第9話 最悪の人質

「どういうことだ、って言われても……」


 英雄師団の本部へ呼び出されたみにいは、上下の赤いジャージ、赤いマフラーを身に着けた自己主張が激しいパージミックス、そのリーダーであるレッドに詰められていた。


 完全に不良がメンチを切っている体勢である。それでもみにいは臆することなくそんな相手に合わせるように眉間にしわを寄せて威嚇をしている。


 赤いラグが敷かれた、レッドの休憩室である。

 だがその豪華さはさすが権力者、と言えるような高価なものばかりが並んでいた。みにいには良さが分からない絵具をただばら撒いたような絵も飾られている……、あれに数百、数千万の値が付くと思うとバカなんじゃないの? と思わず言いたくなってしまう。


「お前が見つけた攻略法が間違っていたせいで、俺は大恥をかいたんだが?」

「絶対確実、とは言っていなかったけどな」


「んなもんは前提なんだよ、絶対確実を見抜いた上で俺らのところまで上げてこい。なんのためにお前らがいると思ってんだ? 一人の確信でそれを正解だと思い込むんじゃねえ。

 何十、何百と精査してから報告しろよ、バカが。担ぎ上げた神輿の上にいる俺を、てめえら自身で落としてどうする。……やり直しだ、と言いてえところだが、もういい。これ以上は待っていられねえからな――単刀直入に言うぜ」


「?」


 待っていられない、というのは分かる。早急に怪獣を撃退しなければレッドの信用は地の底まで落ちるだろう。だからここから先は、レッドが自身で攻略法を見つけることが最短なのだが、ここにきてレッドはまだ、シンドロームズを頼ろうとしている。


 ……自分の足で動く癖をつけるべきなんだけどな……。


 怪獣が言っていた毒になるが薬にもなる、という企みは失敗かもしれない。


 周りから祀り上げられることに慣れてしまったパージミックスは、そうそう自分の手で活路を見出そうとはしないのだ。

 動けば取れるリモコンをわざわざ美女メイドを呼んで持ってこさせるように。


「お前、怪獣と繋がってるだろ」


 ……顔には出さなかったはずだ。

 だが、レッドは確信めいたものがあったようだ。


「ミニマムヒーロー、そして手の平サイズの怪獣……、意気投合でもしたのか? 協力して俺を陥れようとするとは、大胆な離反じゃねえか、海浜崎みにい」


「さあ、なんのことですか?」


 証拠はないはずだ。これはカマかけである。


「お前が俺に伝えた情報は、心臓持ちの個体は周りの個体から守られている位置にいる……少し考えればそれもそうかと納得できるものだが、怪獣側がなんの対策もしていないとも思えねえよ。たとえば過剰な護衛がついた個体群をいくつか作っておけば誤魔化せる。

 過剰に守られている個体をあえて見せることで心臓持ちを偽装できる、とかな。俺はまんまとはめられたわけだ――てめえと、怪獣にな」


「なるほど、そういう罠だったんですねー」


 と、みにいは知らなかった、という設定を崩さない。


 ……言い当てられている。

 だが、怪獣と繋がっている証拠があるわけではないのだ。


 あれば一番先に出しているはずだ。

 動かぬ証拠は、だからレッドの手にはない。


「ま、簡単に口を割るわけねえか。俺を落とそうとするくらいだ、詰めて吐くなら最初からこんなことはしねえだろうしな」


「はいはい、あたしは怪獣の罠にまんまとはまって誤情報をレッド様に流してしまいました、すみませんでした。次から気を付けますね。とりあえず今回はレッド様が自分で怪獣の弱点を探った方がいいんじゃないですかねー、時間もないですし」


「時間はねえが、手はまだある」


 言って、レッドが部屋を暗くした。そして、プロジェクターを起動し、白い壁、一面に映像を映す。そこは、ホラー映画に出てきそうな不気味な部屋だった。

 陽の光が入らず、懐中電灯の白い光が部屋の一部分を照らしていた。


 その光が徐々に横へずれていき――人影が見えた。

 は天井からロープで吊るされており、地面に足の指先がつくか、つかないかの位置にある。映像が下から、やがて上へ移動し……、まず見えたのは、下ろした金髪だった。

 そして、年齢にしては膨らんでいる胸、白い肌……、みにいと似て、しかしみにいとは違い、大人びた整った容姿をしている……。


「え?」


「おいおいこれで十四歳かよ? すげえなお前の妹」


「えりいッッ!?!?」


 みにいが映像に近づくと、プロジェクターの前へ出てしまったために、壁に映っていた映像が自分の小さな体へ投影される。

 見えていた妹の姿が見えなくなってしまった。


「鏡に写る自分の姿に威嚇してる猫みてえだな、間抜けだぜ、お姉ちゃん」

「お、前……ッッ!!」


 思わず噛みつきそうになったみにいを止めたのは、レッドの声だった。


「怪獣の弱点を――いや、手を組んでるならその信頼を利用して弱点を持った個体を誘き出せ。指定場所に連れてくれば後は俺が仕留めてやる。……時間制限は、一時間だな。もしも越えれば妹は――ああ、手荒な真似はしたくねえけどな……丁寧に、優しく、俺らで味わっておくぜ」


「こんの……ッ、クズ野郎が……ッッ!!」


「お前が撒いた種だ。てめえで刈り取るべきだろ、みにいちゃん」


 そして、カウントダウンが始まる。


「俺を睨むのもいいが、それに時間をかけることがバカのすることくらい、てめえも分かってるだろ。いいから動けよ無能。大事な大事な妹がほら、助けを求めて待ってるぜ」


 みにいは言いたいことが山ほどあったが、レッドの言う通り、ここでカウントダウンを消費するわけにはいかない。

 妹を助けるための目途はなにも立っていないが、それでも、動かないことには、なにも始まらないのだ。


「土下座しても許さねえ。王族おれに逆らったことを、後悔させてやる」

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