Mission-27 鉄牛咆哮
平たく言えば、我々の仕事は主攻正面を担う第2師団の露払いと言ったところだ。
攻撃目標はエンゲイトへの侵攻路となる街道の西側、ここだ。
見ての通り、小高い丘が南側に二つ、北側に一つ、丁度底辺を我が方に向けた三角形を成している。奥の一つがジェリコ1、南の二つの内、西側がジェリコ2、東側がジェリコ3だ。
ここを抑えられていると、第2師団は横面を叩かれながら正面の陣地へ突撃する事になる。勿論、連中は殴るのは大好きだが、殴られるのは好みじゃない。そこで、師団直轄に組みこまれた余剰品大隊である俺たちの出番と言うわけだ。
想定される敵戦力は恐らく大隊ないし連隊規模。どれだけ予備を持ってるかはわからんが、丘一つに2個中隊は潜伏していると考えて動け。歩兵は勿論、元々はこちらの主力の横面を叩くための陣地だ。重砲や迫撃砲、対戦車砲に対戦車ミサイル、ロケット、主力戦車などなどより取り見取りだろう。
ただ重装備に関しては、空軍があらかたブッ叩いたって話は来てるが……まあとりあえず、貴様らが想像できる装備の全てが運び込まれていると想像しておけば問題ない。
突撃発起点はここ。攻撃目標から更に
機械化歩兵とはいえ、主力はM113装甲兵員輸送車だ。連中がハチの巣になる前に、敵陣地をあらかた耕す必要がある。
ただし支援についてはあまり期待はするな。
師団砲兵の加護は攻勢準備射撃の一時だけ、後は51連隊の重迫中隊だけが頼みの綱だ。空軍にも支援要請は出せるが、師団砲兵と同じく、主力が突撃を開始すればそちらに集中投入されるだろう。
空爆が欲しければ、リスタ河でやったように、その辺をうろついているヴァルチャーでも捕まえることだな。連中をどれだけ信用するかは貴様らに任せるが、うっかり味方の上に爆弾を落っことすバカを引き当てない事だけは注意しろ。
何も難しいことは無い、まっすぐ進んでこちらがKOを取られないうちに場外乱闘へ持ち込めば勝ちだ。何か質問は?
何? ああ、その通りだ、察しが良いなメスナー。
要するに、俺たちの究極的な
最悪、俺たちが全滅しようが敵陣地に機械化歩兵を流し込むことさえできれば作戦は成功だ。
◇
昨夜降り続いた雪が嘘のように晴れ渡った空の中を、無数の礫が轟音を引きずりながら駆け抜けていく。
合衆国や連合王国での普及が始まっているロケットアシストや昔ながらの魔術による誘導すらも用いられていない。ただ純粋に鉄と炸薬によって構築された砲弾は放物線の最高到達点に達したのち、物理法則に従って針路を緩やかに地面へ――激烈な効力射によって耕されつつある敵陣地へ向けて我先にと降り注いでいった。
一面の銀世界の先に隆起した丘の上で閃光が走るたびに、雪化粧の代わりに泥化粧を身に纏った丘が破片の豪雨を浴びて泡立ち、戦車1両程度なら簡単に埋め立ててしまえるほどの雪交じりの土砂が十数m吹き上がる。
運の悪い陣地が上げる断末魔代わりの誘爆が、濛々と吹き上がる黒褐色の爆煙に赤い華を添え、間髪入れずに吹き上がる別の土砂の波に飲み込まれていく。
重厚な砲身の僅か数㎞先に広がる世界は、そう表現できる地獄だった。
丘の裏に身を隠した90式戦車の、車長用キューポラから直接見ることは無いが。味方の効力射が一発着弾するごとに敵兵が血煙と化し、その数倍の敵兵が死んだ方がマシな肉体的損傷を受け、汚水と血だまりが混合された塹壕の中を転げまわっている事だろう。
もっとも、そのような運の悪い連中を除く大多数の敵兵は、凍えるような退避壕に息を潜ませ、頭上を踏みつける砲弾の狂乱を内に貯め込みつつ、
「何かの間違いで全滅してくれないもんかな?」
「青空教室でも開いてなきゃ無理でしょうなぁ」
