を引き抜く。

 ピンクに気付かれる前に突進し、彼女を押し倒し――、すぐに怪獣たちがピンクを抑えつけてくれた。一匹の体重が片手で持てる程度でも、数百と体に覆い被されば満足には動けない。

 みにいと怪獣のアイコンタクトで生まれた連携プレイだった。


「なによっ、こいつらっっ――」


 じたばたともがくピンクの手から弓――アシストライドを奪い取る。


「よしっ、これでっ」

「作戦は順調か?」


 胸元からひょっこりと顔を出した怪獣が、肩に上がって耳元で囁く。


「第一段階はクリアだ……アシストライドを手に入れた。これでレッドに傷をつけることができると思う……でも、まだ対抗手段を手に入れただけだ」


 みにいの目的は、言葉を選ばなければ、レッドを殺すことだ。


 再起不能にできれば殺すことにこだわりはないが、殺すつもりで挑むのがちょうどいい。相手はこんな小さな怪獣ではなく、巨大な怪獣を相手に何度も勝利を収めてきた猛者である。

 たとえ、いくらお膳立てをシンドロームズがしていたとは言え、最後のパスをきちんとゴールへ入れたのは彼であるのだから……その決定力は評価しなければならない。


「時間は?」

「三十分を切ったな」


 向かうは、レッドが指定した、取り壊し予定のビルである。

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