Mission-29 魔剣割牛

 黒煙を棚引かせる命の残骸に彩られた白銀の世界の中、先代の機体よりも随分様変わりしたHUDの彼方にまた一つ赤黒い爆炎が立ち上るのが小さく見えた。


『ターゲット撃破。次だ、急げ』


 レシーバーに相方ノルンの静かな声が響けば、膝元の大型戦術モニタ群に映し出される敵の情報が更新される。

 楔形の突撃体形を取りつつ敵防御陣地ジェリコ2と3の間を進む敵の中央集団の中に紛れたマーキングは、魔女がべきと定めた獲物共。

 大きく目立つ印が3つ、それよりも幾らか小ぶりな印が11個。目立つ印――最優先目標は、交戦を宣言した時点から既に半減している。


《大隊長車被弾! 直撃弾です!》

《怯むな! これより1中隊が指揮を取る!》


 混戦する無線に耳を傾けながら、静かにラダーを踏んで機首を滑らせ、HUDに浮かぶ特徴的なレティクルを次の標的へと合わせる。ダストが算出した弾道線と標的の未来位置の針路を加味し、幾らかの勘を効かせつつトリガーを僅かに引いた。

 途端に、エンジンストールでも起こしたかのようにハーネスが体に食い込み、機速が急落していく。

 レシーバーには火器管制レーダー照射時とは異なる断続音、最初に感じていた微かな違和感は既にない。タービン回転数、燃料流量、大気吸入温度、炉心温度、内圧、全系統異常なしオールグリーン

 レーヴァンが機体の状況をコンソールから読み取る間に、飛燕の腹にぶら下がっている鋭角的な多面体に紫電が纏わりつく。上下に別たれた砲身に、鷺が舌なめずりをするような鬼火が灯った。

 断続音は数秒と待たずに急かすような連続音へと変化、即座に機関砲が作動する位置までトリガーを握りこむ。


 刹那、明灰色のMig-29M2の直下で閃光が迸った。


 嘴から漏れ出た紫電に蹴飛ばされるように吐き出された弾頭が、断熱圧縮による業火にその身を焼かれながら一条の閃光と化して大気を貫いていく。強烈な光を発する火球は瞬く間に数千mの距離を駆け抜けると、今まさに味方を鼓舞しようとしていたT-72M1の砲塔正面を打ち据えた。

 閃光の残滓が正面装甲で弾けた瞬間。50t近い車体が菓子箱のように拉げ、もはや捻じ曲がった鉄板と化した砲塔が根元から切り飛ばされる。瞬時に車体の前半分を食い千切られた主力戦車は、つんのめる様に車体後部を持ち上げ黒煙の中に擱座した。


《今度は誰がやられた⁉》

《第23小隊より第1中隊長、指示を請う!》

《こちら12号車!今は誰が指揮を取ってるんだ!?》


 指揮権発動の間を許さず更に飛来した火球が、今度は楔形隊形の左翼側中央に着弾。狙われたT-72M1は黄泉路の先陣を切った者達と同じように原型を留めることなく文字通り爆散した。

 隊の中央に次々と出現する通常の戦車砲ではまず生産できない残骸は、敵機甲部隊を混乱の只中へと突き落としつつある。


《おい!なんだ!?120㎜の砲撃じゃないぞ!?戦車が吹っ飛んだ!》

《第31小隊より中隊司令部!右翼の敵が防御陣地に突入を計っています!》

《23号車被弾した!》


 今のところ、敵機甲部隊の指揮崩壊モラルブレイクに歯止めがかかる気配はない。

 大隊長クラスから順に、指揮を引き継ぐべき者から順番に劫火の中に叩き込まれているのだから当然だろう。遥か彼方で戦場を俯瞰するノルンは、通信の多寡や陣形、位置取りから当たりを付け、極超音速の鎌を振るう執行人へと伝えていた。

 中にはハズレも紛れてはいたが、だからこそノヴォロミネ機甲部隊は指揮車両が優先的に狙われているという異常事態に気づくのが遅れてしまう。


《第11小隊より中隊司令部!我、攻撃能力喪失!》

《第2中隊長車にも繋がらないぞ!どうなってる!?》

《さっきやられたのが第2中隊長だ!これより第3中隊が――》

『逃すな、潰せ』


 冷たい執行宣告が耳朶を打つかどうかと言ったタイミングで、充填を終えた鎌を薙ぐ。閃光の橋が目の前のコンソールと戦場の狂騒を刹那の間繋ぎ、右翼側中央で再び哀れな獲物が劫火の中へと叩き込まれた。

