第一補話 最強最悪最高の存在

 この世界では100年に一度魔王が現れる。

 今まで魔王により、人族が幾度も滅亡の危機に陥れられた。


 しかし、人も指を咥えて待っていただけではない。

 魔王に対抗するべく各国、各種族で力を出し合い、全力を尽くし100年の時を掛けて、魔王を倒せる人材を育てる。

 今回選ばれた勇者もそうだった。


「勇者!いまだ魔王に止めを!」


 勇者と叫んだ少年が体をはって、魔王の動きを止めている。


「魔王!さんざん殺し、暴れやがってこれで最後だ!!」


 そして、勇者と呼ばれた少年がもつ、水晶の如き透明だが目のくらむような光を放つ剣が、魔王に突き刺さりそれが持つエネルギーが余すことなくすべて魔王に注がれる。


「ぐっ、がっ。ふっはははは、見事だ強き勇者よ!──さらば!!」


 その言葉を最後に魔王の体が爆発四散した。

 たった一人で全世界を殺戮と恐怖に塗り替えた魔王の命はここで尽きた。


 ──が、一度、尽きたからといって、それで魔王が終わるわけではない。


 爆発四散した肉体の一部それも一番遠く離れ、一番隠れた場所に落ちた肉片が蠢き出す。


『スキル:魂の帰還』


 100年に一度のみ使える魔王が所持するスキルである。

 死亡時、一番安全な場所にある自分の肉体に、魂が戻るスキルである。あらかじめ切り離して保管しておいたなどの、魂が宿っていなかった肉体には適用されない。この場合、たった今爆散した肉のみが対象となる。

 

『スキル:進化』

 

 もう一つの魔王たらしめるスキルであり一日に一回使用が可能。

 環境に合わせ、どんな状況、状態からでも自らの望む肉体に進化または、退化させていくスキル。

 自らの肉体の力が魂の力と釣り合い限界まで高まると人の形へと進化する。魂の形がそうであるがために。


 二つのスキルがお互いを補完し、ただの肉片が生き物へと作り変えられる。今回はモグラのような姿になった魔王が速やかに地面の中に逃げる。

 そう、100年ごとに生まれる魔王はすべてスキルによって復活した同一人物である。


◇◇◇◇


 地中深く魔王は思う、この度も有意義であった、と。

 目論見通り、世界樹の力を枯渇寸前まで追いやることができた。

 世界樹の力を枯れさせないため精霊たちやドラゴン、ハイエルフらが力を注ぎ生み出した、世界樹の苗を世界樹の頂上に植え、育てるだろう。


 魔王は考える、此度の勇者も強かった。別の計画があったとは言え、魔王は勇者と戦う時は全力だった。

 それを強靭な精神と肉体と魔力で、魔王である自分を凌駕し、討ち滅ぼしてくれた。

 だが、まだ足りない、人の可能性はまだこんなものではない。


 ──自分が弱かった。そう、魔王として不甲斐なかったせいで、人の可能性の限界を超えて引き出せなかった。

 そのためには自分が、もっと強大な存在に生まれ変わる必要がある。そう考え今回の計画は始まった。

 ゆっくりと地面を掘り進み、遠き世界樹へ向かう。


◇◇◇◇

 

 100年後魔王はモグラのような姿のまま、世界樹の根本までたどり着く。

 世界樹の頂上から力を感じ、魔王の思惑通り世界樹の苗は植えられ、力を貯めていることが分かる。

 

 自分はこれから長い年月をかけて、世界樹を上っていくのだ。

 その計画のためにこの度は魔王として君臨出来ないが、その間に人は堕落しないであろうか? それだけが心配だ。

 

 世界樹はこの世界の何よりも巨大存在である。その樹高は雲のはるか上まで突き抜ける、それでもこの世界の強力な魔力を持つものが登るのには、そう時間がかかる大きさではない。

 しかし、今、世界樹は守られている。人間に、エルフに、ドラゴンに、精霊に。


 人間はその数で、エルフはその森と魔力で、ドラゴンは空の王者として、精霊は子供を全ての害悪から守る母のように。


 今まで、魔王は地中深く100年かけて世界樹の根本までゆっくりと進んできた、人やエルフに感知されないように、確実に。

 

 そうして、たどり着いた人間の都よりも太い幹を持つ世界樹の根本の影に隠れた魔王は、その体色を世界樹と同色へと変化させ、鳥に食われぬよう毒虫に姿を変え、登り始める。


 誰にも感知されぬよう登るために数年が立ち、魔王は僅かな木の皮だけで生き延びながらも登っていく。

 エルフが監視できない、鳥が登れない高さまで来た。


 ここからはまだ影響は薄いとはいえ、精霊も感知と干渉を始める。

 そこで、その毒虫の姿をも捨て、何の力を持たない芋虫へと変化を遂げる。その身に宿る強大な魂さえも操作し自分の精神の深い闇の底ヘと鎮める。


 芋虫の姿にしたのは無害で何の力も持たないようにしたためだ。

 ダニのような小さい姿にしなかったのは、芋虫以下の生き物では思考が保てなくなるからだ。

 芋虫への変化もギリギリで、確実に登るという意思とあと1つだけは明確だがそれ以外は曖昧になってしまった。それでも目的のためには構わない。


 何の力もない芋虫が上に登っていく、ひたすら頂上を目指して。


 50年がたち、それでも登る。

 60年がたち、世界樹に住むドラゴンの住処の領域へと入る、何の力もない芋虫程度にドラゴンは気付かない、その強さゆえ。

 もしも気付いたとしても認識ができない、存在の強度が違いすぎるせいだ。だがそれでも慎重に慎重を重ねた。ドラゴンが近くに来たら、表面の凹凸で木の皮に擬態し、決して動かずに何年でも過ごせた。


