八女市多智花町で茶農家を営む家に生まれた、香月壱弥はイケメンの好青年ですが、色々なものを腹に抱えています。
恋愛オンチで彼女と長く続かず、恋愛感情が良く分からない。
家業を継ぐために実家を出て、故郷を思うが故に故郷を離れることを決めた心境。
全国高等学校ラグビーフットボール大会(通称「花園」)で準決勝進出を果たしながらも、家業を継ぐために引退を決意した意思。
親しい友人から寄せられる想い。
そのような様々な想いを秘めて生きている壱弥は、町を守る産土神社で、自らを『神』だと名乗る子供に出会います。
毎年神社で行われる神幸祭で『名』をもらって初めて真の神となるその子は、まだ名前がありません。
仕方がないため、壱弥はその子を『ナナシ』と名付けます。
この物語は、壱弥がナナシとの交流を通じて、見て見ぬふりをしていた自分と向き合うお話です。
『他人の気持ちを理解するのは難しいのに、その他人の言葉が、一番の安心材料』だと言う壱弥。
『しかし、それは周りとの信頼関係をしっかりと結んでいるから』だと言うナナシ。
この言葉の掛け合いは、本作の魅力のひとつを如実に表していると思います。
しかし同時に、本作では『自分の気持ちを理解する』のも難しいことであると描かれます。
自分と他人の気持ち。
それは正にナナシが言う通り、周囲との信頼関係を構築していなければ、気持ちの交感に意味は成さないかと思われます。
信頼関係を構築するには、結局のところ、どのような形であれコミュニケーションを取るしかない。
しかし、壱弥は『自分のことを考えるのは面倒なんだよ』と言って、自分の気持ちが楽な方に逃げていると言います。
そんな壱弥をナナシが言葉で導いてくれます。
強引に諭すのではなく、壱弥が何から目を背けているのかを少しずつ教え、壱弥が理解して行動を起こすまで、ちゃんと見守ってくれます。
この物語は、神様との交流を通じて、大切な人との関り方を学び、壱弥が自分自身と向き合っていくお話しです。
是非、お読みになり、その交流を楽しんでください。
オススメの一作です。
のんびり。まったり。ほっこり。じんわり。そっと、前向き。
これらの言葉にピンと来た方へおすすめしたいのが、本レビューでご紹介する、えむら若奈さんの『ナナシの神様』です。
──
私自身、元々ほっこりして優しい物語・神様が関係するお話が好きということがあり、この物語に触れました。どストライクでした。私と同じ趣味の方がいらっしゃったら、絶対に刺さると思います。
普通の人間である主人公・壱弥(いちや)さんと、名前は「まだ無い」という神様・ナナシ。彼らのやり取りがとても楽しく、また彼らを取り巻く人々の人間模様にも、とても心動かされます。描かれる人々と地域の色がとても丁寧で、暖かく読みやすいです。
緩やかに紡がれる物語に浸る時間は、どこか現実の時間もゆったりになるようで、とても心地いい感覚を味わえると思います。
そして緩やかに紡がれるのは物語だけではありません。
物語に登場する人々の「縁」です。
メインとなるキャラクター、それぞれの回でキーになるキャラクター、キーではないけれど、壱弥さんを暖かく見守ってくれる地域の人々──……。こうした人物たちが織り成す縁は、自分の身近にある縁のことも感じさせてくれます。こうして人々の世界は形作られるのだな、と。
そして何より、壱弥さんとナナシの縁。偶然か必然か。いずれにせよ、素敵なものであることに違いありません。
──
おすすめです。皆さんもぜひ読んでみてください。
不思議な神様・ナナシと主人公との軽妙なやり取りが、見ていて楽しいです。
心理描写がとても繊細に描かれていて、ストーリーとしてはあまり進んでいなくても、関心がそれぞれの登場人物の内心にどんどんと引き込まれて行きます。登場キャラが、ちゃんと皆さん、生きて息吹きを感じます。
同じ内容の台詞でも、ただ展開上で言わされているのか、思いや背景があって言っているのか、そういうのって雰囲気で伝わってきますよね。
僕なんかだと、多分、飽きられたり、つまらないと思われるのを怖れて、とっくにイベントを起こしたり、内心の闇をチラ見せしたり、意味ありげな伏線を入れて関心を引こうとしています。
誠実に、ちゃんとストーリーを紡いでいってる姿が、とても好印象でした。