第2話 ミニマムヒーロー
「…………」
自販機の下に五百円玉を落とした。
五百円……、百円玉を五枚ではなく、五百円玉を一枚である。社会人なら簡単に手に入るものかもしれない……(大人でも貴重な硬貨?)だが学生からすればかなり大きな金額だ。
自販機の真下、狭い隙間に腕を突っ込んで、周りからなんと揶揄されようとも絶対に取り戻したい金額である。
彼女は腕だけでなく顔まで突っ込んだ。……突っ込めた、突っ込めてしまったのだ。彼女は小柄な体をしており、本人は不服だが、巷ではこう呼ばれている――【ミニマムヒーロー】と。
当然、見た目だけを言われているだけであり、器が小さいとかそういう一つ奥へ踏み込んだ評価ではない。見たままを言っているだけに過ぎないのだが、それこそが彼女、
そんな小柄な彼女だからこそ、自販機の下に潜り込めたし(つまり小さな子供であれば……たとえば小学生であれば同じことができてしまう隙間である)、見つけることができたのだ。
……カエルのような顔だが、体はトカゲだった。皮膚は両生類よりは爬虫類である。どっちでもいいがともかく、そんなカエル顔のトカゲサイズの生物が、二本足で立ち上がり、しかも彼女が落とした五百円玉を抱きかかえていた。
まるで泥棒をしているのが見つかった時の一瞬の硬直が生まれ……、正気に戻った歩くトカゲが、自販機の下を抜けて逃げていった。
「――っ、ちょ、待てこら!!」
さすがに自販機をくぐり抜けることはできなかったので、突っ込んだ頭を引っこ抜く。頭が入れば体は通るかもしれないが、相手は自販機の向こう側へ抜けたわけではない。
硬貨を抱えた小さな生物は、自販機の横から出て道の脇にある側溝へ飛び降りた。
そして下水道へ繋がる隙間に体を突っ込み――、ただし五百円玉は入らなかったようで、硬貨を斜めにしたり縦にしたりと試行錯誤をしている間に、みにいが落としたそれを回収する。
「おまえ……なん、」
するとスマホが震えた。
意識を一瞬、制服のポケットを向けたら、気づけばトカゲサイズの小さな生物は下水道へ逃げ込んでしまっていた。さすがに小さいと言われている彼女でも、手の平サイズではない。
気になるが、追いかけるのはもう不可能だった。
なので意識を着信相手に切り替える。
「なんだよ」
『やあ、みにい、いまって時間、大丈夫かな?』
電話をかけてきたのは先輩だった。同じ高校の、ではなく、英雄師団・シンドロームズ科の……だ。末端ヒーローの先輩である。
先輩を相手に乱暴な口調のみにいだが、お咎めはない。注意されることはあるが、それは電話相手ではなくそれを聞いていた外の人間からだ。電話の相手は器が大きいのか、気にしていないだけなのか知らないが、みにいのこれを個性とでも思っているのかもしれない。
「まあ、別に……、学校も終わったばかりだし。なあ先輩、カエル顔でトカゲの体を持つ手の平サイズの生物っているのか?」
『さあね。私は両生類と爬虫類の博士じゃないからなんとも。図鑑とにらめっこをしているわけではないし、新種だとしたら記録なんて意味ないからね』
そのあとに電話先の相手は、
『電話をしたのはそのことだよ』とも言った。
『その様子だとまだ外だね? ……ネットでニュースを……、駅前のスクリーンでもいいけど、見てごらん。あとは各自で動くべきだね』
「……怪獣か?」
『調査中さ』
ザ・シンドロームズとして命令は出ていない。そこまで被害は出ていないようだが、調査を怠ればさらに被害は増大していくだろう……、その時になってやっと重い腰を上げたのでは遅過ぎる。だから命令が出ていない今から、自発的に調査はするべきだ。
「なら、さっきのやつ……」
『怪獣かは分からない。だけど被害が出ている周辺では、今みにいが言った、小さな生物を見かけた人が多くいる……無関係だとは思えないね』
