第10話

「明日の訓練について少し話をしておこうと思ってねェ」

 アルス達が口を開くより先に占星術師は話を始めた。

「訓練はキミと妹、二人ともボクが面倒を見る。そこの獣人ビースターも気になるならついてきてもいいぞォ」

 ウルフは狼のまま不貞腐れたような顔を保っていた。

「……こいつが部屋に入ってきた時、金縛りをくらって何もできなかった。コレだから魔術師は苦手だ」

「そう言うなよォ、ボクとキミとの仲じゃないかァ」

「初対面だろうが!」

 ウルフは不貞腐れたまま占星術師を怒鳴りつけた。占星術師は話を続ける。

「で、職業だけどォ、キミは戦士ってさっき言ったよね。でェ、キミは魔法剣士、でよかったかなァ?」

 ローブの袖から出てこない指で不意に指されたミリアは目を丸くしながら頷く。

「よろしいィ、キミは素質があるから手がかからなさそうだァ。……問題はキミィ」

 先ほどと同じように占星術師はローブの袖をアルスに向ける。

「戦士として剣の基礎を叩き込む。と同時に《力》を最低限操れるようにする。それがキミの訓練目標、合格基準だァ」

「最低限、ってどれくらい出せればいいんだ?」

「左腕。今のキミはどれだけ訓練を積んでも左腕に《力》を出してキープするのが精一杯だァ。それ以上訓練する」

「でも、お兄ちゃんって一旦左腕が変化して元に戻った後は変化させられなかったんでしょ? まずは力を出せるようにすることからじゃない?」

 ミリアが口を挟むと、占星術師は彼女の方を向いた。

「それは単なる思い込みさァ。潜在能力というものは、それぞれの思い込みで出たり出なかったりする。《力》をだそうとしても出せなかったのは、その力が何なのか知らなかったからだァ。どういう力なのかわからず、とりあえず使おうと思っても、使えるわけがないよなァ。ナイフで石を叩いて割ろうとしているようなモンだァ」

「そうか、今はこの《力》が半竜人ハーフドラグナーの力であると俺自身が認識しているから」

 アルスが言うと、占星術師は満足そうに笑みを浮かべた。

「そういうことだァ。試しに今《力》を出そうとしてごらん。多分出せると思うぞォ」

「本当か?」

 アルスは半ば半信半疑だったが、試しに左腕に意識を集中してみる。

「全身の意識を左腕に持っていけ……そしてイメージするんだァ……銀の鱗、キミも見ただろう?」

 占星術師に言われたとおりに全神経を左腕に集中させた。すると、数日前に発生した光がまたしてもアルスの左腕から放出された。

「わ、わ……!」

 光が収まると、アルスの左腕は銀色の鱗に覆われていた。

「ま、また変化した……これが……」

半竜人ハーフドラグナーの力さァ。言った通り、出せただろォ?」

 指を動かしてみる。やはり自分の腕だ。

「もうずっとこのままでいいんじゃない?」

「そういうわけにもいかないだろ……なんだか結構しんどいし……」

「《力》の解放は人間ヒューマーには荷が重い。体力を使うし、それに……」

「それに?」

「使いすぎると力に飲み込まれる」

 ベッドの下で丸まっていたウルフが口を開いた。

「力に飲まれるって、どういうことだ」

人間族ヒューマニアは本来脆弱な種族だ。純粋な戦闘力では獣人ビースターの足元にも及ばねぇ。しかし、人間ヒューマーは類まれな知恵の力で種を存続してきた」

 占星術師はウルフの話に黙って耳を傾ける。

「自分のことを純粋な人間ヒューマーだと思いこんでいた奴がある日強大な力を手に入れたら、きっと暴走する。自分の力を制御しきれず暴走するだけ暴走して、最後は自滅する」

 アルスとミリアは同時につばを飲み込む。

「そうならないためにボクが訓練に付き合うんだよォ」

「……わかった。改めて、明日からよろしく頼むよ」

「よろしくゥ」

 アルスは占星術師に手を差し伸べる。が、占星術師はローブの袖から手を出さないのでアルスは仕方なく袖の上から握手した。

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