だってシンデレラサイズは、ぼくが「おとこの娘」である証だから
刈田狼藉
一話完結
仕事を済ますとカローラ・バンを駆り、
代々木の開かずの踏切で、
遮断機が開くのをひたすら待っていた。
缶コーヒーを飲んでいた。
ブラックの缶コーヒーをよく飲む。
もちろん美味くなんかない。
真っ黒な色をした、
香りなんかあんまり無いただ苦いだけ飲みもの。
飲み物として摂取する、というよりは、
読み物として摂取する、という感じだ。
うまく言えない。
コーヒーは人生の味がする。
最近それに気付いた。
オレはその苦さを、確認しているのだ。
新聞を読む感覚に近い。
実に不思議な飲み物だ。
苦い、
まずい、
思わず口元に笑みが浮いてしまう。
**
土曜日の午後三時、
五月の終わりのよく晴れた青空。
そのフロントガラスのすぐ外側を、
白い、
白い何かが通過した。
最初、
女の子なんだと思った。
しかし、
それはごく若い男だった。
オフホワイトのTシャツの袖から伸びる、
二の腕の白さが眩しい。
キメ細かな肌だ。
細い腕、
とがった小さな肩と、
薄くて華奢な上半身、
細い腰、
小さなお尻と、
少年らしい伸びやかな脚、
そして大きな靴、………
なんとなく視線がやらしくなってしまうのは、
その青年の女性的な肌の白さのせいだ。
サラッサラの前髪と、
その長い黒髪にくるまれ護られた白い横顔。
一重まぶたの細くて吊り上がった眼も、
シンプルだがしかし、妖艶で肉感的な印象だ。
肌が白かった。
二の腕の白さとその肌のキメが、
瞼の裏側に残像としてクッキリと焼き付くほどだ。
見ると背中に大きな背嚢のようなものを背負っている。
有名な某フード・デリバリーサービスのロゴ。
カローラ・バンの前を通り過ぎ、
自転車で車道を鮮やかに横切ると、
踏切前の人ごみの後ろに付き、
頭を少し乱暴に振って、
手を使わずに髪を整える。
年頃の男の子らしい仕草で、
好感が持てた。
不覚にも「かわいい」そう思った。
しかし彼は地味だった。
オフホワイトの無地のTシャツと、
白っぽく色褪せたスリムのデニムパンツ、
アクセ無し、
地味だ。
ツヤめく黒髪はしかし全く色味なく、
肌は真っ白、
アクセントとなる筈の眼も細いわけで、
やっぱり地味だ。
小柄な体格も関係しているのかも知れなかった。
顔も、上半身も、脚も、全体的に小さく、
160センチくらいか、
はじめ女の子に見えたのはそのせいだと気付く。
タバコを、
オレは前歯で咥えて引き抜きながら、
しかし火を点けること無く、
オレは踏切に佇むその自転車の少年を見る。
火を点けて煙を吸い込み、
それを吐き出せば、
思いも一緒に吐き出され、
霧散してしまう。
どうせヒマなんだ。
オレは前歯と唇とでタバコを弄びながら、
歳のせいなのか疲れなのか、
最近霞むようになった眼で、
そよ風になびくその子のふわっとした後ろあたまの、
その内側を想像してみる。
*******
変じゃないかな・・・?
