第八話 新生活への一歩
「全く、赤羽さんが止めてくれなければ、乙女の唇が先輩に奪われるところでした」
「奪われそうだったのは俺だけどな!」
あの後ギリギリまで迫った浅沼後輩を止めてくれたのは、騒ぎに気づいた久仁雄くんだった。
そして、正気に返った浅沼後輩が自分のしたことに焦って、照れ隠しかビンタしてきた。──俺はすいっと避けた。
「暴力系は流行らないからだめだぞ」と忠告してやったにも関わらず、ムキになって連打してきた。──俺はすすいっと全部避けた。
浅沼後輩の攻撃を回避してドヤ顔を披露していた俺は、今、正座中だった。
「久仁雄くん、足しびれてきちゃった」
「だめです、反省してください」
飴一個食わせただけなのに……、きっかけとなった五十嵐さんは元の場所に戻ってまたちびちびとやっている。
あの人、浅沼後輩に止め刺そうとしたんだぜ?
ちらりと五十嵐さんを見た後に、久仁雄くんを見たけど。
「五十嵐さんは……まあ、仕方ないです」
「うむ、仕方ないな」
あの人に悪気などまったくない、同士を求めてるだけだと理解している。
この前も「スタッフから昆虫スナックが流行りと聞きました。なかなか美味でしたので差し入れです」と、完全な善意からによる行動だったが、それ故に事務所のみんなを恐怖のどん底に陥れていたと久仁雄くんから聞いた。
スタッフはネットのネタで見たことを、冗談交じりで話していたらしいのだが、五十嵐さんは真に受けたらしい。
ある意味アンタッチャブルな人だ。
あ、昆虫スナックは普通にうまかったぞ。
なんかこういうのは巡り巡って、結局、全部俺んとこに来るから珍しいもの試せて、いつも助かってる。
「それでは私はこれで失礼します──また何かあれば遠慮無く、連絡をください」
それから、少し時間をかけて酒を飲んだ五十嵐さんが、ペコリと頭を下げて出ていった。
居ても良いんじゃないかとも思ったが、俺と久仁雄くんだけなら良いけど、浅沼後輩のこともあるし、素直に見送った。
「それで、五十嵐さんが持ってきたこれですけど」
「あ、さっきのプリントね」
そう言って立って、プリントを取ろうとしたけど、久仁雄くんに止められる。
「あ、そのままで。僕がプリント渡しますので」
「……はい」
「ざまあないですね。ほら先輩が好きな日本酒の一升瓶ですよ」
「うぅ、愛の重さが足に来る」
浅沼後輩に一升瓶を抱かされる。
同時に久仁雄くんからプリントも渡されたので、一升瓶を正座した太ももに乗せて落ちないようにするのが大変だった。
「それで赤羽さん、そのプリントなんです?」
「とりあえず、この間ふみさんと話していた、阿蘇カルデラダンジョンの詳細と、その付近の住宅ですね。その他にも九州にはいくつかダンジョンもありますが、九州に行くなら中央の熊本が他の場所への交通手段もありますので良いかと思います」
ああ、この前話に出た所か。
さっき九州にするって言った時に、すぐ五十嵐さんに連絡送ったからプリント持ってきてくれたんだろうな。
名物なんだっけ?馬肉、赤牛あたりか、水も美味しいと聞いたな、酒も期待できそうだ。あと温泉か。
よしテンション上がってきた。とりあえず引き継ぎ終わって、会社辞めたらとりあえず行ってみるか。
「え? もう会社辞めて引っ越すのは決定してるんですか? 私の可愛いお願いはなかったことに?」
「自分で可愛いってお前……だって、もう働く意味ないだろ? 俺みたいな一般市民は、結局、金のために働いてたんだから。あ、忠告しとくけど、宝くじ当たったこと誰にも言うなよ。変な親戚とか増えるぞ?」
多分、ネット購入だから誰にも喋らなければ、ばれないだろう。
豪遊するとか、高級品買い漁るとかしないならな。
「分かってますよ。だからこうやってこっそりと話してるんじゃないですか」
「一応だよ、一応。久仁雄くんはどうする? 動画のネタになるんじゃないのか?」
動画配信者なら何でもネタにするイメージだからちょっと聞いてみた。
「うーん、難しいんですよね。動画企画としても、宝くじ買ったことを前もって言ってないですし。いきなり当たったと言われても、嫉妬しか産まない気もします」
「久仁雄くんのイメージにもあってないからなぁ」
「──赤羽さんは先輩、引っ越すの止めないんですね」
引越しのことは流して次の話題に移ってる俺達を見て、浅沼後輩が久仁雄くんに話を戻して聞いてきいた。
「そうですね。ふみさんがどこへ行こうと良いと思いますよ?」
「意外と淡白な反応なんですね、寂しくないんですか?」
「寂しいも何も、ふみさんが行くなら僕も行きますんで」
だろうね、前からそんな話もしてたし、持ってきた住宅情報が、多分俺用の一般的な人が住むものと、久仁雄くん用の高級住宅が会って、ダンジョン情報もコアな情報っぽいのがあるから。
でも、新婚さん用ぽいのもあるのはなんでだろう。
「え? ついていくってまさかお二人はそんな関係だったんですか?」
「ええ、そうですよ。僕とふみさんは──」
「あああああ! それ以上は言わなくてもいいですよ!」
何故か、浅沼後輩がいきなり叫んで話を止めた後、俺膝の上にある日本酒の瓶を奪って飲み始めた。
──俺と久仁雄くんは、年の差はあれどもいわゆる親友ってやつだ。
久仁雄くんは、配信はどこでもできるし、ダンジョンの場所にこだわりはないから、もし俺が転勤とかで移動しても、その近くのダンジョン潜りますから、ついていきますよと、前に久仁雄くんが酒の場で話していた。
他のやつは、男同士で距離感おかしいって思うかもしれないけど、久仁雄くんは家族とごたごたあって疎遠だったり、俺はもうすでに天涯孤独の身だ。
──口に出して言うのは、照れくさいことなんだけど、久仁雄くんは親友であり、家族だとも思ってるからな。
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