Mission-28 鉄牛奮迅
間髪入れずにリップセット曹長が引き金を引いた。
砲身に残った一瞬ためらう様な上下動が静まった直後、44口径120㎜戦車砲が咆哮する。滑らかな滑腔砲内部を駆け抜けた120㎜多目的対戦車榴弾が、巨大な車体を覆い隠すほどの強烈なマズルフラッシュで着飾りながら中空へと飛び出すと同時、衝撃がメスナーの全身を打ち据えた。
中隊長車の反撃に続いて、残りの7両も我先にと砲口から紅蓮を吐き出していく。大口径砲の反動が駐退機を通して車体を蹴飛ばし、耕された雪と泥が衝撃波で宙を舞う。遅れて飛来した対戦車砲の1発がカエサル3-2の砲塔正面で火花と黒煙を残して砕けるが、50tの鉄牛は小動もせずに報復の劫火を吹き延ばした。
右列に位置する4両は左列の6両の間から1500m彼方の敵陣へ砲火を向けている。正面と側面への火力の発揮に秀でるのは千鳥隊形の利点だった。
可能であれば小隊ごとに集中射を行って確実に潰していきたいところだが、敵の位置が判然としない以上、破片効果も見込める
空を切り裂いた多目的対戦車榴弾が相次いで着弾し、派手な爆炎が大地を焙るが明確な手ごたえはない。
捻じ曲がった砲身や、誘爆による巨大な火柱、
メスナーの直観を裏付ける様に、吹き上がった黒煙の
まず1輌のM113が餌食となった。側面を襲った対戦車榴弾が信管を作動させながら車内に飛び込み、四角い車体が内側から破裂するように爆散する。四方へ放物線を描く赤熱した破片は、微かな白煙を残して雪面に飲み込まれていく。
目前の味方が瞬時に爆散した光景に、慌てて隊列から飛び出した1両は、雪と泥の下で息を潜めていた地雷を踏み抜いた。下面から突き上げた爆炎が転輪と履帯を引き千切り、力尽きるように
続いて左翼縦列の間を抜けた砲弾の直撃を受けた1両は、爆炎に蹴飛ばされるように突入路の端へと横転し、乗せていた歩兵を地雷原の上にバラまいた。刹那、運の悪い歩兵が対戦車地雷の真上に落下し、1個班分の血と肉と雪と泥が吹き上がる。
車列を襲うのは砲弾だけではない。
彼方から赤い礫の群れが吹き伸びたかと思えば、1両のM113の表面を撫でまわし、無数の火花を散らせた。横殴りに襲い掛かった23㎜機関砲弾は薄い車体を紙細工のように貫通し、デサントしていた兵ごと瞬時に血飛沫へと変換した。
続いて伸ばされた2条の火箭は、M113を率いていたマルダーへと集中した。90式戦車に負けじと反撃の砲火を伸ばしていた動力砲塔が、火花と共に赤熱した20㎜機関砲の砲身を根元から切り飛ばされる。切り立った車体に閃光が瞬いた刹那、車内に飛び込んだ炸裂徹甲弾がミラン対戦車ミサイルの予備弾を真面に捉えた。
当たり所さえよければ主力戦車すら一撃のもとに沈黙させるミサイルが、腹の中で複数炸裂してしまえば耐えられる通りは無い。内側から膨れ上がった爆炎が車体を押し割り、乱雑に砕かれた鉄片が雪の上へと放り投げられる。
後方の惨劇にメスナーが歯噛みをした直後、鉄塊を力任せに殴りつけたような轟音が隊列の前方から響いてきた。
『カエサル1-1より0-1!ジェリコ2が攻撃を開始!』
ペリスコープ越しに、あれ程叩かれた敵陣地――ジェリコ2の上にも閃光が瞬き始めているのが見える。これまで彼我の視界を遮っていた発煙弾の白煙は殆どが消え去り、
直後、味方の上空を飛び越した1発が視界の中で急速に膨れ上がり、悲鳴を上げる間もなく中隊長車の車体正面で炸裂する。対戦車榴弾のメタルジェットは正面の複合装甲が難なく受け止めたが、強烈な衝撃については管轄外だ。ヘヴィ級ボクサーのボディブローを貰ったと錯覚するほどの衝撃の中で、メスナーは何とか中隊長としての仮面を被りなおした。
「カエサル0-1よりカエサル1-1、やり方は任せる、カエサル1をもって正面を牽制しろ。カエサル0-1よりアントン0-0、重迫の支援は?」
