第五話 浅沼後輩の動揺
いつものように、軽めの残業だけで今週の仕事も終わり、さて今週の休みは何を飲むかと考えていたところ、浅沼後輩からチャットが来た。
同じフロアにいるのになんでSNSで送ってるのかと思ったら、秘密裏に話したいことがあると来ていた。
すわ告白か! と一瞬思ったが、久仁雄くんも一緒にとのことだったのでまあ違うだろうな。知ってた。
久仁雄くんに聞いてみると大丈夫だと返ってきた。ついでに秘密裏に話せる場所とか知ってる?と聞くと、自分の家に来てくださいとのことだったので、ありがたく提供してもらった。
確かに久仁雄くんの家ならセキュリティもバッチリだし、なんか魔道具があるらしく秘密の話もできるらしい。
今日明日なら、何時でも良いとのことなのでいつが良いかと、浅沼後輩に送ると、早いほうが良いので今日と返ってきた。
◇◇◇◇
久仁雄くんから迎えをよこすと連絡を受け、待合せである最寄り駅で待っていると、後ろから浅沼後輩に小さな声で声をかけられた。
「先輩、なに無防備に待ってるんですか、ちゃんと隠れなきゃ」
浅沼後輩はキョロキョロと不安気に周りを見渡してる。
「隠れるってお前……いつも変なやつだとは思っていたけど、今日は特に変だぞ」
「いつもって先輩、私のことそんなふうに思ってたんですか!?」
「あ、こら。大きな声を出すんじゃあない」
はっとしたようにまたキョロキョロと周りを見渡して、誰もこちらに注視していないことを確認したらホッとしていた。
「お前いったいどうしたんだよ?」
「先輩こそよく平然と──」
浅沼後輩がまた何か言おうとしたけれど、迎えが来たことに気づいた。
「浅沼、迎えが来たみたいだぞ」
「えっ? あれは……」
俺が指差す方向には俺達より少し離れた場所に大型トラックが停まろうとしており、俺は戸惑う浅沼後輩を気にせず、そのトラックに近寄った。
トラックには運転席の近くに普通の扉と真ん中側に大きな扉がついていおり、窓は少なく、その窓も外から中が見えないように加工されている。
俺たちが近くまで来ると自動で運転席横の扉が開き、運転手の女性が運転席に座ったまま、俺たちに向かって頭を下げていた。
「おまたせして申し訳ありません、芦刈様」
「こちらこそすみません、五十嵐さん迎えに来てもらってしまって」
俺が頭を下げている女性
「いえ、久仁雄さんのお願いですから、こちらも喜んでさせてもらっています。そちらの女性が?」
「ええ、浅沼です。浅沼お前も挨拶しろ、こちらは五十嵐 桃子さん。久仁雄くんのマネージャーみたいことをしている、でいいんだっけ?」
「はい、そのような感じでも大丈夫です。どうも五十嵐です。もっと簡単に赤羽の雑用係と思っていただいても、よろしいかと思います」
「は、はい。よろしくおねがいします。浅沼 静香です。今日は無理言ったみたいですみません」
「いいえ、中で赤羽も待っています。どうぞ運転席側からお上がりください」
このトラックは改造してあって、運転席の後ろにも席が二席分あるが更にその後ろには、仕切りがあって車内と運転席で仕切られているので、この会話も五十嵐さんがスピーカーを繋げていないかぎり車内には聞こえてないはずだ。
二人で運転席側から入り、自動で出入り口の扉が閉まるとこれまた自動で車内の仕切りの扉が開いた。
「わあ、動画では見たことありますが、実際はもっとすごいですね」
浅沼後輩が感嘆の声を上げる。動画配信者らしくこの車も紹介したことがあるから知っていたみたいだ。ちなみに俺もその時かは、わからないが配信時ここで飲んだこともある。
トラックの中は豪華なキャンピングカー仕様で作られている。その奥に久仁雄くん用に座席が広く取られており、そこにはいつものように恐縮そうに久仁雄くんが座っており、俺たちを迎えてくれる。
「ごめんな、久仁雄くん迎えまで寄越してくれて」
「すみません。僕も帰りだったので、こんな目立つもので来てしまいまして」
とはいっても、久仁雄くんは体がでかすぎて通常の車じゃ入らない、最低でもバンの座席を取り去ったものや、バスじゃないと窮屈でしょうがないと、しかたないから思いきって、こいつを特注で作ってもらったと言っていた。
流石に値段は聞いていないが高いんだろうな。
