第4話



 今、わたしは母より年上になりました。父はある日ふらりと出たきり帰らず、母と弟は母の実家に帰りました。わたしはそのときには十六になっていましたから、なんとか一人でやってきました。


よくある、平凡な、他愛もない話です。

 

 指先に染み付いたみじめさは今でも時々わたしの心臓を握り潰します。

 子どもも産めず、家庭も持たず、暮らしています。


 でも最近、猫を一匹飼いました。片目の潰れた子です。かわいそうな猫なら飼ってもよいと思ったのです。そのためだけに煙草を買うのはしゃくでしたが、結果として善きことでした。

 アパートの裏手に住み着いていた猫で、最初はがりがりに痩せていました。

 ちくわが大好物で、エサもやったらやった分だけぺろりと平らげてしまうので今ではずいぶん太りました。でも、撫でるとやっぱり背骨の感触がごりごりと手のひらに当たります。

 猫はあたたかで、やわらかで、足の裏で踏んでやるといつも可愛い声を上げます。


 今は一人と一匹で幸せに暮らせていて、昔のことを思い出すとすうっと薄荷の甘い香りが鼻の奥に突き抜けます。

 

――現世のしがらみは階位を引き上げるための試練であり、それらも神に与えられたものである。


 わたしの家に訪ねてくる人はいません。

 それでも最近、秀悦さんの話されていたぱらいその意味がわかるような気がします。





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地獄、ぱらいそ、カルミン いりこんぶ @irikonbu

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