第3話 脱線事故

 多くのパトカーが停まり、遠目から見たら真っ赤だったので分かりやすかった。

 テープで封鎖されている改札を抜け、駅構内へ侵入する。シンプルに歩いて入っていくみにいの姿に、警察が気づいていない様子なのは、彼女が英雄師団のヒーロー……シンドロームズ科の生徒だから、と言いたいところだったが、単純に警察の視界の外だったからである。


 電話先の先輩が言っていた通りに、小さな生物を探すために躍起になっており、視界が狭まっているから、という理由もあるが、単にみにいの身長のせいである。


 首を傾けないと意外と死角に入ってしまうのだ。

 便利ではあるが……納得がいかない。


 駅のホームに上がると、脱線した電車がホームに乗り上げる形で横に倒れていた。こうして見ると巨大な蛇のようにも見える……。幸いにも、怪我人はいたが死者はいなかったらしい……運転手も無事だ。

 停車する寸前の低速の状態だったからこそ、最小限の被害だったのかもしれない。これがもしも、最高速で、しかも脱線した向きがホームではなく外側だったとしたら……、電車は町の中へ落下していたはずだ。

 そう考えたらと思うとゾッとするが、巨大怪獣の進撃を体験している身からすれば、これでも優しい方だと言えた。


 麻痺してしまっている……、骨折を体験したら切り傷くらい気にしない、と無視してしまうようなものか?


「おい君っ、ここは立ち入り禁止だぞ!?」


 と、警官の一人がみにいに近づいてくる。

 そして屈み、目線を合わせて肩に手を置いた。


「お父さんは? お母さんは? ……こんなところに迷い込んでかくれんぼかい……? どこの小学校かな、お兄さんに教えてくれ」


「制服を着てるだろ、どこ見て言ってんだよ無能野郎」


 みにいの暴言に一瞬、理解ができずにぽかんとしてしまった警察官は、遅れて顔を真っ赤にさせる。恥ずかしさではなく怒りで、だ。


「き、君はっ! 大人に向かってなんて口の利き方を――」


「うるせえ。いいから状況を教えろ。屈んだその状態で金玉を蹴り潰されたくなければ素直に全部を吐け。あたしはシンドロームズだ……聞く権利があるはずだが?」


 みにいは懐から生徒手帳とは別の、シンドロームズとしての手帳を見せる。

 おもちゃか? と訝しんだ警察官だったが、手帳に記載されているサインが英雄師団による本物である証明だと気づき、すぐに膝をついた。


「し、失礼しました!」

「いいから、早く詳細を聞かせろって」


 脱線事故。警察官を含め、調査のために割かれた人員は百名を越えるが、しかし原因が未だに解明されていなかった。線路と車輪の間になにかが挟まっていたのだとしたら、挟まっていたなにかがどこかに落ちているはずだが、それもない。

 異物は、駅と駅の間の線路からは見つからなかった。


「時差で消えるか?」


「氷じゃねえんだからよお、脱線させるほどの強度があるとは思えねえなあ」


 年配の捜査官が現場を物色していた。

 一応、みにいの知り合いである。正確には妹のえりいの知り合いだが。


「妹さんには助けてもらっているよ。あの天才的な閃きと積み重ねた知識であれよあれよと難事件を解決していってくれている……、恥ずかしがり屋だから、功績を自分のものにしようとしないのが勿体ないが……まあ美点でもあるなあ」


「変な虫を寄せ付けるなよ。お前の部下の若い男どもはすぐにあの子を下品な目で見るからな」

「まだ中学生だろう? もし手を出すやつがいたら犯罪だ」


「中学生だから、を防波堤にするなよ。何歳だろうが手を出すことは許さない」


「おー怖い。気にして見ておくよ。なら、お姉さんからも言っておいてくれよ、あまり男を誘惑するような格好や化粧をするな、とね。君と違って年齢以上に大人っぽく見えるからね、中学生だと分からない男も多いんだ」


「……教えたのはあたしだよ」

「意外だね、君は進んで禁止すると思っていたけどねえ」


「……綺麗で可愛い妹を見たいだけ、のつもりだったんだけどな……」


「お姉さんに褒められて嬉しくなって、自分で覚えたのかもねえ。だけど君たち二人とも、金髪に染めるのはおじさん、感心しないな。中身はどうあれ、勘違いをさせてしまうだろう。君なら望むところだろうが、妹さんにとっては毒にしかならないんじゃないかな?」


「言っておく」


 それについてはみにいも納得したので頷いておいた。


 みにいは悪印象を利用して金髪にしているが、妹の場合は悪印象はそのままデメリットにしかならない。成績が良いから大目に見てもらっているようだが……、せめて受験の時くらいは黒くしてもらわないと困る。


 あの子の頭脳を活かせる高校と大学へ通わせるために、みにいはシンドロームズとして働いているのだから、髪の色どうこうでチャンスを棒に振ってほしくはなかった。


 両親を失った家庭環境において、みにいはあの子の唯一の保護者である。


「脱線する原因って、あとは運転席か……運転手が意図的にやった可能性は?」


「今やほとんどが自動化されている時代だ、電車も言わずもがな。運転手なんてのは運転をしている振りをしているだけだ……、サボっているわけじゃないがな。全てを自動化したら万が一の動作不良の時になす術がなくなる。全ての信号機が停止した時、誰が交通整理をするかと言えばやはり人間だ、自動化してもそこに置いておく必要はあるわけだ」


「自動化しているなら操縦ミスで脱線することはないってことか?」


「完全に手動に切り替えることもできるし、意図的に脱線させようとしたならセーフティが働くはず……だがそういった痕跡もない。電車は異常なく線路を進み、脱線した――であれば車輪に異物が挟まったと考えるしかないが……その異物が見つからない」


「吹っ飛んだんじゃねえの?」


「それを含めて探してる。まさか甲子園のホームランじゃああるまいし、その範囲内は捜索済みだ。だが、これと言った異物が見つかったという報告はないんだ」


「…………目撃証言が、多数あるとかなんとか」

「ん?」

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