第5話 地下の巣窟

 ぶん殴っておいた。


 ……実際はしようとしたら受け止められたので、殴れてはいないのだが。

 さすが、老体とは言え現役時代はガッツリ武闘派だった捜査官である。


 みにいはマンホールの中を進んでいた。下水道である……、ひどくきつい匂いと不気味な雰囲気、かささ、と動く気配に敏感に目を向けるが、ただの虫である……ややこしい。

 男性でも不快になる環境だが、みにいは気にしなかった。妹のためであれば、これくらいへっちゃらである。……つまり強がっているだけで苦手ではあるのだった。


「やば、えりいから貰った髪紐、しまっておこう」


 失くしたら嫌である。持ってくるんじゃなかった……、と後悔したが、これはえりいが近くにいる、という安心を得るために一役買っているので、置いてくることもできなかった。

 さくらんぼの髪紐をぎゅっと握り締め、制服のポケットにしまった。


 結んでいた彼女の金髪が、肩のところで揃えられた。染めたとは言え、天然ものに近い鮮やかな色である。その色で周囲が少し明るく見えるのは錯覚だろうけど。


「中、広いじゃねえか」


 ミニマムヒーローだからこそ探索できる場所、と言われたが、狭いのは最初だけで開けた場所に出てしまえば、あとは成人男性でも通れる道幅と高さがある。

 みんなが嫌がる場所をただ押し付けられただけでは? と思い至った頃には、既にかなりの距離を進んでしまっていたので引き返すのも面倒だ。

 そう言えば、出口を聞いていなかったけど、時々見えている梯子を上れば外に出られるのだろうか? マンホールをずらして顔を出したら車道で、タイヤと額がぶつかる、みたいな事故はごめんだった。


 迂闊に外に出ることもできないのか……。


「どうせここまできたなら徹底して探索する方がいいか……」


 狭いパイプの中を通るには、やはりみにいのサイズでないと通れなかった。ただこれ、進むごとに狭くなっていく仕様だとしたら、詰まった段階で詰みである。

 地上に声も届かない地下で身動きが取れなくなるなんて死に方は最悪だ。


 と、その時だった。

 その狭いパイプの向こう側から、探し求めていたカエル顔でトカゲサイズの怪獣が顔を出した。みにいに気づいて急ブレーキをかけ、じっと見る――互いに見つめ合う。

 そして、先に動いたのは怪獣の方だった。


 狭いパイプの先へ引き返していく。


「待てっ!」


 みにいが飛び込み、手を伸ばすが、指の第一関節分、足らなかった。

 怪獣は尻尾を振りながら暗闇の先へ消えていってしまう。


「クソ!」


 毒づき、這い這いでパイプ内を進んでいく。ほふく前進なので速度は出ない。ちょこまかと走る怪獣の方が圧倒的に早く、もう背中を見ることすらできなかった。


 そして、段々と狭くなっていっているパイプに、みにいも焦りを感じ始める……まずい、両肩が左右の壁を擦り始めている。さっきよりも断然、動きづらくなっていき……、


「あ」と声を出した時には、完全に詰まっている状態だった。


 ……ま、まずい!?


 ぐりぐりと左右に体を揺らして芋虫のように這い出ようとする。しかしもがけばもがくほどに身動きが取れなくなっているような気がして――、ばたばたと足を動かしちょっとずつ、ちょっとずつ進んでいく。

 進んでいるのか分からないが、とにかく前へいく意志は絶対に手離さない。


 それをしばらく続けていると、きゅぽんっ、と栓を抜いたような音と共に、みにいの体がパイプから外に出た。ちょっと高さがあったので受け身も取れずに地面に体を打ち付けてしまう。

 その痛みよりも、抜けられた嬉しさと安堵の方が大きかった。……良かったぁ、と心の底から漏れたみにいが天地を逆にして見たのは、カエル顔のトカゲサイズ――否、


 成人男性と同じ大きさのカエル顔、

 そしてトカゲの体を持つ、その怪獣が足を組んで座っていた――。


 みにいが辿り着いた場所、そこは……怪獣の、隠れ家だった……?


「っっ!?」


 敵の根城を見つけた、と喜ぶべきか、

 しかしここは間違いなく、敵の本拠地、ど真ん中である。

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