白田まゆこ
「まゆこさんに呼び出されたって言ってたわよね」
女刑事が黒原の証言に触れた。すると腕組みしていた浜口がやおらログの束を掴んだ。そして傍らの鑑識課員に命じた。
「これを
「えっ」
麻耶は口ごもってしまう。
「お前、誰かを庇おうとしてないか?」
ベテラン刑事の審美眼が女学生の欺瞞を射抜く。
程なくして解析結果が出た。科学捜査の進歩はすさまじく脈拍や血圧から真偽をかぎ分ける。
結果はクロだ。現場に向かう麻耶の足取りがおぼつかない。まるで何かから逃げるように歩幅が不規則だ。
「これは逃亡犯の典型例に類似します」、と女刑事が指摘する。
重苦しい沈黙が続く。
「そうか…俺は嫌われ…いや、俺を守ろうとしたのか!」
呉井ががっくりと項垂れた。
「貴方は悪くない。これは白井さんが決めたことよ。全部、自分の意志」
黒原は真相を暴露することで呉井を擁護した。
「まゆこは知っていたの。何もかも。このままでは自分だけじゃなく呉井さんまでダメにしてしまうって。WooFarの舐め愛は沼だって!」
「だからと言って死ぬことはないだろう」
男は何度も何度もかぶりをふる。
「呉井さんと一緒になったらいずれ並んで首を吊るって、それに自分は汚れてしまってるって」
そう、過剰な依存は時に無理心中を招く。不安妄想に苛まれたあげくパートナーと死という究極の不幸を共有したがる。
「どういうことだ? お前との関係か、それとも俺の下心か」
「何もかもよ。こうも言ってた。『あたしのアカウントでいろいろされてるのはわかってる。本当は退会ボタンを押す勇気があったらよかった』」
「だから、お前にブロックを頼んだのか!」
「そうでもしないとみんなを守れないって」
「みんなって誰だよ」
狼狽える呉井に例の契約書が渡された。そして麻耶は付け加える。
「この住所ね…見覚えはない?…多分、ないと思うけど…あったら怖い」
意地悪く焦らされると背筋が凍る。
「…知らんな…いや、待てよ」
うっすらと脳裏に住宅地図が浮上する。慰謝料と養育費に苦しむ離婚男性が債務繰り延べをしつこく要求していた。債権回収業は時間との戦いだ。物件の鮮度はどんどん落ちる。
「学校の近くじゃないか!…まさか、離婚した両親って」
呉井は青ざめた。
「そうよ、競売物件。あなたの会社が取り立てた」
その言葉がグルグルと回転し余韻を残して闇に消える。
「おお、そんな…結果的に俺がまゆこを殺したのか…なんてことだ…なんてことだ…おお」
天を仰ぎ、地をにらみ、壁向こうの虚空へ、視点を泳がせる。
その男の足跡は正確なステップを踏んでいた。
赤と黒「赤い靴の果て、垢まみれのアカウントを揺るがす衝撃の事件」 水原麻以 @maimizuhara
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