白い息と共に思わず零れた本音だったが、隣の砲手用キューポラから同じように上体を出して敵陣地を眺めているリップセット曹長は、メスナーなりの冗談だと好意的に解釈したらしかった。
いや、ひょっとすると彼自身も同じようなことを考えていたのかもしれない。
中隊最先任下士官として下士官兵から神の如く崇められ、同時に恐れられる男ではあるが、だからといって常に困難を望むわけでは無かった。
「実際の所、どう思う? 曹長」
「攻者三倍の原則からはちと外れてますからね。それこそ、リスタ河のミグぐらい腕利きが居てくれれば楽なんですがね」
「それならば――」メスナーが続けた言葉は、後方から響いた甲高くもどこか気の抜けるような音にかき消された。
頭上を無数の飛翔音が飛び越えた数秒後、前方に広がる効力射が作り出すカーテンに小さな変化が生じる。
重砲が放り込む155㎜榴弾の狂騒は、相変わらず二つの丘に構築された敵の防御陣地を踏みつけて黒煙を噴き上げているが、それよりも手前に一つ、また一つと白色の煙が湧き出す。急速に膨れ上がる白煙は、周囲の狂騒に愛想をつかした雪面が、空へと逃げようとしているようにも見えた。
メスナーが所属する独立戦車第901大隊の後方に待機した機械化歩兵が、事前の作戦通り発煙弾を撃ち込んでいるらしい。10門少々の120㎜迫撃砲を装備する51連隊の重迫撃砲中隊の仕事が始まったのならば、自分たちの仕事も
余剰品で構成された中隊を預かる予備士官は、最終確認を兼ねて丘裏に隠れている友軍を眺めまわした。
まず飛び込んで来るのは中隊ごとに2列縦隊を作った30両を超える90式戦車の群れ。中央には大隊司令部を含む
合計で6列の縦隊を作って身を潜める戦車大隊の更に後方には、機械化歩兵3個大隊が布陣して同様の隊形を取っている。縦隊1列あたり、戦車2個小隊の後方に機械化歩兵2個中隊程度が続く形だ。唯一の火力支援部隊である連隊の重迫中隊は、戦車と機械化歩兵の境界付近に位置し、発煙弾を矢継ぎ早に撃ち放っている。
砲兵火力は聊か以上に心もとないが、一応それなりに突破力は期待できる
第3中隊は第1陣としてクインシー・パレンバーグ中尉が率いる
突入する際は部下を盾にする格好ではあるが、指揮官先頭などと言う贅沢が許されるのは状況が混沌とし、理性よりも獣性がモノを言う世界になってからだ。
部下より先に死にたがる前線指揮官程、始末に負えないモノは無い。
レシーバーに短いノイズが走り、続いて大隊司令部から『攻撃準備』の指令が伝えられる。メスナーが自身の掌握する12両にその指示を伝達すると、彼と同じように車体から上体を出していた車長や砲手たちが、次々と鉄の棺の中へとその身を沈めていった。
彼らが次に外界に出られるのは、生き残った時か、装甲を叩き割られ、物言わぬ炭化水素の化合物と化した時のどちらかだ。
命令を発してから数秒後には、様々な感情を表に出していた戦友たちの代わりに、物言わぬ鉄の獣の凶悪な面が轍で汚された白い世界に並んでいた。
そう言えば――
ふと、この場に似つかわしくないノイズが頭の中に浮かび上がった。
大昔、とある暴君が常人には理解しがたい発想に基づき新たな処刑方法を求めた際に、異国の彫刻家が
内部に空洞が設けられたその牡牛は、罪人をその中に閉じ込め
この見事な真鍮の牡牛を献上された王は、作成者にして考案者たる彫刻家本人に「試せ」と命じ、彫刻家が内部に潜って点検を行おうとした瞬間に彼を閉じ込め、最初の犠牲者にしてしまったらしい。
ああいや、神への奉納品として牡牛の像を造らせたら、他でもない彫刻家自身が自主的に悪辣な処刑機能を取り付けたのだったか? 王は彫刻家の思いつきを嫌悪し、最初の犠牲者としたために暴君と
この戦争が始まる直前、召集を受けて着任した国境の第七師団にて開かれた歓迎会で、昔話好きの現役機甲士官から聞いた話が、なぜか今になって頭の片隅をぐるぐると回り始める。