夕方、
待ち合わせ。
駅前のショーウィンドウを横目に見ながら、
そこに映る自分の姿を、
ぼくはさり気なくチェックする。
ウィッグも自然だし、
ピアスも可愛いと思う。
ショートパンツにきつく包まれたお尻だって、
わりかしキュートだし、
そこからすらっと伸びる白い脚も、
エロくてセクシーだ、
と思うんだけど・・・
大きめの淡いピンクのブラウスを、
シャツジャケットっぽく羽織り、
でもその下は肩紐キャミソールで、
ブラウスを脱げば、
ブラの肩紐も一緒に見えちゃうことになる。
もちろんワザと。
カップはAAAのシンデレラ・サイズだけど、
小さくてヤダなって思ったことは無い。
だってシンデレラ・サイズは、
ぼくが、
男の子である証だから。
女の子みたいに愛されたい。
だけど、
男の子であるぼくを愛して欲しい。
**
彼と一緒に、
コーヒースタンドに入る。
「甘いのにすれば?」
そう言ってくれたけど、
彼に合わせてぼくもブラックのコーヒーを頼む。
「だから言ったのに、………」
あまりの苦さに咳き込んでしまうぼくに、
彼は呆れ顔にそう言って笑う。
しかし彼の笑みに細められた眼は、
———君のことが愛しくてたまらない、
ぼくにそう告げている。
本当に苦かったのだ。
本当にびっくりした。
でもそれは、
そのブラックのコーヒーは、
飲み慣れている筈の、いつものそれだった。
なのに・・・
ぼくは普段、
甘い飲み物は口にしない。
甘い飲み物に口にするのは、
女の子、
でいる時だけだ。
**
彼は、
スーツが似合う三十代初めの男性で、
奥さんと、
まだ小さな子供がいる。
そんな、
仕事も忙しく家族も愛している彼とは、
当然の帰結として、
多くてもひと月に一度くらいしか逢えない。
だから、
彼と逢う時は、
思いっきり、
こころを込めて、
全身全霊でせいいっぱい、
女の子でいたいのだ。
**
彼は、
時々ひどく残忍な性格になる。
信じられなくなるくらい。
オマエ、変態だな。
なにこの下着、
そう言いながらしかし、
ティーン向けの浅めのショーツに包まれた、
その双臀のフォルムを入念に確かめる彼の手の動きは止まらない。
変態。
いちばん言われたくない言葉。
大好きな人に、
このタイミングで絶対言って欲しくない言葉。
女の子の下着なんて、
いつも穿いている訳じゃない。当然だ。
今日だから、
久し振りで逢えるから、だから。
ぼくは抗議する。
少し乱暴な口調で、泣いちゃってたけど。
うっさいな、
わかってるよ、
そうだよへんたいだよ、
は、ハヤトこそ、
こういうのすきなくせにっ!
甘噛みして感触を確かめる、
そのぼくの双丘から唇を離すと、
彼は体を起こして両手で肩を摑み、
ぼくを、自分の方へと乱暴に引き寄せる。
その力の強さに思わず眼をつぶってしまう。
でも、
殴りたければ殴ればいい!
そう思う。
でも、
そうはせず、
しかし彼はぼくの唇を奪った、強引に。
激しいキス、
歯と歯ががちがちとぶつかり合う、
欲望が剥き出しになったキス。
ゆう、ゆう、ゆう、………
ぼくの名をうわごとのように呼びながら、
彼は、
喉を鳴らしてぼくの唇を貪る。
ぼくは顔を背けて唇を引き剥がし、
彼の背中を両手で叩いて泣き続ける。
やだっ!
やだやだやだやだっ!!
きらいっ!
きらいきらいきらいきらいきらいっ!!
そんなぼくに、
しかし彼は興奮に眼のまわりを赤くし、
荒く、震える息で、
ぼくの腹部の下の方に左手を潜り込ませる。
あっ、
二人の息が止まる。
ぼくは、またべそをかいてしまう。
ゆう、
やだぁ・・・
ガチガチに勃起したそれの輪郭を、
手のひらと指とでなぞりながら、
彼は、
耳元に唇を寄せる。
やっぱ変態、オマエ。
その後、
ぼく達はめちゃくちゃに愛し合った。
ぼくは、
歩けなくなるくらいに犯されて、
彼は、
ぼくに肩を噛み裂かれて血を流した。
ぼくは、
激しさに息ができなくなって、
混乱して、
眼が回りだし、
何だかワケが分かんなくなって、
そしてそんなぼくの様子に彼はさすがに少し慌てて、
大丈夫?