『アントン0-0よりカエサル0-1、退避中に
それ見た事か、これだから背伸びして頭数を揃えた空軍は信用できん。
重装備は撃破したと豪語していたらしい空軍に、思わず口を突いて出そうになった罵声が至近弾の衝撃で呻き声に代わる。車体に嫌な振動が走るが、強固な装甲は鉄牛の命運を未だにつなぎとめていた。
『っと!今のは危なかったな――ジェリコ2はアントンが抑えておく、先に防御陣地を潰せ』向こうも向こうで大騒ぎの最中なのか、レシーバーにはノイズが多い。辛うじて聞き取れた楽し気な命令に「了解」と短く返し部隊内通信へと切り替える。
「カエサル0-1よりカエサル1-1、地雷原は?」
『今第2線を突破しました、これより突撃体形に――』
「いや、カエサル1はスモークを展開して側防陣地に向けて旋回、可及的速やかに黙らせて来い。そちらの側面はこっちで抑える」
口笛の音が微かに聞こえてくる。数秒前までの、焦燥が滲んでいた青二才士官の声の代わりに、好戦的な戦士にしか出せない
『地雷原になっている可能性は?』
「俺が指揮官なら9時方向の側面陣地と正面のジェリコ2で釘付けにした後、丘の西側を迂回させて10時ないし11時方向から予備隊を突っ込ませて陣地前面に押し込む。運動場にトラバサミをバラまく趣味は無いね」
『俺らは餌ってことですかい?』
「なに、餌だけ取らせはしないさ。他に質問は?」
『カエサル1は旋回し、敵側防陣地を強襲します――釣果を期待しますぜ、中隊長殿』
◇
「各車、発煙弾発射ァ! 新目標ォ、8時方向側防陣地ッ!突撃体形作れッ!」
動くと決めてからのパレンバーグの判断は早い。
90式戦車の砲塔側面に搭載されていた発煙弾発射機が、コルクの抜けるような音を奏で、中空に白煙の華を次々と炸裂させる。敵の視界を遮り砲撃の密度が低下した瞬間を見計らい、4両の90式戦車が大柄な車体を大きく左に振った。
軋み声を上げる履帯が雪を跳ね飛ばしながら大地を抉ってエッジを描き、遠心力に振られた50tの車体が僅かに右へ傾斜し流れる様に向きを変えた。針路を固定する頃には、第1小隊の4両は小隊長車を先頭にした楔形の突撃体形を形作っている。
ほぼ同時に、地雷原を駆け抜けている機械化歩兵からも1個中隊が分離し攻撃態勢を整え始めた。
彼らは彼等で、一つ目の地雷原と二つ目の地雷原の間に位置する空間を戦場に選んだようだ。ネコ科の肉食獣のように平原の僅かな稜線の合間を躍進しつつ接近、此方の突撃とタイミングを合わせようとしている。
不意に、縦列と砲火の応酬を繰り返す敵側防陣地周辺に弾着の爆炎が立ち上がった。湧き上がる爆発のサイズからして、降り注いだのは精々100から120㎜クラスの砲弾、連隊の重迫中隊が息を吹き返したらしい。
魔術による誘導を行っているせいか、突発的に表れた目標に対して初弾とは思えない程の精度を見せている。この分であればすぐさま魔術誘導無しの効力射に移るだろう。
重砲ほどの火力も射程も望めないが、1分間の内に最大で20発の120㎜砲弾を叩き込める速射性は何物にも代えがたい。口径120㎜の迫撃砲弾が地団太を踏んでいる間は、満足な抵抗は不可能だ。その証拠に、効力射が降り注ぎ始めた敵陣地からの火箭は、眼に見えて衰えている。
連隊司令部が作り出した好機に、乗じないわけにはいかなかった。
「カエサル1、目標敵側防御陣地! 躍進距離1200、各車突撃にぃ、移れッ!」
ターボチャージド・ディーゼルが獰猛な咆哮を上げ、鼻息のように吐き出された黒煙が車体後方へと流れる。チラリと後方を振り返ると、カエサル1が展開した煙幕の後ろでカエサル2が突撃体形を作りつつあった。
「先鋒は譲ってやるよ、サイラス」
パレンバーグ中尉の独白は、正面装甲で砕け散った敵弾の轟音にかき消されてしまった。
