第六話 動揺の謎解明、そして動揺

「どうぞ、入ってください」


 久仁雄くんが自宅の扉を開けて浅沼後輩を招き入れ、浅沼後輩は高級マンションの作りに目を輝かせながら、入っていく。

 うんうん、最初は俺もそうだった。一生こんなところ来れないレベルのものだったからなぁ。

 今となっては慣れてしまった、この高級さに慣れて良いものかわからないけどね。


「リビングとかもすごいですね。なんかテレビの特集でみたようなやつで!」

「あはは、ここはお客さん来た時に使うようなので、五十嵐さんが清掃員とか雇って管理してくれてるんです」

「そうなんですか? じゃあ普段はどちらに?」

「あちらの奥の扉がそうですね、お話も良ければあちらでしましょう」

「あっちはすげーぞ? 浅沼後輩」


 楽しみです!と言う浅沼後輩を連れて奥の扉へ向かい、先程と同じようにどうぞと久仁雄くんが扉を開けた。

 そこに広がる部屋は──


「一緒! ほぼ先輩の家!」


 そう、天井が高いだけでほぼあのアパートが再現されていた。


「なんで、高級マンションに作っちゃったんですか!」

「あのですね、他の部屋全く落ち着かないんです。なので特注で作ってもらいまして」

「俺もすごく落ち着く、自宅みたいで」

「そりゃ、ほとんど同じですからね!先輩の家より置いてあるものが高そうになっただけですよ!」

「僕もできるならあのアパート出たくなかったんですが、仕方ないからこの部屋で我慢をですね」

「えっ!?先輩と同じところ住んでたんですか?」

「ああ、2年前まで隣同士だった。最初からここに住んでいたら、俺が久仁雄くんとどうやって出会うんだよ」


 久仁雄くんが配信者として成功し始めて、住所バレしちゃったりしてゴタゴタあったから、五十嵐さんから引っ越しをしてくれとお願いされたんだっけ? と、思い出したことを告げる。


「成功者として、それに見合った暮らしをしてくださいともいわれました。下の者の目標としてわかりやすいようにと」

「でも、たしかにそうですよ。私も憧れましたもの」

「浅沼後輩もこのくらいのマンション買えるようになると良いな」


 俺の言葉に浅沼後輩はハッとなにかに気づいたようだった。


「そうですよ! 本題!」

「ああ、そうだったな。浅沼後輩が奇行ばかりするから忘れてたわ」

「なっ! 全部先輩のせいなんですからね!」

「はぁ!? 人のせいにするとは何事だよ!」

「先輩がナイフを持ち込んだらだめなんて、言ってくれなかったですもん」

「どこの世界に人んちにお邪魔する時に、ナイフは持っていったらだめですよ、なんて注意するやつがいるか! サイコパスかよ!」


 俺と浅沼後輩がギャーギャー言い合ってたら、久仁雄くんが「まあまあ、それで本題はなんですか?」と言って止めてくれた。


「それです! 赤羽さんはわかるとしても、なんで先輩平気なんですか! 10億ですよ! じゅうおく!」

「はぁ? お前何いってんだ?」

 

 10億ってなんのことだ? 宝くじでも当たったの……え? 宝くじ? ま、まさかな、そんなことあるわけないよな。


「あの? 浅沼さん? 浅沼静香さん? もしかして?」

「そーですよ! あのときの宝くじですよ! 今日発表の! 見てなかったんですか!?」


 俺はいつかポンと大金入ってないかな? って言ってた通り、当選番号なんて見ない、番号だって同じ番号を自動購入で毎回買っているだけだし。

 バクバクの心臓とそれに合わせて震える指で、スマホで確認すると1等当選という文字と10億という金額が表示されていた。

 即座にスマホの画面を消し、目頭を揉む。


「久仁雄くん、俺は夢を見ているのかな?」

「いえ、ふみさん。僕も今確認しました。1等、当たってますね」

「ど、ど、どうしよう? 10億? マジで? これ明日死んだりしない?」


 あぁぁぁと叫びながら畳をゴロゴロ転がって、動揺を抑えようとしてもだめだった。

 ただの奇行を行う人になっている。


「お、落ち着いてください。ふみさん、大丈夫です死んだりなんてしませんよ。浅沼さんもとめてください」

「あー先輩の奇行見てると、なんか落ち着いてきました」

「浅沼さんがではなくてですね! あ、そうだ、ふみさん。ビールですよー」


 久仁雄くんに手渡された、キンキンに冷えた缶ビールを一気に全部あおった。


「……ふぅ、すまない久仁雄くんもう一杯」

「はい、どうぞ」


 もう一口飲んで、息を大きく吐くとなんとか落ち着いてきた。


「やっぱり酒だな、手の震えも収まってきた」

「それ完全にアル中の台詞ですよ、先輩」


 しかし、10億だと? まさか本当に当たる日が来るなんて夢にも思わなかった。いや、夢はよく見たな。


「でも、ふみさん。この10億返さなくて良いんですか?」

「ん? どういうこと?」

「だってこれ、ふみさんが買った番号ですよね? 僕たちはそれに便乗したと言うか」


 はっと、気づいたように浅沼後輩が俺の方を見てきた。


「いやいや、んなわけないよ。たとえ便乗したと言っても、俺はいつも1つしか買ってないわけだし、当選金も変わってない。だったらそれは2人のものだろ」


 だいたい10億でもどうして良いかわからんのに、これ以上増えてどうする。


「さすが先輩! そういう所、好きですよ」

「その台詞、浅沼後輩の目の中がドルマークになってなかったら、俺も素直に喜べたんだけどな」

「ひどい! なってませんよ!」


 それよりもこれかどうするかだけど、……よし!


「やっぱり九州だな!」

「え、何がです?」


 寒いのは苦手だから南の方にする!


「ふみさん、あれ本当にするつもりだったんですか?」

「ああ! 会社をやめて俺は地方に引きこもるぞ!!!」

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