と声を掛けてくれて、
でもぼくは泣きながら、
涙と鼻水でべしょべしょの顔で、
涎を流してわななくその唇とで、
秘匿していた、
その願望を、告白する。
おねがい、
もっと、ぼくにひどいことして・・・
**
学費の足しにと最近始めたフード・デリバリーのバイト、今日は止めとけば良かったな、と思う。
腰も痛かったし(あの後、本当にしばらく歩けなかった)、それに、あんまり言いたくないけど、痛くてサドルにちゃんと座れなかった。
沿道の建築物の窓ガラスに映る、その景色の中を、自転車に跨がるぼくのシルエットが流れる。
意外にも少しだけオトコっぽくて、ドキッとする、自分なのに、自分なんだけど・・・
身体は、胸も、腕も、脚も、首筋も、細くて何だか女の子みたいだけど、靴と、それから手が、やっぱり女の子よりも少しだけ大きくて、
ぼく、オトコだ・・・
そう感じてしまう。
ちょっとだけうれしい。
駅前の開かずの踏切は、今日も遮断機が下りて、その前にはたくさんの人と、何台かの自動車が停まっていた。いつもの光景。
そこはJR病院の前の、新宿と代々木のちょうど境界線を成している踏切で、ぼくは車道を横切って、遮断機が上がるの待つクルマの、そのフロントガラスに映り込む、自分の姿を見る。
淡く色づく唇は、まだ熟れる前の果実を連想させ、吸って、その甘さを確かめたくなる。
うん、いい感じ。
と、
色褪せて灰色がかったフロントガラスの表面に浮かぶ、街並みと、青空と、ぼくのシルエットの向こう側に、つまりガラスの裏側、
咥えタバコで、
そして眠そうな眼で、こちらを見ている。
いけないっ、
ぼんやりしてた。
女の子の気分になって、ふわふわしてた。
まだ日中だし、
ここは外だし、
仕事の最中でもあるし、
だけじゃなくて、ぼくはオトコだ、今は。
ナメられる。
そう思った。
ナメられると、絡まれたり、なれなれしくされたり、ストーキングされたり、からだを触られたり、ほんといろいろ、よくないことが起こる。ぼくは経験則からそれを知っている。
ぼくは、フィっ、と顔を背けると、ペダルを強く蹴って車道を横切った。そして踏切を待つ人の群れの後ろに、キッ、ブレーキをかけて止まると、ハンドルに体重をかけて肩をちょっとだけ怒らせ、頭を乱暴に振って髪の毛を整える。
手は使わない。
オトコだぞ、というアピール。
ちょっとはブッきらぼーな感じに、ちゃんと見えたかな?
ぼくは少しだけ首を振り向け、
さっきの作業用のくるまに視線を走らせる。
*******
クラクションを鳴らされ、
ハッとする。
踏切の遮断機はすでに上がり、
待っていた人達もすでに線路を横断していていない。
あの女の子みたいな自転車の青年もいない。
やれやれ、何やってんだオレは?
前を見たまま後ろに向かって手を上げ、
ギアをドライブに入れる。
少し走ったところ、代々木の駅前で、
さっきの男の子に追い付いた。
あれ?
と思った。
まあ、ありがちなことではあるのだが。
別に、まあ、色の白いスリムな青年ではあったが、
普通に、十九歳くらいの、若い男だった。
特に女性的な印象は無い。
最近確かに、眼が霞むようになったし、
近くのものも遠くのものも見え辛くなったしな。
じゃあ・・・
オレは考えてしまう。
「おねがい、もっと、ぼくにひどいことして・・・」
この「おとこの娘」のイメージは、
一体どこから湧いて出たんだ?
だってシンデレラサイズは、ぼくが「おとこの娘」である証だから 刈田狼藉 @kattarouzeki
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