 70年、80年、90年がすぎ頂上が見える。目指すは中心の世界樹の苗だ。いまは臨界に向かい、さらなる力をためていることだろう。


 ここから歩みを緩めて、気配をさらに消し慎重に近づく。

 95年、97年、99年もう苗が見えてる。だが焦らず近づいていく。


 そして100年がたち、魔王は確信した計画は成したと。

 何が起きても飛びついて食らいつける距離まで来た。

 今、世界樹の苗はほとんど力だけの存在になっている。

 世界樹と一体化し、新しい世界樹として復活するためだ。


 魔王はその世界そのものと言える莫大な力を喰らい、魂に変革を起こし、さらなる存在へと、昇ろうとしているのだ。

 魔王が成り果てた芋虫の肉体ですら歓喜が湧き上がってくる。

 そしてその歓喜に影響を受けたのか、ふっ、と精神の闇に沈めたはずの魂が浮き上がってくる。



 ──これでまた、世界を愛せる。この力さえあればさらに強大な存在となれる。今までの我なぞ分身としてですら、簡単に生み出せるだろう。


 そう、滅亡寸前まで滅ぼし絶望させよう。人ならばその絶望の中から英雄を生み出すだろう。すなわち英雄が希望となろう。苦難を与え乗り越え、希望は成長するだろう。わが分身を倒し、世界は喜びに震えるだろう。その絶頂の内に我が存在を表し、希望を喰らい、さらなる絶望を与えよう。ああ、そして、人ならば今まで絶望を乗り越えてきた人ならば、必ずさらなる英雄を生み出し、我を倒してくれる。


 愛のために奇跡を起こし我を倒してくれ。

 我を憎みつばを吐きかけ我を殺してくれ。

 何度でも繰り返そう、何度でも憎んでくれ、何度でも愛し合おう。

 今から人間たちと私の望みが叶う。 



 その異様だが純粋とも呼べる欲望を受け、魔王の存在に気付いたかのように、世界樹の苗が明滅する。


 ほんの一瞬の遅れのあとその苗の反応により、全精霊が魔王に気付た。

 ──精霊が襲いかかってくるが、もう遅い。

 魔王はあらかじめ、ひどく脆く一回のみしか使えないが飛び跳ねることができる器官を作っておいた。

 更に激しく世界樹の苗が明滅するが構わず、くらいつい──。



「ぷぎゅる」



「うぇ、なんかふんだ。ってここどこだ?公園?」


「飲みます?」


「うわ、なんか周りバチバチ言ってる」


「じゃあこれ全部あげますよ?どうぞどうぞ」


「身もふたもないなぁ、じゃあ俺この番号選ぶやつ買ってるんでこれ当ててくださいよ」


その靴の裏ではこの狭間の世界にすらスキルによって隠され、漂ってきた魔王の魂は、この場所が強大な力が存在しない安全な所と判断したのか、魔王が男の靴に貼りついたまま、肉体に宿り、復活しようとする。


 そして、そのまま喧騒のある場所へと移り──

 復活し本能で魔王が逃げようとする、その瞬間、異変に気づく、自らの魂に宿る膨大なエネルギーが拒絶反応を起こし暴走爆発しようとしていることに、それでも魔王は冷静だった。

 自分のスキルの発動を早め、そのエネルギーをここの環境に合わせ進化させようとした。

 スキルにより進化し適応しようとした、──が、魂のエネルギーまではスキルを使っても進化はできなかった。


 このままでは魔王のエネルギーで日本は丸ごと吹き飛び、その余波で地球には巨大な隕石が降ってきたかのような災害を起こすだろう。


 だが、魔王の異様で純粋たる心は、この最大の危機において奇跡を起こす。

 スキルが進化したのだ。


『スキル:真化』


 肉体強度、思考などを落とすことなく、ありとあらゆるものに進化、退化を繰り返すことができるスキル。

 その力は魂をも進化させ、ある意味神をも超えた力である。

 肉体、魂同時に進化させることはできない。十秒に一回使用可能。


 

 そうして、魔王は速やかに地球の環境へと、対応するように魂の進化をとげ、異世界のエネルギーも地球に存在する経験値という力に変えた。

 魂の変革という向こうの世界で起こすはずの、本来の目的をも成し遂げたのだ。

 今このとき地球にとって最強最悪そして最高の存在が生まれた瞬間だった。


 そしてこの世界でも魔王は同じように行動を起こすだろう。まばゆいばかりの可能性を信じ、自分を乗り越える英雄が現れることを疑いもせずに。


 だが地球は、長年魔王の驚異にさらされていたラルスヘダーとは違い、奇跡による運命力が低い。

 奇跡が起きて、絶望の淵から希望が生まれる可能性が非常に低いのだ。

そう、今、地球の全生命体に取って絶対的滅亡の運命が訪れたのだ。





「ぷぎゅる」


「うぇ、またかよ」


 だが地面に再び潰されこすりつけられた。


 そして真化後、十秒も立たないうちに、数千年にも及ぶ時を生きた肉体はチリと化し、スキルによって強固な存在になったその魂とエネルギーは世界に拡散することも出来ず、完全なる魔王退治を成し遂げた男に、ただの経験値として吸収されていった。

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