第三話 三人で酒盛り

 俺は仁王という後輩の言葉に失礼ながら吹き出してしまった。

 確かに友人には、狭いドア枠を抑えながらをくぐるポーズと、窮屈なのかしかめっ面の表情が、仁王像にちょっと似ていると思ってしまったからだ。それと名前もかすっているところも笑いどころだな。


「仁王だってよ、久仁雄くにおくん。かっこいいじゃないか」


 俺がからかい混じりに目の前の青年、赤羽久仁雄あかばくにおくんに声をかけると久仁雄くんは、恥ずかしそうに頭をかいて恐ろしく低い声で答えた。


「もう、からわかないでくださいよ。それよりも買い物ありがとうございます。本当は僕が行かないといけないのに……」

「久仁雄くん、何故か夜に酒持って歩いているだけで、怖がられるからねぇ」

「ほんとすみません」


 その240cmの体をできるだけ小さくして誤りながら、久仁雄くんが俺の持つ買い物袋を持たせてるのが悪いとばかりに、俺の手から持っていく。


「ほら、浅沼後輩も俺の友達に変なあだ名つけてないで、挨拶くらいしろ。久仁雄くんこいつがさっきチャットした後輩の浅沼静香だ。いきなりでごめんな」

「あ、ど、どうも、赤羽です。芦刈さんにはお世話になってます」


 ちなみに芦刈とは俺の名前だ。芦刈 史康あしかりふみやす30歳、どこにでもいるおっさんが俺だな。


 それにしても外面は良いはずの浅沼後輩が、固まったまま動かないな。久仁雄くんよく最初は怖がられまくるって言ってたもんな。俺にはよくわからなかったけど。


「おい、浅沼いい加減失礼だぞ。ちゃんと挨拶はして、仁王って言ったのも謝る」

「あ、ふみさん。良いんですよ。仁王ってのは……」


 久仁雄くんが、いつもの呼び方に戻って俺に何か言おうとしたが、浅沼後輩の声に遮られた。


「何を言ってるんですか先輩! 赤羽久仁雄21歳、通称【仁王】!! 日本トップクラスのソロダンジョン探索者ですよ!! その巨体と均整の取れた体から繰り出される拳で戦う姿は、まさしく金剛力士そのものだ。と言うことでついた二つ名ですよ!!」

「なにそれ知らない。そんなことより近所迷惑だから静かにしろよ」


 久仁雄くんがダンジョン探索者だというのはもちろん知っていたけどね。そっかー有名だったのか。


 俺ダンジョン行ったこともないからなぁ。

 久仁雄くんにも少しはレベルくらい上げといたほうが、便利ですよって言われてたけど、なんかこう行く気がしなかったというか、行くべきじゃないと思っていたというか。不思議だ。


「そんなことよりって、なんで知らないんですか! 富士樹海ダンジョン踏破者にして、富士山ダンジョン発見者なんですよ! それにユツベ登録者250万人、顔や姿は雑誌やTV等で知られているのに、顔出しは恥ずかしいからNGという見た目とのギャップで人気なんですよ!」

「あの、浅沼後輩? 久仁雄くん好きなのはわかったから、それくらいにしてくれない? 近所迷惑だって言ってるし、何より久仁雄くんが恥ずか死しそうなくらい、顔真っ赤になってるから」


 ユツベで成功しているのは知っていたけどそんなに登録者いるなんて知らなかった。


 たまに「日常的なものを求められてるので、飲み動画とらせてください」とお願いされて、一緒に久仁雄くんの家で配信やってたから知ってはいたけど、顔出しはないにしても、自分が出てたり、友達が配信してるの見るのなんか照れるから動画は見たことはない。

 

 そして、俺の言葉に浅沼後輩がハッとしたように久仁雄くんに顔を向けた。


「えっ……ひっ大魔神!!!」

「流石に失礼がすぎる!」


 パンと浅沼後輩の頭を軽く叩いて、腕を掴んで、逆の手で久仁雄くんを押しながら心の中でご近所さんに謝りつつ、家に入った。


◇◇◇◇


「ごめんなさい!」


 俺の家に入ってようやく落ち着いた浅沼後輩は、深々と頭を下げて俺と久仁雄くんに謝っていた。


「まったく、お前がこんな取り乱すの初めて見たぞ」

「あのですね、ダンジョン探索者として前から憧れててですね。ファンなんです」

「憧れてんのに、怖がってどうするんだよ」

「だって、お顔が……ごめんなさい」


 お顔がのところで俺が渋い顔をしたから、また謝っていた。

 大体、久仁雄くんのどこが怖いんだよ。気の良い青年だぞ?