付け加えると、彼は
紙切れ一枚で”義務を果たせ”と呼び出された運の無い予備士官を前に、ニヤニヤと笑っていた事実も合わせれば、露悪的に過ぎる確信犯であることは想像に難くない。
開戦後にリスタ河への撤退戦中に見かけた露悪的な先達の乗車が、まさに趣味の悪い伝説通りに真っ赤に燃え盛っていたこともあり、鮮明では無くとも妙に頭の中にこびり付く
少なくとも、戦闘前に思い出すべきでない情景が脳裏を掠めた時、自身の体が低い唸り声と共に小さく揺さぶられる。
決して調子は万全ではないディーゼルエンジンが不愉快気に黒煙を吐き出し、未だに響く多種多様な炸裂音の中に重低音のベースを響かせ始めた。一瞬遅れて、彼方此方で同じように薄い黒煙が上がっては、乗用車とは随分と趣の異なるエキゾーストが不気味さすら感じさせる重奏を重ねていく。
ハッキリと、自嘲だと理解できる笑みが口の端に浮かんだ。
ああ、そうか――
俺は今からこの12頭の唸る牡牛を率いて、此処から見える地獄へと進撃するのだ。装弾筒付翼安定徹甲弾に
牡牛の中に閉じ込められた哀れな罪人がどうなるか、理解しつつも彫刻家を閉じ込めた彼の王とどれ程の違いが有るのだろうか。
この時、キューポラのペリスコープから中隊長を覗き見ていた第3中隊の車長たちは、メスナーの自嘲を毎度の様に都合よく誤解した。その誤解は、十分に防御された敵陣地へ真っ先に飛び込む生物的な恐怖を、「自分だけは死ぬものか」などと言う根拠の無い蛮勇の
冷めて
己がパノラマサイトやペリスコープからの視線に晒されている事実に気づく直前、不意にロケットモーターの燃焼する轟音が耳朶を打った。つられて見れば、丘の縁ギリギリにまで接近した数両の野暮ったい戦闘工兵車両が、大柄なロケットが吐き出した白煙に覆い隠されるところだった。
後端から燃焼煙と共にワイヤーを躍らせて放物線を描き、蒼空を駆け上がっていく無骨な飛翔体が、濃密な煙幕の向こうへと消えた直後。敵陣前方に横たわる平地と味方が潜む丘を繋ぐように横たわったワイヤー――爆導索に電流が流され、小規模な爆発の連鎖が敵陣へ向けて走り抜けた。
重砲の炸裂とは全く異なる爆竹染みた炸裂音が響き渡る中、爆導索の衝撃波に巻き込まれた地雷が一つ二つと誘爆を引き起こして無力化される。炸裂がひと段落する事には、白い世界に自分たちの先行きを示すような黒い突入路が6つ浮かびあがっていた。
誘爆が集中したのは、一つの突入路につき凡そ二か所。901大隊の突撃の為に6本用意された突入路を直角に遮るように、東西を貫くほぼ同じライン上で誘爆が発生している。どうやら敵は、この平原に2重の地雷原を用意していたようだ。少なくとも奥側の地雷原を通り抜けるまでは、縦列を崩すわけにはいかないだろう。
『除去作業終了』
『901大隊、攻撃開始』
『アントン0-1より全車、攻撃開始。大隊、前へ』
「カエサル0-1より全車、攻撃開始」
命令を伝え終わるかどうかと言うタイミングで、中隊長車の横に並んでいた
その間に砲塔の中へ身を落としたメスナーは、片手間に外界へと続くハッチを閉め、狭苦しい車長席へと収まった。今後の彼に許された視界は、車長用のパノラマサイトと昔ながらのペリスコープだけだ。
「カエサル0-1より各車、状況報告」
『カエサル0-2、行けます』
『カエサル0-3、準備良し』
『か、カエサル0-4。問題なし』
「よろしい、小隊我に続け」
鉄牛の唸り声が一際大きく鳴り響き、メスナーの90式戦車は
稜線を乗り越えた車体が北側の斜面を組み敷く鈍い衝撃の中、砲塔上部のカメラを東に向ける。四角く切り取られた画面の中で、大隊に所属する全ての90式戦車が一斉に泥を蹴立てて丘の斜面を駆け下っていく姿が見えた。