 HUDの向こうに湧き上がる爆炎に目を細めたレーヴァンは、速度の落ち始めた機体を再び加速させながら手の中に残る発砲の感触を確かめ、マスクの下に満足げな笑みを浮かべた。


「反動制御加速砲――いいじゃないか」


 ◇


〈また随分とユニークな代物を仕上げましたね〉


 カウンターを照らす柔らかいランプの光の中で、鎌首を擡げた影が小首をかしげる様に揺らいだ。

 場末のバーの様な雰囲気を持つ【エントランス】の酒保の一つ――セピアのカウンターに腰を降ろしたエディは、戦場の情報をリアルタイムで映し出すラップトップから最近知り合うことになった奇妙な友へ顔を向ける。


「現代の魔導工学に触れている者なら、思いつきはするんじゃないですかね。ただ、本気でやろうとする人間は少ないでしょうが」

〈はて、私の認識ではそう言う類の方々を特異ユニークと呼称するはずですが?〉


 エディの視線の先――カウンターの上で蜷局を巻き、可笑しさの籠った感情を彼の頭に届けているのは、どう見ても大振りなアオダイショウとしか形容できない生命体だった。

 否、生物学的見地から論ずるならば、エディの目の前に居る蛇はアオダイショウで間違いない。

 ただ魔術的立場から分析するのであれば、それは遠方から行使される強力な魔法によって傀儡となった、使い魔の一種だった。


「ユニークと言えば、貴方の魔法も僕にとっては随分と興味深いのですがね、ケミナ殿」


 ケミナと呼ばれた蛇は謙遜するように首を横に振る。


〈術式は貴方方のモノと大差ありませんよ。ノルン殿の元にある鱗を経由して、傀儡として動かしているだけですので。大した術も使えませんし、メリットと言えばこうして面と向かって話が出来ることと――〉


 細長い尻尾が一振りされると、皿の上に積まれていたカルパッチョの欠片が浮き上がり白い口の中へと納まった。ゴクリと喉が動き、満足げに小さな舌が震える。


〈遠方にある料理を頂けることぐらいですね。味を感じる術を別口で用意する手間はかかりますが……ふむ、これも中々……〉

「ソルテール・シーブリームは今頃が旬だからネ。天龍殿のお口に合って何よりだよ」


 カウンターの向こうで話を聞いていたトロイアが、大げさな礼を送った。舞台役者気取りなのかもしれないが、お玉レードルを握ったままなので今一締まらない。


「そんなことより、タンシチューは未だですか?教授」

「ハイハイ、今温めてるから豆でも齧って待ってなさいよ」


 ミックスナッツが雑に小皿へ注がれた直後、ラップトップの画面上の一角が白く瞬く。光を放ったのは、レーヴァンのMig-29を外部から捉える映像。本来はノルンが眺めるコンソールの一部に表示されている情報だった。

 アオダイショウケミナの頭が画面をのぞき込んだ。明灰色の戦闘機の腹には多面体で構成された鷺の頭の様な機材が取り付けられ、嘴に当たる部分には紫電が纏わりついている。


「懸吊式仮想100口径37㎜空対艦電磁/反動制御複合加速砲『ブレイクスルー』」エディが炒ったポザロ豆を噛み砕きながらキーボードを操作すると、画面の一部に件のオモチャが表示された。


「酷く簡単に言ってしまえば、機体にかかる負荷を魔力として蓄積し、そのエネルギーを以て砲弾を発射する兵器です」

〈負荷……つまり、エンジン推力ですか〉

「ご名答」


 内心で天龍の理解力の高さに舌を巻きつつも、更にキーを叩き今回レーヴァンが腹の下に抱えていった兵器の詳細図を表示させる。


「空戦機動中の魔術によるG制御は今ではありふれたものですが、そいつを利用するのは困難ですからね」


 レーヴァンを始めとする戦闘機搭乗員ファイターウィザード達が多用する耐G魔術と総称される術式は、機体にかかる負荷、そのエネルギーを不可知領域に展開した仮想機体に転写する事で現実世界の機体を保護する。不可知領域に存在する魔力を始めとするエネルギーは、時間と共に霧散する性質を利用した絡繰りだった。

 このように、機体にかかる負荷をどこか別の場所へ移す技術は既に確立されている。と言うよりも、魔導ジェットエンジンによる高速航行とそれに伴う機体への負荷の増大に対して、耐G魔術を用いて対抗する能力が第1世代ジェット戦闘機の基準の一つだった。