電話を切ってすぐさまネットニュースを漁ってみる。
すると、つい数秒前に更新された記事があった。
『電車の脱線事故』……それだけではない。
『ビルの建物のコンセントがショートし、火災が起きた』など――、
同時発生の事故が多発していた。
小さなもので言えば、乗用車のタイヤのパンク、レストランなどで料理に異物混入など……、同時に起こっているからと言って全てを関連付けるわけではないが、偶然、挟まった一件ならばまだしも、同系統の事故が何件も続けば、やはり一連の異常事態を結び付けられる。
都市全域が、小さな事故の積み重ねにより、大混乱とまではいかないまでも、一日の流れが乱れ始めていた。巨大怪獣が現れて、見て分かる脅威が町を破壊しているのではなく、一つ一つの事故が人間の力で対処できてしまうからこそ、危機感を抱きづらい……。
全ての報告が上がってくる警察はてんやわんやだろうが、数十分の足止めを喰らっているだけの一般人は、これが侵略行為であるとは気づかないだろう。みにいでさえ、侵略行為ではなく単なるイタズラでは? と思い込んでいるくらいなのだから。
すると再び着信があった。
先輩か? と連続する着信に不機嫌な声を出して応答すると、
『お、お姉ちゃん……ごめんね、間が悪かった……?』
「うわあごめんっ! えりいと先輩を勘違いしてただけだから!!」
『それはそれで、先輩がかわいそうだと思うけど……』
妹のえりいである。姉とは違って高身長の中学生だ。まるでみにいに必要な栄養素を全て吸い尽くしたかのような差があるが、別に双子ではない。どちらかと言えばみにいの方が栄養を満足に受け取らなかった、と言う方が信憑性がありそうだった。
『お姉ちゃんは大丈夫? 事故に巻き込まれてない?』
「えりいの方こそ」
『わたしは大丈夫、さらんさんと
電話先の先輩と、その先輩のいきつけのカフェの店員であるクラスメイトの名前が出たところで、ほっと安堵する。というか、さっきの電話の中で言っておいてくれてもいいだろうに、と愚痴が出た。しかも、えりいが電話をしている隣には先輩もいるのでは?
『妹の名を出せば話が逸れるだろう?』
と、少し遠くからだが、そんな先輩の声が聞こえてくる。
えりいに顔を近づけて喋っているらしい。
『「小さい」と「妹」は禁句だしね』
「妹は禁句じゃないけどな」
小さいは肯定する。マジで言うなよ、と釘を刺す程度には本気だ。
『えりいちゃんはこっちで保護するから、気にしないで調査して大丈夫だよ、みにい』
「それは助かるけど……、おい、先輩は調査しないのか」
『足で稼ぐ調査は……ずず……、私の性分じゃないからね……ずずっ、ふっ、私のやり方で調査してみるよ』
「足で稼ぐあたしの前でコーヒーを飲むな!」
頭の労力で言えば先輩の方が上かもしれないが……、必死に動いている身からすると、部屋の中でコーヒーを飲みながらパソコンとスマホを駆使する情報戦は、やはり楽をしているように見えてしまう。
やることが単純な分、現場にいるみにいの方が楽なのはなんとなく分かるのだが……。
やはりそこは、勝手なイメージか。
『お姉ちゃんっ、怪我だけはしないようにね……っ!』
「うん、気を付けるけどね」
努力はする。妹が見てびっくりしない程度の怪我は、当然するだろうけど。
名残惜しかったが、妹との通話を切り、現場へ向かうことにした。事故の件数は既に三桁を越えて、四桁に近づこうとしているが……、中でも大きな事故と言えば、電車の脱線事故である。
まずはここを見てみることにした。
犯人(怪獣?)への手がかりがなくとも、脱線による影響、結果から得られるメリットを導き出せれば、多発する事故の傾向が分かるかもしれない。
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