西に位置する左翼側から中央、右翼の部隊を一望しているため、画面上には巨大な戦車を駆る大隊主力の姿が、戦意高揚の
角ばった砲塔から突き出した長大な砲身、再塗装など間に合わず暗い三色迷彩が施されたままの鋭角的な車体、幅の広い履帯が大地を食い荒らし、踏みしめられた泥と雪が乱雑に舞い上がる。
”当たらなければどうと言うことは無い”と言う思想の元に形作られた、第二世代主力戦車とは全く異なる。敵弾を強固な装甲で弾き返し制圧前進を敢行する、戦車の原点に立ち返った第三世代主力戦車の群れ。
重厚な複合装甲に雪泥の戦化粧を施した数十の重騎兵が、幅の広い蹄跡を雪面に刻み、1500馬力の鬨の声で丘をどよめかせていた。
華々しい騎兵突撃が戦場から姿を消してから久しいが、この光景を見れば、騎兵の血は絶えたわけでは無く、形を変えて今もなお戦場を走り抜けていると誰もが納得するだろう。
低い斜面を下った中隊の先頭車両が、爆導索と地雷で耕された突入路へと侵入する。白煙に包まれた正面の陣地は未だに沈黙を保っていた。
自らが装備する砲の直撃を受けても耐えられる
敵の指揮官が真面であれば、地雷原を縦列で抜けるしかないこちらの側面を叩くために、陣地の一つや二つは準備している筈だ。
重迫の発煙弾を手当たり次第に側面へ打ち込んで、側面に潜む敵の目から突入部隊を隠してしまう手もあるにはあるが、其処までの余裕はない上に中途半端な煙幕の展開は逆に敵の姿を隠してしまう。
そもそもの話、敵にも腕のいい魔術師がいる為か、正面陣地への煙幕の展開ですら
メスナーの車両も突入路へと乗り入れる。
荒っぽく耕された雪面に車体が僅かに沈みこむが、幅の広い履帯は50tの車重を支え、力任せに推進させた。
後方のペリスコープに目を押し付けると、戦車に続いて丘の稜線を乗り換え後続する第51機械化歩兵連隊の装甲車両の姿が飛び込んで来る。90式戦車に比べれば玩具のようなM113装甲兵員輸送車は、その背部に歩兵を
とはいえ、第51連隊がAPCに歩兵をデサントさせた真の理由は別の場所にある。
数日前に、連隊に配備されるはずであったAPCの集団が少数の僚機を釣れた見慣れないF-15Eの襲撃を受け、空軍の護衛ともども文字通り壊滅してしまっていたのだ。
結局届いたのは要求量の半数にも満たない数であり、全歩兵戦力の実に4分の1を無防備な車上に乗せて進撃する事を余儀なくされている。蓋を開けてみれば、何とも寒い
『カエサル1-1より0-1、敵陣までの距離凡そ1500!』
パレンバーグ中尉からの報告が耳に届いたと同時に、砲塔正面――縦隊左側に向けられていたパノラマサイトのほぼ中央に閃光が瞬いた。
警告を発する間もなく、1500mそこそこの距離を飛翔した砲弾が、左翼側の機械化歩兵の至近に着弾する。浅い角度で地面に潜り込んだ砲弾によって雪の飛沫がそこかしこで吹き上がり、弾け飛んだ土砂交じりの破片が、薄い装甲を叩いて運の悪い歩兵がなぎ倒される。
サイトの倍率を上げると、平原のなだらかな稜線から突き出された複数の砲身と、逃げる様に空へと溶けていく発砲焔の名残が微かに見えた。戦車か、あるいは対戦車砲か、どちらにせよこちらの柔らかい横腹を狙っている事は疑いようがない。
しかも、連中はセオリー通りに、
彼らの選択は正しい、戦車だけでは陣地の占領はできず、また随伴歩兵の存在しない戦車ほど、良好な対戦車陣地の餌は存在しないのだから。
「カエサル0-1よりカエサル0、カエサル3」
しかしそれは、突撃の狂乱に浸る猛獣の眼前で、赤い布を振りかざすに等しい。
「9時方向、防御陣地、対榴、各個任意、行進射、撃て」
耳を弄する鉄牛の咆哮が、冷涼な大気を震わせた。
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