第6話 地下の交渉劇

 ダークグレーの体は暗闇に混じり合い、気を抜けばすぐに見失ってしまいそうだった。

 カエル顔でありトカゲの体であり、周囲に合わせて色を変えるカメレオン体質だとでも言うのか……? ちなみにみにいは懐中電灯を持ってはいるが、既に使っていなかった。

 暗闇に目が慣れたおかげで光なんてもういらないのである。


 人間、なんにでも適応するものだ。


「…………」


 みにいは恐る恐る制服の上から手を当てる。あるはずもないか。……相手は小さな怪獣だから、と思って武器は持ってきていなかった。まあどうせ、みにいが許可なく持っていけるような武器が怪獣に効くわけもないし、持ち出しに許可が必要なパージミックス専用の武器・【アシスト・ライド】は、持ち出し許可が下りないだろう……、

 それに、パージミックス専用と呼ばれているだけあり、使い勝手が悪いのも確かだ(みにいには使えないというわけでもないのだ……誰にだって使えるが、使いこなせるかは話が別だ)。


 つまり、みにいは丸腰である。

 そんな状況下で、怪獣とこうして出会ってしまったのは、絶望的だろう。成人男性サイズの怪獣もいれば、探していた小さな怪獣もみにいの足下をちょろちょろと動いている。

 いつでも、軍隊アリのように群がってきて、骨だけ残して喰い殺せる、と言われているような緊張感だった。


 自然とかいていた汗が落ちる。幸い、滴る雫の音など、ここでは聞き慣れたものだったようで、音に敏感に反応する怪獣ではなかった。


「……情報の差が、激しいと思ってな……」

「しゃ」


 喋った!? と思わず声を上げそうになったが、咄嗟に口を閉じる。

 これまで出会った怪獣の中にも喋る個体はいたはずだ……、ただここまで流暢ではなかったし、意味を理解しているとも言い難かった。

 獣のような鳴き声ではなかった、というだけで、人語を完全に理解し、使いこなしているとは言えなかったのだ。


 だけどこの怪獣は、これまで出会った喋る怪獣の難点を全て突破したような個体だった。


「どういう意味だ……?」


「アンタらは、オレたちの情報を多く持っている……、腰に情報をぶら下げて突撃する間抜けが多いこっちが悪いのだがな……。

 それにしたって、弱点を知られているというのは、かなりの劣勢だろう」


 特定の場所に心臓があるわけではないこと――再生をする度に弱点が移動すること、人間側には筒抜けだ。

 それに比べて怪獣側が持つ人間の情報は、皆無に等しいのだと、彼は言ったのだ……、それは上から力で押し潰すことしかしなかった怪獣側の落ち度なのではないか、とも思ったが――。


「その通りだからこそ、オレがきた」

「……確かにお前は、パワータイプには見えないけどな――」


 しかし一度、巨大怪獣として現れたではないか。


「あれはそう見せているだけだ。小さなオレたちが集まり、大きな怪獣を演じていただけだ。単純な重さによる破壊力しかない。腕を払ったからと言ってビルを壊せるわけじゃない。その程度の力しかないさ――オレは、そういうタイプじゃないんだ」


 彼が足を組み替えた。目を凝らしてよく見ると、手の平サイズの怪獣が、成人男性サイズの体を出たり入ったりしている……、減った分、補充をしていることで、今のサイズを維持しているのかもしれない。


「破壊をするパワーがないから、あたしたちのライフラインをまずは奪うつもりか……!?」


 電気や水がなくなれば、人間は不自由な生活を強いられることになる。

 そこへさらに、食糧も減ってしまえば? 内部分裂を引き起こすこともできるし、単純に餓死を利用した虐殺ができる。

 時間はかかるが、しかしじわじわと目的まで近づくことができるインスタントな方法だった。


「それも一つの手だ。だが、さっきも言っただろう……、情報の差があり過ぎると」


 情報。人間側を調査することが、今回、地球へ侵入した目的だと言う。


「オレたちからすれば地球という怪獣の中にいるお前たち人間こそが、複数ある本物か偽物か分からない心臓だ。それを特定するためにはどうすればいいか……、食糧を極端に減らしてしまえばいい。全てを失くすのではなく、だ。そうすれば残った食糧はおのずと優先されて絞られた人物に行き渡るはずだろう――それが、地球の、人間の心臓だ」


「心臓なら、分かりやすい肩書きですぐに見つけられるだろ」


「それが外敵用のフェイクである、ともこっちは考えているわけだ。国を背負って立つリーダーと精神的支柱になっている存在はやはり違うものだ。役職を背負う者は代わりが立てられる。だが、精神的な支柱は、一度折れれば再び立たせることは難しい。それこそが人間を瓦解させる取っ掛かりになるだろうと思っているさ」


 世界を混乱に陥れたのも。食糧を制限しているのも。全ては人間側の表向きのリーダーを誘い出し、自然とみなが頼る精神的支柱を特定するためだった……、


 ただそれだけの目的のためにやってきた怪獣が……彼である。


「……特定して、どうする。その場で殺すのか」


「しない。というかできない。オレのこの姿は幻のようなもので、実際は手の平サイズでしかないんだからな。人間の子供だって殺せねえだろ。あくまでもオレの手では、だがな」


 子供の力では誰も殺せないが、拳銃の引き金さえ引ければ誰でも殺せるようなものか。


「情報収集担当。そしてそれを持ち帰るのが、オレの任務だ」


「……なんでそれを、あたしに教える……?」


「アンタがここにきて、びびってるのはオレの方だぜ? いつどこでアンタがブチ切れて攻撃してくるか分かったもんじゃねえ。

 対処できなくもないが、失敗する可能性が高い。だから、こんなところで死ねない理由があるわけで……。オレは情報を収集しているだけで、今すぐ人間を、地球をどうこうするつもりはねえっていう、意思表示みたいなものだよ」


「いや、見逃したらどうせ他の怪獣が襲ってくるんだろ? じゃあ見逃すわけないだろ」


「もちろん、こっち側のメリットだけを提示するわけがないだろ。素直にここまで言ったのは交渉材料があるからだ。なければアンタを騙す方向で解決させていたさ」


「…………」


 正直なところ、この怪獣には心理戦では勝てない気がした。

 元々、みにいだってパワータイプなのである。


「なんだよ、あたしがあんたを見逃すメリットが、あるなら言ってみろ」

「パージミックスとシンドロームズの関係性」


 眉をぴくんと上げたその僅かな動きを見られた。


 ……パージミックスの下につく、いつもいつもわがままを聞いて、無茶をさせられ、無理難題を押し付けられて――、この関係性に不満がないと言えば嘘になる。


 それを、既に彼には見抜かれていたのだ。


「オレを利用しろ。痛い目に遭わせることはできなくとも、恥をかかせることくらいできるだろ? これは毒であり、そして――奴らにとっては良い薬にもなるだろうさ」


 無意識だった。


 まるで、邪悪に笑う怪獣と鏡映しになったように、みにいの口角がぐっと上がっていた。

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