第二話 後輩に付きまとわれる

 立ってままだったからほんの少し寝たのか? と思い、スマホを確認すると18時を数分過ぎたくらいで、家から出て10分くらいしか立っていなかった。

 やっぱり夢だったよなと、納得しつつスーパーに戻り、適当に酒とツマミをカゴに入れる。


 なんとなく夢と同じレジに並んだけど、やっぱり店員さんが違う。

 すっかり有料にも慣れてしまったビニール袋をカゴに入れて、クレジットカードと紐付けされたバーコード決済で代金を払って、レシートをゴミ箱に捨てる。

 俺のバーコード決済のやつは、履歴を見るの場所がわからないからとか適当いって、いつも酒の代金を払いたがる友人をごまかして、払わせないようにしている。

 金持っているからとはいっても、年下からはおごってもらうわけにはいかないし。


 そんな事を考えながら、自宅へ戻ろうとしているときに後ろから声をかけられた。


「先輩じゃないですか!」


その声に振り向くとそこには、去年うちの会社に入ってきて、俺が教育係を受け持った後輩が離れたところから駆け寄ってきた。


「お、浅沼後輩じゃないか、お前も買い物か?」


 俺が浅沼と呼んだ彼女、浅沼静香あさぬましずかは社内一番のクールな美人と呼ばれるほど端正な顔に、笑顔を浮かべながらぶんぶんと手を降って、その長く伸ばした髪が揺れていた。


「いいえ、違いますよ。先輩の姿が見えたのでダンジョン帰りの車から、降りて来たんです」


 ほらと、指差す方向を見てみると大きめのバンが止まっており、男女数人の姿が見えた。

 おそらくパーティーメンバーなんだろう。

 男の何人かは不機嫌そうな顔をして、こちらを見ている。

 まあ、これだけの美人さんだ。何人か狙っていてもおかしくない。


 ちなみに浅沼後輩は一般的に休日探索者と呼ばれるタイプの冒険者で、会社勤めをしながら休みの日にダンジョンに潜る、お気軽冒険者らしい。

 うちはホワイトすぎる会社なので、まず休日が潰れるということはないから、趣味と実益の一環としては丁度いいのだろう。ホワイトだけど給料安いからな、うち。


 おっと、そんなことよりもだ。


「浅沼後輩、いいのか?みんな待ってるぞ」と、男の視線が痛いので戻るように促してみた。


「あ、そうですね。ちょっと待っててください」

「待っててって……」


 俺が言い終わるより早くバンのもとに走っていき、一言二言話し、手を合わせて謝る素振りを見せている。

 そうしたあとに、浅沼後輩を置いたままバンが動き出した。

 そして、バンが俺の横を通り過ぎるとき、中にいる男連中に更にきつい目で睨まれた、運転しているやつにまで。おいおい、運転中は前を向いて運転しないと危ないぞ。


「ふぅ、打ち上げを断る、良い口実になりました。ありがとうございます。先輩」

「……まあ、良いがな。相変わらずそこらへんはドライなのな」

「パーティーメンバーとしてはいい人たちなんですけどね。男としては見られないというか、なんというか」


 たまには打ち上げにも付き合うんですよ?と、言い訳をしていたけれど、本当に気が向いた時極稀に、ということは言われなくても何となく分かる。そして、すぐ帰るんだろうなということも。


「まあ、お前の好きにやればいいさ。嫌な飲み会は断る。俺の酒盛りの基本もそうだしな」


 そして、じゃあまた会社でなと声をかけてから、浅沼後輩と別れた。……別れようとした。


「先輩はこれから飲むんですか?だいぶお酒入ってるみたいですけど、まだ飲むんですね」


 そんなことを言いながら、浅沼後輩は俺の横を歩いてついてきている。


「……お前、家こっちなのか?」

「いいえ、私の家は反対方向ですよ? 前に教えたじゃないですか。忘れちゃいました?」

「……覚えてるよ。もしかして引っ越したのかと思ってな。じゃあ、なんでついてきてるんだ? 一人で帰るの怖いならタクシーでも呼ぶぞ?」

「えー、だって今からお酒飲むんですよね?お祝いしてくださいよ。私今日レベル上がったんですよ」

「……さっきの連中も、それで打ち上げしようとしてくれてたんじゃないのか?」

「そうですけど。でも、先輩を見かけたら、先輩に祝ってもらいたくなったので!」


 そうですけどなにか? みたいに言ったら、パーティメンバーが可哀想だろ。


 俺は軽くため息を付いてから話を続けた。


「祝うのは構わないんだがな、今は友人が家に来て一緒に酒盛りしてんだよ。そいつが良いって言ったら良いけどよ」

「……友人、もちろん男性の方ですよね?」

「何がもちろんかは、わからんが、確かに男だぞ」

「ですよね、先輩がお家に呼ぶくらいです。いい人なんでしょう。良いですよ。一緒に祝ってもらっても」

「なんでお前が上から目線なんだよ。見た目がちょっと厳ついけど、誤解すんなよ?すっげぇいい子なんだぞ。……それでも良いなら、チャット送るから待ってろ。多分断らないから」

「いいですよ。冒険者なんて見た目厳ついのばっかりですし、なれてるからかまいませんよ」


 だから、なんで上から目線なんだよと言いつつ、途中で後輩に会ったから飲み会に参加させてもいいかとチャットを送ると、すぐにスタンプでOKというイラストで返事が来た。


「いいってさ、それじゃ行くぞ」

「はーい」


◇◇◇◇


そうして、家の前まで来たので、ちょっと浅沼後輩に買い物袋を持ってもらおうと声をかけた。


「すまん、浅沼。ちょっと鍵を出すから、一つ持ってくれ」

「それより、鍵を取り出してあげましょうか?」


 こちらに向かって指をワキワキさせながらいうので「アホか」と返した。


「むっ、アホはないでしょう」

「ズボンのポケットだぞ? 人に見られたらどうする」

「私は構いませんよ」

「俺が構うんだよ。女性にセクハラ働いた奴に見られるだろう」

「ちぇっ、わかりましたよ。……はい、一つ貸してください」


 浅沼のおふざけも終わったので渡そうとしけれど、どすんどすんという音が響いてきたので渡すのをやめる。


「ああ、向こうが気づいたみたいだな。開けてくれるみたいだからもう大丈夫だ」

「感のいい人なんですね」


 そうだなと返そうとしたところで、解錠の音が聞こえたのでそちらを向いた。


 すぐにドアが開いて、友人の胸から下が見える。

 相変わらずでかくて、うちの安いアパートの小さいドアを開けただけじゃ、顔が見えないのを見て、いつもながらだけど少し笑える。


「っ!?」


 威圧感があるからか、後ろから浅沼の息を呑む声が聞こえる。


 小さいドアをくぐるようにして、外に出た友人に対して浅沼後輩が絞り出すようにつぶやいた。


「……仁王」

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