ミニマムヒーローとミニマル怪獣
渡貫とゐち
第1話 災害
巨大怪獣は欠損部分をすぐさま再生させる。
腕を落とす、足を削ぐ、眼球を抉り取る……、それらが可能か不可能かは置いておくとしても、そういった部分破損による弱体化は望めない。
『奴ら』は瞬間的に万全へ調整される。完璧な状態で襲来するのだ。
だが、不死ではない。寿命が短い人間からすれば不老かもしれないが。
弱点はある――弱点を突かなければ、怪獣を撃破することはできない。
心臓一個。場所は特定されていない。怪獣の個体によって違う、という話ではない。奴らは再生する度に心臓の位置が移動する。
端から順番に狙いを定めて攻撃しても、ハズレを引いた瞬間に再生するため、当たりである心臓の位置も毎回、変わってしまうのだ。
つまり求められるのは一撃必殺。巨大な体のどの部分に心臓があるのかを見極め、攻撃をする――これはもう、観察でどうにかなるレベルではない……運だ。
もしくは……、
「めんどくせえ」
ビルの屋上でそう吐き捨てた人物がいた。整髪料で逆立っている金髪、首に巻いた赤いマフラーが風に煽られ、ばたばたと揺れている。特注の赤い上下のジャージを身に着け、自身のイメージカラーが『赤』であることをこれでもかと強調している見た目だった。
「うちもめんどくさいし、下で友達を待たせてるから、早めに退治してよー、レッドー」
「……お前、
「えへへ、どうせレッドがなんとかするから持ってきてなーい」
「ふざけんなよクソビッチ……、まあ、現場にこねえ他の面子よりはマシか……」
スマホアプリ並みに加工された化粧をしているのは、ピンクの少女である。ピンク、とは彼女の立場を示すものだ……、彼女はピンクと呼ばれながらも見た目に一切、ピンクを用いていなかった。強いて言うなら……、スマホケースが薄いピンクということくらいか?(日焼けによる色落ちのせいかもしれないが)
黒髪に、部分的に染めた紫色が混ざっている。勝手なイメージだが、ロックバンドのボーカルみたいな見た目だ……、特徴がある泣きボクロは実はシールだったりする。長いその黒い爪は遠目に見ればギターのピックのようにも見える。着崩した制服は期待通りだった。
二人はそう高くないビルの屋上にいた。
だからか……、襲来した巨大怪獣を見上げる形になってしまう。……実際、見下ろそうとすれば二十階以上の高層マンションにでも上らなければならないのだが。
ちょうど、このビルの中にカラオケがあったので、遊んでいたピンクがすぐに駆け付けることができたのだ……、レッドがここにいるのは、彼が今世代の【パージ・ミックス】――リーダー格のレッドであるからである。他のメンバーである、ブルー、イエロー、グリーン、ブラックのように、だるいからサボる、ということはできない。
もし全員が「めんどうだから」で出動しなければ、怪獣の侵略行為を許すことになってしまう。レッドたちの親から……、さらに親の世代から、襲来する怪獣の侵略行為から地球を守ってきたからこそ、彼らが今いる立場が機能していると言える。
ある程度のわがままが許され、金、名声、権力を生まれつき持つ家系――、現代では珍しい【王族】と言えば分かりやすいかもしれない。
その中でもトップに立つ『レッド』である。わがままが通るのも信用があってこそだ。ここでサボれば信用を失くし、痛い目を見るのは自分である……、没落するのはごめんだ。
なので、めんどうでも怪獣が襲来した以上は出撃し、撃退しなければならない。
たとえ一人でも、だ。
どっっしぃっっ!! と、歩を進める怪獣が駅前のバスロータリーを破壊している。ちなみに一般市民は既に避難を終えている。最短で回収するその手際は、さすが厳しい訓練を積んだ【
怪獣がどれだけ町を破壊しようと死人は出ないはずだ……、まあいたとしても踏み潰されていれば死体など残らないだろうが。瓦礫にまとめられて処理されるのがオチだろう。
今回の怪獣は二足で立ったトカゲのような見た目だった……、線が細く、自重を支えられるような足の太さには見えないが、まあ、怪獣の生態を完全に解明できたわけでもない。
しかも、他惑星は一つじゃない。何度も怪獣が襲来しているとは言え、これまでと同種類であるという根拠は一つもないのだ。
新種だとしたら、ここから先はあり得ないことしか起こらないだろう。
「はぁ、めんどくせえなあ……」
「レッド、さっきからそればっかりじゃん」
「一発で心臓を当てるのしんどいだろ。細切れにして心臓が移動する範囲を狭めることだってできねえし……、結局、全体範囲で仕留めるしかねえし……」
「じゃあ、それやればいいじゃん」
「次の日、全身の関節が痛くなるんだよ」
「それ、ただの成長痛じゃないの?」
何歳だと思ってやがる、と、もうお酒が飲めるレッドがまだ学生のピンクの頭を鷲掴みにした。いたいいたいっ!? と悲鳴を上げるピンクが長い爪をレッドの眼球に――、
「おまっ、やめろ失明するだろっ」
「どうせ再生するんだからいいじゃん」
「だとしてもだろ。不死とは言え痛みはあるんだ、殺されて嬉しいわけがねえだろ」
そう、パージ・ミックスとは。
人と交わった、小型の怪獣である。
「いつもならシンドロームズが心臓の位置を特定してくれているだろうけど、今回は緊急性が高いし、無理だろうね。いつもなら怪獣は、まず小型で現れてから巨大化するんだけど……今回はいきなり巨大化したよね。お約束が破られたのかな?」
「なんのお約束だよ。前例がねえわけでもないし」
町中を走り回って怪獣の生態を調べるのは、パージ・ミックスを補助する、『ヒーローに成れなかった』シンドロームズの役目だ。
汗水を垂れ流して努力する、なんて無駄なことをする王族などいない。
最後のパスをゴールに決めるだけ。
パージ・ミックスとは花形であり、象徴なのだから。
「成長痛じゃなければ筋肉痛か……チッ、決定だな。しゃあねえ、心臓を特定する手間をかけるよりも、全体範囲で仕留める方が楽だ――どいてろ、ピンク」
はーい、とレッドのことを見もせずに、スマホに視線を落としたままピンクが後ろに下がる。
本当になにもする気がないようだ……、今に始まったことではないか。
レッドが地面に突き刺していた大剣の柄を握る。彼の手の平から、全身を駆け巡る
そのエネルギーの補充があって初めて、アシスト・ライドが起動する。
過去に、レッドの先祖が使っていた武器であり、原理を解明した人間の手によって改良され、使いやすく、より高出力が出るように改造された武器である。
時代を遡れば石だけの世界だったのが、気づけば電気の世界となり、今やインターネットなんてものが生まれた技術の進化は、異星人が持ち込んだ未知のアイテムにも適応される。
詳しいことなんか知るか。進化は偶然と奇跡によってなんとなくそこにあるだけなのだ。
それをどう維持しているか、それだけの話だ。
「どこに心臓があろうが知るか。てめえの全てを燃やし尽くす。どんな奴にだって攻略法ってのはあるんだよ、間抜け」
そして。
火だるまになった怪獣の悲鳴が響き渡り、怪獣という災害に、終止符が打たれた。
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