◇
「10時方向に敵戦車! 」
予想された敵戦車の出現にいち早く気づいたのは、第2小隊長車の砲手を務めるクラウス・ツァベル軍曹だった。
小隊長のサイラス・クィルターがパノラマサイトを僅かに動かすと、確かにジェリコ2が布陣する丘の西側から敵戦車の姿が湧き出しつつある。
辛うじて雪らしきものが残った稜線の縁から、暗緑色に塗装された小柄な戦車が現れ、移動しながら幾つかの横隊を整え始めていた。
第1中隊の残した煙幕の残滓で見づらいが、その数は10両を下るまい。
「カエサル3-1より0-1、10時方向、丘の西側を敵戦車が迂回してきました。中隊規模!」
『ジェリコ2は
「了解。先鋒は頂いても?」
『大いに結構』
10時方向、敵戦車、徹甲、小隊長指示目標、前進、撃て。矢継ぎ早に届いたメスナーの指示に従い、クィルターはあらかじめ楔形隊形を作っておいた小隊を前進させる。
車体の旋回によって2時方向に移りつつあるジェリコ2は、大隊中央を進むアントンからの猛射を受けてそちらの対応に忙殺されていた。とはいえ、此方に飛んでくる砲弾が皆無と言うわけでは決してない。
数的劣勢というハンデはあるものの、手早く仕留めねばジェリコ2に側面を突かれるだろう。それは面白くない。
剣呑な筒先を並べ行進してくる敵は、もはや顔馴染みに成りつつある第二世代主力戦車の一角、T-72M1。こちらと同じく4両で1個小隊を組み、合計で3個小隊、12両。最も近い目標までの距離は約1000m。
数十年前ならまだしも現代の主力戦車にとっては既に間合いと言ってよかった。
「カエサル3-1、3-2、敵第1小隊左翼車両。3-3、3-4同小隊右翼車両、徹甲――停車ッ!」
腕を突っ張った直後、回転を止めた履帯が大地にしがみ付き、50トンの車体がつんのめるようにして急停車する。車体前面で盛大に雪が弾け、放り投げられた白い塊が正面装甲や車体正面で砕け、砲身からは微かに白煙が立ち上った。
戦闘速度から僅か数mで完全停車に至る殺人ブレーキは、体感する側としては事故も同然の衝撃だ。耳の奥に体から伝わった嫌な音が響き、ブレる視界の中で敵の第1小隊を捉えているパノラマサイトが輝いた。
「敵戦車発砲!」
「撃てぇッ!」
牽制目的の行進射を選んだT-72M1の放った125㎜
車長席の隣に位置する駐退機が轟音と共に仰け反り、車体に移った衝撃が体を打ち据え、閃光に蹂躙されるサイトの端で雪煙が舞い上がった。
44口径の砲身を走り抜けた120㎜APFSDSは1023mの距離を1秒未満で駆け抜け、横に広がった4両のT-72M1の内、外側の2両へ相次いで突き刺さった。
決して脆弱ではない車体正面装甲に火花に彩られた黒煙が弾けると同時、秒速1100m以上で突入したタングステン製の侵徹体が装甲を深く穿ち、赤熱した破片が車内を跳ねまわった。
無数に飛散した破片の幾つかが、砲塔下のカルーセル式弾薬庫に収められた装薬を切り裂いた刹那。橙色に塗装された焼尽薬莢が反応を始め、他の薬莢を巻き込み誘爆する。数十発の装薬が生み出した爆風は弾薬庫を保護する2.5㎜厚の鉄板を引き裂き、天井部分の13㎜の高分子化合物を焼き払って車内を蹂躙した。
命中から1秒と経たないうちに、開口部から明るい火焔を迸らせた小柄な砲塔が轟音と共に持ち上がった火柱によって磔刑にされる。折れ飛んだ長大な砲身があらぬ方向へと吹き飛んで雪面に墓標の如く突き刺さり、引き裂かれた車体の破片がバラまかれた。
その後方では、同じように直撃弾を受けた1両が燻ぶりながら擱座し沈黙している。こちらは誘爆こそ起こさなかったが、脱出者を試みようとする者もいない。
弾薬庫への直撃だけは避けたが、狭い車内に寿司詰めになった乗員は、その全てが血の泥濘と化して車内にへばり付いていた。
「同小隊、隣の目標、続けて撃て!」
