第2話

「最強のメークアップアーティストがいてね。さっきキャンパスで歌ったけど、だれも気がつかなかったんだぜ」

「後輩には『得能さんに似すぎて、個性が感じられません』なんて言われたんだよな」

 三人は最後のセッティングをしながら、ゲリラライブのことを話していた。

「ロック研なら、今日も来るよ。彼らも歌ってくれることになってるんだ」

「あの子たちには、ドラキュラ伯爵の正体を話さないでくださいね。得能哲哉本人にアドバイスしたって知ったら、あまりのショックで寝込んでしまうかもしれないから」

「そんなに繊細じゃないけどな。でも高遠くんがそういうなら、黙っておくよ」

 準備も終わり、ちょうど開場時刻となった。モンスターに魔法使い、オバケなど、いろいろな仮装を施した人たちが集まった。簡単なオードブルとドリンクのバフェで楽しめるとあって、学生も大勢訪れている。

「そろそろ開演時刻だな」

 まずはロック研のメンバーによるライブ。ゲリラライブしていた二人以外にも、三人組のバンドが二つ。今日はすべて、アンプラグドだ。

 海賊の衣装を着たバンド、魔法使いとピエロによるパントマイムを交えたバンド、そしてさっきのデュオは、何かのキャラの格好でアニメソングを歌っていた。ハロウィンの仮装とコスプレを混同しているような気もしたが、それが新鮮だったようで、会場の拍手に包まれていた。

 アマチュアのライブを見ると、哲哉はいつも彼らの持つエネルギーに圧倒される。もちろん技術はプロに及ばない。でもそれ以上に、はちきれそうな情熱を感じる。彼らが純粋に音楽を楽しんでいるからだろう。

 うれしいことに今日は、自分もアマチュアのひとりになれた。

 オーバー・ザ・レインボウの看板を外すのは難しい。だが仮装のおかげで、得能哲哉の影から抜け出せる。ここにいるのはだれでもない、ロックを愛する一人の青年だ。歌うことを純粋に楽しめる。

「哲哉、次頼むよ」

 マスターに声をかけられた。いよいよだ。

 本番前の緊張感は、ステージの大きさとは関係ない。あがって失敗しないかという心配と、最高に素敵なライブを見せるという自信が交差する。

 呼吸を整えて緊張をうまくコントロールしていると、さっきの二人組がステージからおりてきた。

「今日は得能哲哉の物まねでいくよ。似てるって言われたから、たまにはその線でやってみる」

「それなら完璧です。本人が歌ってるのかって思ったくらい似てました」

 後輩の後ろで笑いを堪えているマスターに、ばらさないでよ、と目で合図をする。

 哲哉はみんなの前に立った。見なれた会場。抑えた照明の中で、ステージだけが明るく浮かぶ。手を伸ばせば観客に届きそうな距離感が、ひどく懐かしい。

「ドラキュラ伯爵は、オーバー・ザ・レインボウの物まねが得意だからね。本人が歌ってるって思うくらいそっくりだから、どぎもを抜かれないように」

 マスターが紹介してくれた。用意された椅子に座り、終わったばかりのツアーのオープニング曲から入る。どんなステージでも、全力投球を忘れない。サラッと流すような演奏はごめんだ。だからこの曲で、自分のテンションをあげる。

 冒頭部分を歌っただけで、ギャラリーから歓声が上がった。物まねのできを伺っていた人だって、一気に惹きつける。あとはこっちのもの。曲にあわせて、楽しい気分にも切ない気分にも浸ってもらう。この時間をリードするのは、自分の歌声だ。

 マスターと打ち合わせていたのは五曲。ほかにどうしても歌いたい曲がある。キャンパスでも歌った『ブルーライト・ムーンナイト』だ。切ないバラードは、メンバーの一人が自分の思いを込めて書いた。何度も何度も書き直して完成させ、学園祭で初披露した。人気のあるこの曲は、初期のライブで必ず歌っていた。

 懐かしい場所で、懐かしい曲を演奏する。そして自分自身が、まず楽しむ。

 音楽って楽しいんだよ。ロックって力強くてやさしい。とっても繊細で、気持ちのいいものなんだよ。熱い想いを、音とリズムに乗せて、全身で表現する。それが哲哉の楽しみ方だった。

 歌い終わった瞬間の、割れんばかりの歓声。それは大きなコンサートホールに勝るとも劣らない熱さで、哲哉を包んでくれた。


 閉店後のジャスティは、熱気を残したまま静かな時間を迎えていた。マスターの入れるアイスコーヒーで、体に残った熱を冷ます。いつものライブとはちがった充実感で、哲哉の興奮はなかなかおさまりそうになかった。