〈なるほど、空戦機動によって生じる負荷は時と状況によって、大きく異なりますから、攻撃兵器として転用するには不安定に過ぎますね〉


「そこで目を付けたのが、エンジンの推力です」頭の片隅で、カウンターの向こう側で聞き耳を立てているトロイアの過去の言葉を反芻した。確かに、出来の良い生徒との会話は楽しいが、少々気を遣う。


「数十トンの機体を超音速で蹴り飛ばす出力を使わない手はありません。術式自体も、荷重を受け止めるエンジンマウント付近に重点的に施術するだけで済みますから、後付けも難しくない。原理上、チャージ中は見かけの推力はゼロになりますが、僅かな間です。」


 ラップトップ上の仮想のMig-29M2のエンジンマウント部分が赤くハイライトされ、其処から下面に吊るされたブレイクスルーへの魔力流路サーキットが描かれる。砲尾の大容量マナコンデンサにプールされた魔力は、一部が実体砲身へと流れるが、大部分は砲身の延長線上に長大な2本の槍を作る様に展開されていった。


〈砲尾の不可知領域に取り込んだエネルギーを砲身上に連続的に展開、弾頭に速度の形で与え射出する、というカラクリですね?発射の反動は?〉

「これも耐G魔術を応用した時空根幹情報の書き換えを利用します。砲弾が持つ運動エネルギーを、直接改ざんしてしまえば反動は生じない。とはいえ、実体砲身を利用する初期加速部分は、電磁投射砲そのものですので無反動とは行きませんが」


「まあなんにせよ」琥珀色の液体を湛えたグラスを揺らす魔導師は、手抜きの宿題が見つかった学童のように笑って見せた。


「没を喰らった正規軍の贋作レプリカですが、主力戦車如きに耐えられる火力ではありませんよ」


 ◇


 ――何だ?


 キューポラにはめ込まれたヴィジョンブロックが送り込む映像に、メリキヤン少尉は自身の中の何かが崩れていく音を確かに聞いた。


 ――何が起こった?


 つい数分前まで、自身の所属する第323戦車大隊は迂闊に突っ込んで来たロージアンの鉄牛の角を圧し折り、両翼の防御陣地による支援の下で突撃を行っていたはずだ。


『第3中隊長車に直撃弾!』


 それが今ではどうだ?勇猛を誇っていた323大隊が、瞬く間に新兵同然の烏合の衆へと姿を変えている。


『正面の敵が攻勢に出た!指示を請う!』


 網膜に焼き付いているのは、つい先ほど隣を通り過ぎた大隊長車の残骸。

 鉄拳と共に詰め込まれた教本の中にも、酒に酔った第2中隊長の与太話の中にも、あのような壊され方をした戦車は登場しない。巨鳥に嘴を真正面から突きこまれたと形容するしかない残骸を、どうやったら生産できるのか皆目見当がつかない。

 確実なことと言えば、泥濘と化した雪面を再び押し渡ろうとする鉄牛の力では無いこと位だ。では一体だれが――


『今誰が指揮を――』


 再び閃光が今度は右側からキューポラの中に差し込む。一瞬遅れて、メリキヤンは隊伍を組んでいた同じ小隊の車両が散華したのだと理解した。

 とっさに向けた視線の先には、車体のフロント部分を押し割られたように破壊され擱座する僚車の残骸。当然のように車体から弾き飛ばされた砲塔は、一拍おいて土砂と共に落着する。


「少尉殿!――少尉殿!目標の指示を!」


 半狂乱になった砲手の声をどこか遠くに聞きながら、メリキヤンは見ている者が散歩に行くのかと錯覚するほど自然な調子で、頭上のハッチに手をかけた。


 逃げる為ではない。

 ――この期に及んで逃げられない事は理解できている。


 自棄になったわけでもない。

 ――統制された自棄は突撃時の恐怖を紛らわすために使い切っている。


 無論、戦う為でもない。

 ――すでに彼は、自分たちに降りかかっているのが125㎜砲弾では解決できない類の災厄だと確信していた。


 ではなぜか?

 ――自分が何に殺されるのか知らぬままでは、酷く滑稽な気がしたからだった。


「あんた、何を――⁉」


 砲手の絶叫が、開け放たれたハッチから雪崩れ込んだ暴風に押し流された。

 熱く、淀んだ空気で満たされた肺に、硝煙交じりではあるが凍えるような甘い空気が流れ込み、頭上を覆っていた鈍色の天蓋が、何処までも抜けるような蒼氷色へと吹き払われる。