「い、いや、ぼ、僕は別に……あの、慣れてますから。体大きくなって最初から怖がらなかったの、ふみさんくらいですから」

「んーまあ、久仁雄くんが良いって言うなら良いか!こいつも反省したみたいだしな。それじゃゴタゴタあったけど、本題と行くか!」

「えっ?本題?」


 浅沼後輩が不思議そうな顔をしている。

 ──こいつ俺に祝えと言って押しかけたの忘れてやがるな。


「お前がレベルアップ? を祝えって、言ってただろうが、いい酒のつまみになると思って了承したんだぞ。久仁雄くんもダンジョン探索者だったから話が合うと思ってたんだが、まさか久仁雄くんが有名人とはな」


 あと、久仁雄くん女性が苦手だから、こいつならカラッとしてるから慣れさせるのに丁度いいと思っていたんだけど、まさかファンだとはな、今からでも帰らせるか? いや、こいつなら大丈夫だろう。


「ふみさん、ダンジョンに興味なさそうだったし、僕から言い出すのも自慢みたいになっちゃいますし」

「まあ、情報を入れてなかった俺が悪いな!」


 俺はそもそも久仁雄くんはすごいやつだと思っていたから、驚きはあっても意外ではなかった。

 それからちゃぶ台を囲んで向かい側に座っている浅沼後輩に向き直す。 


「それで浅沼後輩はレベル上がったっていくつになったんだ?」

「もう先輩、レベルを聞くのはマナー違反ですよ」

「あ、そうなのか。そりゃ、すまんかった」

「30になりました!」

「教えるのかい!」


 浅沼後輩がダブルピースを作りながら腕を突き出してきた。それじゃレベル22か40だろ。


「でも30ってのがどのくらいすごいのか、わからんな。どうだい? 解説の久仁雄くん」

「あはは、えっとですね。浅沼さんは休日探索者ですよね? いつから潜ってます?」

「ちゃんと潜るようになったのは去年からですね、高校の時に10まで上げてもらってそのままでした。親から仕事しながらなら、探索者になるのも許可すると言われてですね。それまで潜れなかったんです」


 探索者一本というのも安定しないみたいだから、浅沼後輩みたく仕事をしながらとか、久仁雄くんみたいに動画配信の収益を稼ぎならとかやったりするみたいだな。

 久仁雄くんは所属する事務所からやってくれと言われたと言ってただけど。


「だったら、だいぶ早いほうですね。もう中級者くらいですよ。才能ある人はレベルアップも早いんです」

「へー、やっぱりゲームみたいに魔物倒したらレベル上がるのか?」

「基本はそうだとは言われてますが、正確なことはわかっていません」


 ん?魔物倒したらファンファーレなってレベル上がるじゃないのか

 そう思ってそのことを聞いてみたら。


「レベルアップするのは一度睡眠をとったときなんです。でも、魔物を倒さなくても、ダンジョンに潜っただけで上がったぞっていう人がいたり、最初からレベル上がってたりで、何が本当かはわかりません」

「寝たときならレベルアップわからなくない?」

「いえ、夢うつつですが、レベルアップ処理が行われるのがわかるんですよ」

「なるほど、でもさ上がりたい願望でそんな夢、見ちゃわない?」

「ぶっちゃけ見ちゃいますね。だから、詳しくはダンジョンギルドにある魔道具で調べるんです」

「そういえば浅沼後輩、今日レベル上がったって言ってたよな。どっかで寝たってこと?」


 これは久仁雄くんではなくて浅沼後輩に向かって言った。


「そうですよ。ダンジョンの近くにはダンジョンギルドがあって、レベルが上ったか気になる人用に、仮眠ができるようになってるんですよ。私も感覚的にそろそろだと思っていたので仮眠をとったわけです」