「今日配ったお菓子の詰め合わせ。まだ渡してなかったね」

 マスターが哲哉と悠に、ハロウィン仕様の袋詰めを渡してくれた。

「哲哉には渡さなくていいよ」

「え? おれ、ダイエットなんかしてないぜ。甘いもの大好き。ライブで体を酷使してるんだから、チョコレートやクッキー食べたって太ったりしないさ」

「いやいや、そうじゃなくて」

 悠はにやりと笑った。

「お菓子をもらえるのは、いたずらしなかった場合だけさ。忘れたかい?」

「いたずらなんかしてねーよ」

「う、そ、だ。今日はみんなに、いたずらしかけてばかりだったじゃないか。ねぇ、マスター」

「そうなのか?」

 マスターが不思議そうに哲哉を見る。覚えのないことなので、哲哉は肩をすぼめた。

「わかってないなあ。今日の哲哉は、自分の正体を明かさずに、みんなをだましてばかりだった。つまりトリックしたってことだよ」

「ああ、なるほどね」

 マスターはパンと手を叩いて納得した。

「だからおまえの分も、おれがもらっとく」

 悠は哲哉の前におかれたお菓子の袋を、さっと取り上げた。

「えー、そんなぁ」

「子供みたいな声出すなって。メイクの代金をこれで勘弁してやろうっていうんだから、ありがたく思いなさい」

「っと、今日はノーギャラなんだ。せめてお菓子くらいもらいてーよ。でなきゃ——」

 哲哉は言葉を区切り、両手を妖しくくねらせる。そしてふたりを睨んで、

「お菓子のかわりに、血を吸うぞ」

 と、歯をむき出して威嚇した。

 心底おどかすつもりの精一杯の演技だった。なのにマスターは目を点にして、動きをとめてしまった。何かを言いかけたが、返す言葉がみつからなかったようで、

「疲れた……」

 と一言のこして、テーブルにつっぷした。そして悠は目をらんらんと輝かせ、両手の拳を握りしめる。

「今の、すっげーいい。最高だ。女性客が口を揃えて『襲われてみたい』っていうだろうなぁ。ね、マスター。そう思うだろ? やっぱりおれの目に狂いはなかった。一度でいいから、おれの撮る映画に出てくれよ!」

「冗談じゃない! ホラー映画には出ない。てか、演技は素人なんだぜ。映画なんて出演できるわけないだろ」

「頼むよ。主役やってくれ。それがおれからのトリートだ。な、な。哲哉のために脚本書き下ろすよ。だから頼む、この通り!」

「かんべんしてくれよぉ」

 はっきり断らないと、悠のことだから本当に脚本を書き上げて、持ってくる。そんなトリートはこちらから願い下げだ。

 哲哉にとって、今日のトリートは、アマチュア時代の気持ちを思い出せたことだ。何にも変えられない、あのころの情熱。純粋にロックを楽しむ気持ち。迷いはなくなった。今このときも、ワクワクが抑えられない。

「まあ、しかたないか。本職はミュージシャンだし。俳優得能哲哉は見たいけど、それ以上に歌ってるところ見たいからな」

「ツアーも終わったんだ。この時期に充電して、またいい曲を作るんだよ。アルバムやライブ、楽しみにしてるからな」

 悠とマスターの励ましがうれしい。彼らの期待に答えられるように、もっといい音楽を作らなきゃいけないな。ちょっと早いけど、来年の目標だ。

 なんて思ったら、だれかの笑い声が聞こえたような気がした。

 鬼? いやいや今日はハロウィン。笑っているのはジャック・オ・ランタンか、妖精か。それともドラキュラ伯爵か。

 好きなだけ笑いなよ。いくら笑われたって、やってやるぜって気持ちは消えないんだ。熱い想いはだれにもとめられない。

「そろそろファミレスでも行くか。今日のギャラ代わりだよ」

「サンキュー。実は熱演しすぎて、腹ぺこだったんだ」

「メイク落とすのも一人じゃ大変だろ。またおれの出番だな」

「手早く頼む。もう腹ぺこすぎて死にそうだよぉ」

「そうか? おれは今もらったお菓子食ってるから、遅くなってもいいんだよ」

「兵糧攻めはやめてくれ! もうジャスティでライブやらないぞ」

「それは困る。高遠くん、早くすませて、哲哉になにか食べさせないと」

 ライブ喫茶ジャスティは、笑いに包まれた。

 ハロウィン・ナイトは、まだ終わらない。

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Trick & Trick & Treat 須賀マサキ(まー) @ryokuma00

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