 ハッチから上半身を乗り出したメリキヤンは、場違いな鋼鉄のケンタウロスと化したまま正面を見据えた。


 僚車や至近弾が跳ね上げた泥と雪で化粧を施された砲塔天板。


 履帯と爆炎にかき混ぜられ白と土色の混合物と化した大地。


 彼我の弾着により噴き上げられる土砂。


 ディーゼルの鬨の声を上げて押し寄せる鉄牛の群れ。


 狭苦しい砲塔の中で想像していた通りの戦場がそこにはある。ものの数分で戦況を引っ繰り返した異質なものは何もない。



 ――少なくとも、大地には



 彼がそれを目にしたのは偶然だったのか。

 あるいは、今再び目の前で吹き飛ばされた小隊最後の僚車に突き刺さった微かな光条を辿った故か。

 どちらにせよメリキヤンは、耳障りなジェットノイズをバラまきながら右翼側の至近距離を飛びぬけていく明灰色の航空機と、尾翼に描かれた赤い鳥のエンブレムを網膜へと焼き付けることに成功した。


「緋色の――」


 直後、甲高い音と共に、目の前の天板に握りこぶしよりも大きな穴が開く。メリキヤンが自身の車両に何が起こったのかを理解する前に、下部弾薬庫まで突入したCRV7対戦車ロケットの引き起こした誘爆が、彼の意識を業火の中へと包み込んだ。


 ◇


『命中命中命中命中ゥゥゥゥゥ!』

『今日はミグ野郎の奢りで食い放題だ!喰い逃すんじゃねぇぞ!』

『ドラゴンフライ3、エンゲージ!』

『ドラゴンフライ4、エンゲージ!』

『ドラゴンフライ5――』


 壊乱する敵機甲大隊をフライパスしつつ反動制御加速砲ブレイクスルーを緊急冷却モードに切り替えると同時、レーヴァンを囮に超低空を忍び寄ったドラゴンフライ隊が半身不随となった獲物に文字通り飛びかかった。

 

『クソ度胸の共が、奢った訳じゃないんだぞ』


 蔑む、というよりも呆れたようなノルンの声が耳朶を打つ。確かに、最前線にあの機体で飛び込む勇気は生中なモノでは無いだろう。

 こちらがわざわざ見つかりやすい中高度で突入したのは、機体中心軸に固定されたブレイクスルーの射界を確保する狙いもあったが、真の目的は文字通り地を這うように忍びよるドラゴンフライ隊の突入から注意を逸らす事に在った。

 事前の敵防空網制圧SEADを担当したのがドロシー隊であったことから危険性は低いが、それでも下手をしなくても携帯式防空ミサイルシステムMANPADSに落されかねないほど脆弱なのが彼等だ。戦闘機乗りとそのオペレーターからしてみれば、標的ドローンと大差ない機体で最前線に乗り込むのは正気の沙汰ではない。ノルンが呆れの中に珍しく賞賛の意味を込めているのも、無理は無かった。

 レーヴァンが引き起こした混乱に乗じる形で、戦場に殴り込んだ黒死病の群れは総勢21機の大所帯。

 伸びやかな直線翼に並ぶパイロンには各種ロケットや無誘導爆弾が満載され、両翼の中程には12.7㎜機関砲の砲身が1本ずつ突き出している。機体上面に設けられた複座型のキャノピーは機体の規模にしては幾分大きく、攻撃機に必要な下方視界を確保していた。尾翼には、コンバットナイフを抱えたデフォルメと言うには少々凶悪なトンボのエンブレム。

 そしてなにより、かつての癇癪女スピットファイアを思わせる鋭く尖った機首では1600馬力を絞り出すターボプロップエンジンがを高速で回転させている。

 EMB-314スーパーツカノ――ジェット全盛期の時代を嘲笑う様に現れた軽攻撃機の群れは、タービン音混じりのジェリコのラッパを吹き鳴らしながら、目につくもの全てに華奢な翼に担いできた火力を浴びせかけた。

 進退窮まったT-72を見つけた1機が翼を翻すと、両翼下に備えたロケットポッドが盛大に白煙を吐き出す。1000mに満たぬ距離を瞬く間に駆け抜けたCRV7は第2世代主力戦車の装甲を易々と貫通し、擱座させる。

 迫りくる90式戦車へ最終防護射撃を続ける対戦車砲陣地に、獲物を見つけた鳶のように忍び寄ったスーパーツカノがMk.81航空爆弾を数発投げつける。プロペラとタービンの轟音を残して軽攻撃機が身を翻した直後、連続する爆発に続いて巨大な爆炎が湧き上がり、鉄や肉の欠片がぐずついた丘の斜面へと降り注ぐ。

 時折、塹壕からMANPADSのモノらしい細い白条が天を駆け上がっていくが、周囲からカトンボ呼ばわりされる機体を操って生き残り続けている彼らはそう簡単には捕まらない。クルリと直線翼がロールを打つと、絶妙なタイミングでフレアを吐き出し煙に巻いてしまう。