「なるほどなー」


 あ、ちなみに酒は話しながら各自に適当に飲んでるぞ。

 手の届くところに冷蔵庫、製氷機、ポット、つまみ温め用のIHヒーター、エアフライヤー完備だ。


「久仁雄くんのレベルは聞いて良いものなのか?」

「先輩、だめですよ。私達くらいならマナー違反ですみますが、トップランカーの情報は貴重で機密なんですから」

「あ、いえ。良いですよ。ふみさんとその知り合いの方なら、でも内緒にしていてくださいね」


 「赤羽さんの先輩に対する信頼度がすごい!」と、浅沼後輩がからかってくるが、これはスルーしておく。


「えっとですね、これくらいです」


 久仁雄くんが照れくさそうに左手の指を5本広げて、そこに右手を1本だけ添えた。

 ふむ、6か。


「えっと60くらいってことか? すごいな浅沼後輩の倍もあるのか」

「違いますよ。先輩。60は中級者を抜けるくらい。上級者が100まで、赤羽さんは最上級者なので、つまり導き出された答えは160くらいってことですね!」


 浅沼後輩が何故かドヤ顔をして言い切り、缶ビールをぐいっと傾けた。


「あ、いえ。ちがくてですね。えっと……600です」


 そして、久仁雄くんの言葉で「ブフゥ!!」とビールを吹き出した。──俺に向かって。


「ろ、ろ、ろっぴゃくぅ! えー、レベルってそんなに上がるもんなんですか!?」

「おい、その前に俺に謝れ」

「あぁ、タオルタオル。──はい、ふみさん」


 気を利かせて久仁雄くんが少し濡らしたタオルを渡してくれたので、ありがとうとお礼を言って受け取った。


「すみません。しかし、トップとこんなに離れているとは、こんなこと初心者が知ったら、下手すると心折れますよ」

「トップクラスのみなさんがレベル公表しないのは、それが一つの要因ですね。僕が言うのもなんですが高すぎる目標は、目標にならないからと公表しないように言われてるんです。まあ、詳しく調べればわかるみたいなんですが、政府も色々フェイクを入れてるみたいですよ」

「ちなみに私も心折れそうですよ」

「? ふみさんの知り合いなら大丈夫なんじゃないですか?」

「……だから、なんなんですか。先輩に対するその信頼」


 浅沼後輩の最後の言葉は、モゴモゴ言っていて聞き取れなかった。


◇◇◇◇


 うーむ、良い感じにみんな酔いが回ってきたな。もちろん俺も含めてな。

 久仁雄くんも酒の力を借りてるけど、浅沼後輩に慣れてきたみたいだし。


「だから僕はいつも言ってるんですよ。浅沼さん! ふみさんもレベルは上げておいたほうが良いって! 事故にあったときや病気にかかったときレベル上がってたらぜんぜん違うって! でも、ふみさんそのうちそのうちとか言って全然行かないんですから」

「そうですよ先輩。今時珍しいですよ。レベル上げたことないって人、高校の時にだってレベル上げあるじゃないですか」

「ああ、夏合宿みたいなやつね。自由参加だから行かなかったわ」


 高校の体力測定とかなら、レベル係数かけて測るから平等だしね。

 競技になると勝てないけどな! ちなみに頭は良くならないらしい。


「いきましょうよ、ふみさん。何なら僕がパワーレベリングしますので」

「パワレベとかいいのか? ネトゲでは嫌われるだろ?」

「いえ、むしろ推奨されてますよ。なにせ死ににくくなりますからね。まあ初心者レベルで止めないといけませんが」


 そりゃそうか、ゲームじゃないんだから安全マージンは大切だよな。

 ただ、それ以上になりたいなら自分で危機管理をしろということか。

 そんな事を考えていたら浅沼後輩が声を上げた。


「贅沢!!」

「なにがだよ」

「トップランカーにパワレベしてもらえるなんて、大金積んでも難しいんですよ!」

「と、言われてもなぁ、俺にしたら、トップランカーと友達になったわけじゃなくて、友達がたまたまトップランカーだったわけだろ? 久仁雄くんは久仁雄くんだから何も変わらんぞ」

「そうですよ。ふみさんには色々お世話になってるんだから、これくらい当たり前ですよ。僕にまかせてください」


 あれ? ダンジョン行くの決定みたくなってる? 別にどうでもいいんだけどなぁレベル上げは。


「あーでもなぁ、折角の休み。つぶしたくないなぁ」

「なにいってるんですか。うちの会社目が潰れるくらいホワイトなんだから休みは毎週あるでしょう。給料も安いですけど」

「給料はなぁ……あ、思い出した」

「いきなりなんです? 先輩」

 

