愛に溢れた歴史×恋愛小説

上杉謙信の大ファンである『更科好花』は春日山城を見学している途中、謎の集団に襲われる。腹を斬られて死亡したと思った好花が目覚めると、そこは戦国時代の春日山城であり、目の前には本物の謙信がいて――。

作者さんによる上杉謙信への溢れる愛、そして謙信だけでなく、戦国時代そのものへの熱い想いを感じ取ることができる作品でした。
書き手が得意だったり好きなスタイルで、書きたい物語を思う存分描き、それが多くの読者に受け入れられて評価されているのは、素晴らしい状態だと思います。まさにWeb小説の理想形です。
ジャンルは歴史となっていますが、文体や登場人物達の会話、全体的な雰囲気はかなり現代的でライトであり、歴史が苦手だったり馴染みのない人達でも、気軽に楽しめる内容となっています。
ただ逆を言うと、本格派な歴史モノや時代小説が好きな人にはノリが軽すぎて合わないかと思いますが、かと言って時代考証がテキトーな『なんちゃって歴史モノファンタジー』という雑な作品ではありません。上杉謙信のみならず、家臣団や敵対した武将達の逸話、城や寺社仏閣、現代では国宝に指定されている文化財などなど、細部まで史実に基づいて描写されており、その説明も分かりやすく噛み砕かれています。これはある意味で、歴史モノを小難しく書くよりも至難の業だと思います。それを成し遂げているのは、お見事の一言です。

そして現在約200話というボリュームですが、1エピソードの文章量が少ないのも、作品としての読みやすさを助けています。物語の展開も非常にテンポが良く、そういう意味でもスムーズに最新話まで読み進めることができました。

ただ、テンポが良すぎるせいで必要な部分までカットされているのは、勿体ないと思いました。
謙信と出会ってすぐに結婚したり、出自も不明な好花が家臣団に即座に受け入れられたりと、展開が急すぎると感じる部分も多かったです。
こういうタイムスリップものは、主人公が現代で培った知識や技術を活用して、当時の人々からの信頼を勝ち得ていく姿も、醍醐味の一つです。しかしそれが丸々存在しないのは物足りなかったです。恋愛モノとしても、「一目惚れしたので結婚しましょう」ではドキドキ感が少ないです。
花畑を作ろうと植えたり、謙信が嫉妬したり、互いに命懸けで庇い合ったり想い合う姿は良かったので、まずはそうした交流を深めた後に結ばれた方が、『歴史要素抜きのラブロマンスとしても楽しめる』という部分は更に魅力的に強調されたと思います。
そして作品の本筋ではないでしょうが、合戦シーンにおいても『戦をしました、勝ちました』で終わってしまっては、折角の戦国時代モノである意味も減ってしまいます。葛山城攻めの辺りは激しい戦いが繰り広げられ、戦国乱世の過酷さや悲壮感が描かれていたため、あれくらいの描写は他の合戦でも欲しかったです。

とはいえ歴史が苦手な人でも楽しめる、イケメン武将との恋愛小説としては、実に読みやすく面白かったです。万人にオススメできる内容だと思います。

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