「いやいや、ありがとう」
それから動き出すトラックも気にせずに、俺は勝手知ったるなんとかとばかり、ゴソゴソと設置してある冷蔵庫からビールを漁って、取り出し久仁雄くんにも渡し乾杯をしてから一口あおる。
「ちょ、ちょっと先輩なにをしてるんですか!」
「おっと、浅沼後輩お前もいるか?」
俺はビールをもう一本取り出そうとしたが浅沼後輩に止められた。
「ち、ちがいますよ。なにを勝手に人の冷蔵庫を漁ってるんですか」
「ああ、そういうことか。大丈夫大丈夫、いつものことだから」
「いつものことって人のビールを飲んだらだめですよ」
「いえ、良いのですよ、浅沼様。その冷蔵庫の中身の半分は、芦刈様の私物なので」
「う、うわぁあ、いつの間に! というか運転は!!」
音も立てず浅沼後輩の後ろに五十嵐さんが立っていて、図らずとも浅沼後輩の耳元で囁くように声をかける形となっていて、立っていたことに気づきもしなかった浅沼後輩は飛び上がらんばかりに驚いていた。
「最高レベルの自動運転が入っております。運転席にも座らずとも良いと言うレベルのものです」
最初、運転席に座っていたのは俺たちを見つけるためと迎え入れるためだ。
あとは目的地の設定さえ終わればいつもと同じように、こちら側に来ることを俺は知っていたので驚きはしなかった。
「五十嵐さんはノンアルコールになるけど何か飲む?」
「えぇ、いただきます」
さすがに自動運転とはいえ一人は運転できるものを確保していないと違反になるのでノンアルコールだ。
浅沼後輩のことは知らないけど、久仁雄くんと俺は、飲んでなくてもこのデカさのトラックを運転する免許は持ってないから、悪いと思うが毎回飲ませてもらっている。
冷蔵庫から取り出したジュースを五十嵐さんに渡す。
渡したジュースはルー○ビアで、五十嵐さんはその愛好家だ。
俺も嫌いではないが、カロリーのある飲み物は酒以外、ほとんど飲まないから、この中に入ってるルー○ビアは、ほぼ五十嵐さん専用になっている。
久仁雄くんが最初は匂いを嗅いで、これ湿布の匂いがするんですけど、とか言って飲むのをやめていたな。
「はい、五十嵐さんどうぞ」
「ありがとうございます。浅沼様もいかがですか?」
「え? なにこれ? 見たことないですけど」
「ルー○ビアだよ、知らないか? ド○ペとおなじカテゴリーと思ってくれればいいぞ」
「ド○ペもそこまで得意じゃないんですけど……でもせっかくだから、もらいます」
「あっ」と久仁雄くんが声をかけようとしたけど、俺が目線で静止する。なんでも試してみるもんだぜ、久仁雄くん。
浅沼後輩がプルタブを開けて、匂いも嗅がずにぐいっと煽る。おお!結構一気にいったな。
そして、口に入れた瞬間、目を白黒させてあたりを見回し始めた。
だから俺はそっとルー○ビアの缶を受け取り、キャンピングカーに備え付けで普段は隠れている流しを開けてやった。
浅沼後輩が駆け寄り、口の中のルー○ビアを出して口を濯いでようやく落ち着いたのか叫んだ。
「サ○ンパス!!!!」
ちなみに俺は半ば確信的に、五十嵐さんは同士が増えるかもと思ってやったことだった。
◇◇◇◇
「ひどい目に会いました」
「ひどい目ってただのジュースだぞ」
口直しとばかりに結局ビールを飲んでいる朝倉後輩を見て、どうやらさっきまでの変な行動も収まったみたいで、ルー○ビアを飲ませたかいがあったもんだと思う。
でも、グチグチと文句をたれ続けてるのはちょっと鬱陶しいな。
それから、少し時間がたって五十嵐さんがすっと立ち上がった。
「どうしたんです五十嵐さん? おトイレですか?」
浅沼後輩が馬鹿なことを聞いているが五十嵐さんは多分──
「いえ、もう着くようですね」
と、予想した通りのことを告げる。
そして、車内にポーンという音とともに目的地に到着しますという機械音が流れた。
機械より先に動いた五十嵐さんに浅沼後輩は驚くが、五十嵐さんは気にせずに扉を開けて運転席に戻っていった。
「はー、すごいですね。何かのスキルですか?」
「いいえ、スキルではないらしいですよ。僕にもよくわからないんですけど、察しがすごく良いというかなんというか不思議な人です」
それからトラックが止まり、しばらくして外から部屋の方の扉がノックされたあとに開く。