二両撃破の達成感を命令に乗せる形で吐き捨て、次の目標へサイトを移動させる。硝煙が微かに舞う車内では自動装填装置の金属質な音が響き、砲塔後部の弾薬庫から引き出された120㎜砲弾が、白煙を棚引かせる薬室へと流れる様につきこまれる。閉鎖機作動、固定、撃発、発砲。
今度は90式戦車の方が速かった。長大な砲身の先に発砲焔が瞬き、甲高くも腹に響く轟音を轟かせる。
もともとT-72は、口径125㎜という大口径戦車砲を運用する代償として弾頭と装薬を分ける分離装薬式を採用しており、自動装填装置を利用しているとはいえ発射速度は決して早い方ではない。第三世代主力戦車として後発となった90式戦車は、これらの先達に対しセラミック複合装甲による重装甲化と高性能なFCS、自動装填装置による単位時間当たりの火力の増強をもって対抗していた。
第二世代の仮想敵に対して一対一で撃ち負ける様では、第三世代主力戦車は務まらない。
飛翔した4発の砲弾が残りの2両の正面装甲を食い破る直前、悲鳴の代わりに125㎜戦車砲が咆哮する。2両のT-72 M1が劫火に包まれる光景を後目に、120㎜砲弾が辿った経路を逆走した大口径砲弾がクィルターの乗る小隊長車を襲った。
頭に被った鐘を思いきり殴られたかのような大音響が車内に響き、50tの車体が蹴飛ばされたように後方に仰け反る。弾着により弾頭や装甲の破片が砕け、火花に彩られた黒煙がペリスコープやパノラマサイトに纏わりついた。
「損害報告!」
「操縦系統問題なし!」
「主砲、同軸機銃及び火器管制問題なし!」
「了解」と返しながら、クリーンヒットした割には損害が少ないことに内心安堵する。1発は砲塔正面の複合装甲が弾き返し、もう1発は砲塔上面を掠るだけにとどまったようだ。砲塔上面のM2重機関銃はなぎ倒されているかもしれないが、今のところ使う予定はない。損害軽微、戦闘続行可能。
即座に反撃を下令しようとした瞬間、乗車が更に被弾と至近弾の叫喚に震える。
先に相手取った小隊を潰したは良いが、敵の第2、第3小隊は砲火を自身の隊へと集中したようだ。幾ら装甲の厚い90式でも、性能自体は怪しいとはいえ125㎜砲弾を数十発受けて戦闘が続けられる訳では無い。
不意に左側のペリスコープから閃光が漏れてくる。僚車の安否が一瞬脳裏を過るが、直後に届いた喜色混じりの砲手の報告で杞憂であることに安堵する。
「
クィルターの
4両の90式戦車が発砲焔と被弾による火花を纏いながら、集中射を受けたカエサル3を庇う様に突入する。放たれた徹甲弾が敵第2小隊のT-72M1の1輌を業火の中へと叩き込み、さらに1輌を擱座させ僚車の集中射撃をもって沈黙させる。一瞬で戦力を半減させられた残りの2両は、スモークを発射し後退へ移ろうとしていた。
「次目標、敵第3小隊左翼の2輌、前進、撃て!」
味方の撤退を援護する為、突出したカエサル0に砲塔を向けていた2輌のT-72M1が装甲の薄い横面にカエサル3の120㎜徹甲弾を叩きこまれて沈黙する。こちらの残りも、相次いでスモークを打ち上げ灰色の緞帳の奥へと逃走を図った。
「逃がすな!目標同じ、小隊集中、撃て!」
僅かに逃げ遅れた第3小隊の1両に複数発の120㎜砲弾が突き刺さり、暗い緑色の塗装が膨れ上がった火炎に飲み込まれる。メスナーのカエサル0も、キッチリ逃げ遅れた他の1両を爆炎の中へと叩き込んでいた。その間に、残りの2両は煙幕の奥へと撤退を成功させている。
一先ず、最初に湧き出してきた連中はこれで叩き潰した筈。キルレートは随分と良好だ。クィルターは己の記憶と現状を照らし合わせながら、次に葬るべき獲物を物色する。
2個小隊で3個小隊を撃破し損害はほぼ無い。これで、1個戦車中隊を叩いた計算になる。後続する敵が居ないのならば、即座に旋回してジェリコ2を叩くべきか。いや、目標がアントンの攻勢に忙殺され、側防陣地はカエサル1に蹂躙されている今なら、カエサル0とカエサル3はそこそこのフリーハンドを得ているはず。いっその事、このまま敵予備隊の針路を逆進する手もある。予備陣地らしい後方のジェリコ1を稜線から牽制しつつ、ジェリコ2をアントンと挟撃できるかもしれない。
だが、彼らにそのような贅沢は与えられない。何もかもが上手くいくほど、戦場と言うのは綺麗に出来てはいないのだった。
『カエサル3-3より3-1!4時方向に敵戦車!』
『カエサル3-4より3-1!ジェリコ2がッ!?』
ズシン、と腹に響く轟音と共にカエサル3-4を映している方向のペリスコープが真っ赤な光を車内に届け、刹那の間、キューポラの中に自身の影を投げかけた。
「カエサル3!ジェリコ2に正面を向けろ!」
反射的に命令を叩き付けながら、クィルターは狭いキューポラの中で体を捻り、自分の小隊に何が降りかかったのかを探る。
カエサル3-4がハルダウンしていた平原の砲弾痕には、黒煙の柱に踏みにじられている四角い車体がある。黒ずんだ車体の上では火炎がくすぶり、その周囲には小規模な砲弾痕と飛び散った破片が突き刺さっていた。生存者を探す手間は、考えなくても良いだろう。
何が起こったのかは、直ぐに理解できる。ジェリコ2に据えられた対戦車砲か、ハルダウンした戦車の砲弾が、柔らかい横腹を抉ったのだ。畜生め。小隊長である貴様は、側面を向ける危険性を本当に理解していたのか?
予備士官の悔悟を
カテゴリ3の魔獣すら一撃のもとに肉塊に変える砲弾が、鉄牛目掛けて殺到してくる様は、戦車兵としては余り目にしたくない絶景に違いない。
それに――4時方向から敵の増援だって?
ろくでもない報告が雪崩のように舞い込んで来たためか、クィルターはかえって冷静になっている。残りの2両に応射を指示しながら、酷く冷めた思考が頭の中を滑り続ける。
それはジェリコ2とジェリコ3の間を敵が突破し、西へ針路を取ったカエサルの後背を突く動きだ。とりあえず車体正面は北へ向けたが、これで自分たちは北西の敵機甲部隊残存兵力、正面のジェリコ2、北東の新手に半包囲されたことになる。ああ、ならば――
それならば、中央を進みジェリコ2を抑えていたはずのアントンはどうなった?
『カエサル0-1より901大隊全車両に告ぐ、大隊長戦死によりこれよりカエサル0-1が指揮を取る』
ええい、畜生。こんな事なら自分が側防陣地へ突っ込めばよかった。
『新たに出現した中央の敵機甲部隊は大隊規模。カエサル、ベルタは作戦通りジェリコ2、3への攻撃を続けろ。アントンは――』
作戦中止の判断が下るかと内心期待していたクィルターは、通信機から流れてきた物騒な命令に思わず目をむいた。
これ迄の戦いで、メスナーと言う中隊長は何方かと言えば堅実な指揮を取る男だと認識していたがゆえに、損害を省みない指示に違和感を覚える。否、これでは、まるで――
『空爆に注意しつつそのまま押し込め。緋色の鳥が来るぞ』
まるで、敵の戦車大隊が存在しないかの様な口振りではないか。
カエサル0と合流する間に、パノラマサイトを敵の大部隊が出現したと言う方位に向けて倍率を上げる。確かに、小高い丘に挟まれた谷間を一群の戦車が味方に向けて突進している様が見えた。彼我の間には黒煙を噴き上げる角ばった車体が転がっており、味方の先鋒は相次ぐ弾着に揉まれているように見える。
一方、整然とした隊列を組んだ敵の周囲には弾着が少なく、砲火を吹き延ばす先頭車両の姿が憎らしい程に良く見える。
『グラム1、エンゲージ』
異様な閃光と共に、先頭車両の砲塔が切り飛ばされたのはその直後の事だった。
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