 その報復は即座に、かつ苛烈に実行された。

 編隊を汲んでいたもう一機が低空へと滑り降りると、両翼に備えた12.7㎜機関銃を瞬かせた。塹壕を舐める様に曳光弾と炸裂弾の奔流が突き刺さり、泥の中に爆砕された人体による赤い彩色を施していく。

 トンボのエンブレムが描かれた21機の軽攻撃機が低空に舞い降りるたびに、人、戦車、対戦車砲、機関銃陣地といったありとあらゆる抵抗拠点が啄まれ、原形を失っていった。

 一頻りロケットを打ち切った機体はポッドを捨て不可知領域から航空爆弾を呼び出し、逆に爆弾を打ち切った機体はロケットを呼び出して攻撃を再開する。元来軽攻撃機に分類されるスーパーツカノは、不可知領域を利用しても搭載量は限られているが、ドラゴンフライ隊は過積載による飛行性能の低下を最大限許容することで解決していた。

 どうせ超低空進入だからと、地面効果すら前提とする奇策とも呼ぶには余りに力技な解法が生み出した地獄は、踏み鳴らされた陣地へ復讐に狂った鉄牛が殺到する事で完成度を高めていく。

 一方、今回の任務で割り当てられた対地目標を既に潰し終えたレーヴァンは、地獄と化した上空を旋回しながらディスプレイに表示されたブレイクスルーの冷却状況を確認していた。

 機能に致命的な問題は無いが、予想よりも砲身冷却に時間がかかっている。どうやら発熱変換回路による熱エネルギーの回収にロスがあるらしいと、ダストが簡易的な分析を表示していた。とはいえ、冷却完了後の戦闘は可能と結ばれている。

『機体に異常はないな?』 ダストと同じく機体を監視しているノルンからも通信が入った。


全系統異常なしオールグリーン。ただ、見ての通り冷却が予定よりも遅れているな」

『調子に乗ってドカスカ撃ちすぎだ。最後の2、3発は指示していないし、最後の1発は失速ギリギリだったじゃないか』

「余裕のあるうちに限界性能は把握しておきたいだろう?」

『戦闘空域でやるなと言っとるのだバカガラス。大体な――』


 最近になって定型文と化してきた罵倒とそれに続く説教を聞き流しながらも、周囲への警戒は怠らない。

 彼女やグレイヴ・キーパーの推測が正しければ、もう幾ばくもしないうちに、トンボに目の色を変えた捕食者たちが集まってくるだろう。


『っと――レーヴァン、方位0-4-0、ボギー12。そこそこ早い、迎撃機インターセプター

了解ウィルコ、方位0-4-0。12か――負けはしないが、連中は多少喰われそうだな」

『おいおい、頼むぜ。もうラストオーダーか?』


 ドラゴンフライ1の軽口に、レシーバーの向こうでノルンの舌打ちが聞こえる。

 彼女としては経費が掛かるので連中に頼るのは気に入らないらしいが、護衛任務の失敗はさらに気に入らないのだろう。直ぐにレーヴァンとドラゴンフライ隊が期待している言葉が届いた。


『やむを得ん、海軍かぶれ共を使うぞ。データリンク、オンライン――支援要請』

『こちらモビーディック1、とは結構な言い草じゃないか?』

『ならこの、第101空中巡航艦戦隊などと言うフザけた表示は何だ?』

『趣味だが?』


 『極超音速の捕鯨銛が喰いたきゃそう言え』半分以上本気の低い声にモビーディック隊の馬鹿笑いが被さる。と彼女は言うが、通信を聞く限り海は海でも海賊の類じゃないかとレーヴァンは思った。

 眼下で残骸を食い散らかしているドラゴンフライ隊と言い、冗談のような機体で前線近くにまで出張ってくる連中は、やはりどこか頭の螺子が外れているように思えてならない。

 とは言え彼自身、自らが冗談のような機体のあちら側であると言う自覚は皆無だったりする。


『――まあいい、支援要請受諾。モビーディック2、モビーディック3、聞こえたな?目標群γ、トラックナンバー3023から3034。AIM-120各1基照準、撃ちーかた始め』

『モビーディック2、サルヴォー』

『モビーディック3、サルヴォー』

『発射確認。第1波、発射数6、確認。第2波、発射数6、確認。全弾中間誘導正常、カウント開始』


 間もなく、ディスプレイ上に後方から迫る12本の槍が映り込んだ。

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緋色の鳥は戦禍を謳う クレイドル501 @magnetite

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