 金のこと話してたら急に思い出した。

 買い物行く時に変な夢で、宝くじを当ててくれるいうの見たんだっけ、酒のつまみに久仁雄くんに話して一緒に笑おうと思ってたんだった。

 浅沼後輩が引っ掻き回してくれたおかげですっかり忘れてた。


「まったく、お前のせいだぞ」

「何かわからないことを私のせいにされた!」


 そういや、久仁雄くんレベル事件で混乱して、お祝いも言ってなかったな。

 確か良い日本酒が仕舞ってあったな。グラスも3つ用意してっと。


「ほい、レベル30おめでとう。乾杯」

「雑っ!雑ですよ先輩。もっと愛情込めてください」

「愛情なら日本酒にこもってる。杜氏さんの愛情だけどな」

「先輩は女心ってやつをですね……うっま!なにこれ、うっま!」

「だろ? さんきゅーな久仁雄くん」


 この酒は配信のお礼とかで久仁雄くんからもらったものだったりする。今日、3人で開けてしまおう。


「いいえ、ふみさん、お金は受け取ってくれませんから、このくらいは」

「金ってものは自分で稼ぐのが良いんだよ。それか宝くじのあぶく銭な!」


 俺は番号当てるタイプの宝くじをネット購入してるわけだけど、いつかポンと大金が振り込まれることを夢見ている。


「で? 先輩、お前のせいって何がです?」


 ん?ああ、夢の話か。

 いかんな、酔っているせいか支離滅裂になってきているな。


「ああ、スーパーに行く前だけど、立ったまま寝ていたらしくてな。その時変な夢見たんだよ。それを笑い話にしようとしてたらお前が現れたから、忘れそうになってたということだ」

「私のせいって言ったら、私のせいですけどそれで責められるのはさすがに……まあ、どんな話だったか聞きますよ。先輩のことだからくだらないでしょうけど」

「言ったな?覚悟しろよ」


 そして、俺が夢で見たことを話し始めた。

 最初に異世界転生と言ったところで久仁雄くんの目が輝いたけれど、ぶっちゃけ起承転結などなく起結くらいの話だったので、輝いていた目はすっかり元に戻っていった。


「本当にくだらなかった!!!」

「だろ?」

「だろじゃないですよ。女の人と出会って酒渡して、苗木くんと出会って酒渡して、また女の人であって酒渡しただけじゃないですか!」

「ばっか、宝くじも当たるって言っただろ」

「じゃあ、まとめると、女、酒、金じゃないですか、言葉だけ聞くとさいてーの男ですよ」

「……本当だ」

「大丈夫です。ふみさんは最高の男ですよ」


 うん、よくわからないフォローありがとう久仁雄くん。


「で? 先輩? 宝くじは本当に買ってるんです?」

「ああ、毎週買ってるからな。ほれスマホ見てみろ」

「本当ですね。えっと03と08と……」

「あ、お前買う気だな! くだらないとか言っていたのに。俺の取り分が減るだろ!」

「大丈夫ですよ。キャリーオーバー3人分ありますんで減りませんよ」

「じゃあ、いいか! 久仁雄くんも買おうぜ!」

「はい!」


 まあ、こういうのは酒の場のノリだからな、数百円で遊べるんだから安いもんだ。


◇◇◇◇


「おーし、今日はお開きだぞー。浅沼、タクシー呼んだから乗って帰れ」

「ありがとうございます。赤羽さんはどうするんですか?」

「ああ、久仁雄くんは泊まらせるよ。こんな夜に一人でなんて危ないからな」

「……私はあぶなくないんですか?」

「ばっか、久仁雄くんを一人で帰らせた時、何度通報されたと思ってんだ」

「ああ、そういう意味ですか」

「ほんとすみません」


 久仁雄くんが謝るけど久仁雄くんは悪くない。通報したほうが悪いのだ。


 すぐにタクシーも来て浅沼後輩も帰っていったから、久仁雄くんはごろ寝で俺はベットで眠る。

 残念ながら久仁雄くんの身長と体重を支えれるベットはこの家にはない。


 そして横になると酒の力もあり、すぐに睡魔が襲ってきた。











『レベルアップ処理を行います』

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