開かれた先は久仁雄くんが住むマンションの地下駐車場だ。
ここからゲートを潜り、エレベーターに乗って最上階まで上がれば久仁雄くんの今の自宅になる。
「では、久仁雄さん先に帰宅させていただきます」
「はい、ありがとうございました。僕の方は月曜日まではなにもないと思います」
「はいわかりました。では、お二人ともこれで失礼いたします」
五十嵐さんに合わせて俺達も頭を下げたのを見て、先にエレベーターに乗り込んで上がっていってしまったのを、相変わらずだと思う。
五十嵐さんは同じフロアに住んでいるのだけど、セキュリティがあったとしても念のためにと、先に行って不審なものや、人がいないかチェックしているのだ。
いくらそこまでしなくても大丈夫だと言っても、やめてくれないから、もう諦めましたとため息交じりに言っていた。
五十嵐さんの言い分としては、たとえ久仁雄くんのほうが遥かに強くて危険がないとしても、もし知らない人がいて、それが特に女の子だった場合に久仁雄くんが強く出れるかわからないからという理由らしい。
「行きましょうか、お二人共」
「そうだな、よろしく頼む。ほら浅沼後輩もゲートへ入れ」
三人で乗り込むと機械音が聞こえた。
『お帰りなさいませ、赤羽様、芦刈様。登録者二名、同行者一名、人数に問題がなければ、お一人ずつ所定の位置へお立ちください』
響く機械音になにがおこってるのかよくわかってない浅沼後輩を尻目に、久仁雄くんはセンサーが並ぶ場所に立つ。
『チェック……赤羽様、本人照合完了、続いてお入りくださいチェックいたします。』
『チェック……芦刈様、本人照合完了、続いて同行者一名、お入りくださいチェックいたします』
『チェック……警告、同行者一名より、許可されていない危険物反応、直ちに対象者は両手を上げ、壁に手をついてください。こちらには発砲の準備ができております』
警告音の後に浅沼後輩が警告色を示す赤い光で照らされる。
「しまった!浅沼、言われたとおりにしろ!」
「えっ!?えっ!?」
「良いから早く!」
「は、はい!!」
浅沼後輩が言われたとおり、両手を上げ壁に手をついた。
すぐに警備員が駆けつけ、浅沼後輩を取り押さえようとしたが、それは久仁雄くんが制し、大丈夫だと警備員を離れさせた。
「浅沼さんすみません、何か武器とか身につけていませんか? あっと、動かないでください」
ゲート上部にあるテイザー銃はまだ浅沼後輩を狙っている。
下手に動くと探索者でも昏倒するレベルの奴が発射される。
「あの、腰の後ろのところにマウントさせたナイフが……」
「ちょっとスーツの上着めくるぞ?」
そう言って、浅沼後輩のスーツをめくると上着で隠すように、ごついナイフが装備されていた。
「お前な、人んちにお邪魔する時にナイフ装備して来るなよ。せめてバックの中とかにしとけよ」
バックの中だったりしたら、警告の後提出だけですんだんだけどな。
ナイフを預け、この騒ぎも収まった後、ようやくエレベーターに乗り込んだ。
そこで浅沼後輩は泣き言みたいに言い訳を言った。
「だって、なにか装備していないと怖かったんです」
「久仁雄くん家は安全だって言っただろ。なに怯えてんだ」
「赤羽さんじゃなくて……後で全部言いますよぉ」
浅沼後輩はこの出来事が怖かったらしく、エレベーターに乗り込む前から、俺の腕にしがみついて離さない。
少しの間、押さえつけられるような感覚のあと、エレベーターが止まり扉が開く。
そこには五十嵐さんが無表情で立っていた。
「なにか騒ぎがあったようですので、確認だけお願いします」
久仁雄くんが事情を説明すると五十嵐さんは「わかりました」と、横に避けた。
そして久仁雄くんの家に向かって歩いていくんだけど、五十嵐さんがすっと着いてきて。
「芦刈様だけは特別ですが、その他の方が久仁雄さんに危害を加えたりいたしますと私の全力を持って、その方の全てを地獄へと落としますので、あしからず」
浅沼後輩の後ろからなにか耳打ちしていたが俺には聞こえない音量だった。
でも、それを聞いたであろう浅沼後輩は「ひいっ」と声とともに、飛び上がるように俺の背中に抱きついてきた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます