Schicksal

常盤しのぶ

第1話

 君は、運命という言葉を知っているかな。

―――運命? 言葉の意味は知っているつもりだけど。

 人間族ヒューマニアに限らず、竜人族ドラゴニア獣人族ビーストニア妖精エルフ小人ドワーフ巨人ジャイアント悪魔デーモン天使エンジェル、森の木々、湖の水滴、街のレンガ、空の雲、そしてそれらを受け止める果てなき大地、生きとし生けるもの総てに与えられる道標、それが運命。

―――道標。

 そう。しかし、我々はその道標を常に意識して生きているわけではない。君は今朝目覚めた時に「今日この時間に起きるのは運命だったのだ!」と思うかい? ……だろうね。何気ない日常で運命という道標を感じることはないが、何かこう、大きな出来事に直面した時、少なからず運命を感じるはずだ。そのような経験は、ないかな。

―――……どうだろう。そもそも僕は運命というものを意識したことがないからよくわからない。

 君はまだ幼い。村はおろか、修道院からもあまり出たことがないのではないかな。村の外は広い知見に満ちあふれている。君もいずれはこの村を出ていくかもしれない。その時にきっと感じるだろう。君の運命を。

―――修道院の外にはたまに遊びに行くよ。でも勝手に出ていくとシスターに怒られる。

 それもまた、君の運命だ。この村の大人は皆親切で優しい。君をはじめ、子どもたちのことは特に大事にしている。だからこそ、この修道院は親を亡くした子どもたちの安寧の地となった。外が気になるのはとても分かるが、あまりシスター達を困らせないであげてほしいな。

―――うん、一応気をつける。ミリアのことも放っておけないし。

 ミリア。君の妹だね。

―――血は繋がってないけどね。一緒に拾われただけで。

 君とミリアが兄妹になったのも運命と言えるだろうね。運命とは分かりやすい一本道とは限らない。曲がりくねっていたり、分かれ道が無数にあったりもする。なだらかで平坦かと思えば突然行き止まりにぶつかってしまうことも、あるだろうね。

―――ちょっと気になったんだけど。

 言ってごらん。

―――運命って誰が決めてるの?

 我々では遠く及ばない、人智を超越した存在。つまり……

―――つまり?

 神様さ。

―――神様って、なんでも知ってるの?

 神は総てを創り、総てを知り、総てを統べる存在である。全知全能、というやつだね。この本にも書いてある。

―――神父様はどう思うの?

 どう、とは?

―――神様が本当になんでも知ってるのか、そうじゃないのか。どっちだと思う?

 僕は神の存在を皆に知ろしめる神父として、神は全知全能であると言わなければならない立場だ。でも、本当にそんなことが可能なのかは疑問だけどね。こんなこと言うと怒られるだろうけど。

―――神様に?

 村の大人に。あるいは村の外にいる人たちみんなに。

―――おかしいね。

 おかしいさ。人間とはそういう生き物なんだよ。

―――いるのかいないのかわからないのにね。

 何かが存在することを証明するのは簡単だ。その「何か」を実際に見せればいい。しかし、何かがいないことを証明するのはとても難しいんだ。ない物を見せることはできないからね。だから神様は「どこにいるのかわからないけどどこかにいる」ことにする。そしてそれを信仰の対象にして人々を導く。そうやって人類は発展してきた。

―――じゃあ、もしかしたら今までの大人は神様に騙されて生きてきたのかもしれないね。

 ……どうして、そう思うんだい。

―――だって、いるかどうかもわからない神様が敷いた道が運命でしょ? ずっと昔の悪い人が「この方が都合がいい」って神様の存在をでっち上げたのだとしたら、みんなは偽物の神様を信じていることになるよ。その偽物の神様が運命を作ったと言うなら、それは偽物の運命だ。

 ……君は鋭いね。あるいはその通りかもしれない。我々は偽りの神を信仰し、偽りの運命に従ってきた。この世界は、偽りでできているのかもしれないね。

―――そんなの嫌だけどな。

 そうだね。変えられるなら、僕だって変えたいさ。

―――神父様も?

 あぁ。僕だって、嘘はつきたくないからね。さぁ、そろそろ寝る時間だ。またシスターに怒られる前に自分の部屋に戻りなさい。

―――うん。おやすみ、神父様。

 おやすみ、アルス。

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