任意聴取
◇ ◇ ◇ ◇
WooFarはありふれた会員制交流サイトだ。昔はミニブログと言った。文字通り、たわいない日記の集合体だ。登録した相手や不特定多数に向けて「吼える」と「吼えバ」、つまり返事が貰える。任意ではあるが。それで個人のゆるいつながりが生まれる。吼えバされる間柄は「傷の舐め愛リスト」に登録される。そこに性別も年齢も関係ない。分断と自粛の時代に誰もが愛に飢えている。
「冗談じゃない!まゆこのリストに俺が乗ってたからといって」
尊は必死に関与を否定した。しかし、警察はWooFar本社を家宅捜索し、詳細なログを押収していた。
「最初は、何気ない相談だったんです。”舐め愛外された!死ぬかも”っていう吼えを見かけて……」
呉井はぽつりぽつりと二人のなれ初めを語り始めた。
ありふれた境遇だ。まゆこは明朗快活な何処にでもいる中学生だったが、ふとしたきっかけでWooFarに溺れるようになった。期末テストの成績が良すぎたのだ。それで疎まれた。
自然と不登校になり、両親は別れた。
「誰でも一度は嵌る罠だ。吼えるも吼えバも形式的なつながりでしかない。吼えバする義務もなければ、舐め愛に留まる権利もない」
刑事は遠くへ視線を投げた。
「だから俺は言い聞かせたんです。舐め愛が減ったって、まゆこの価値が下がるわけじゃないって!」
上体を震わせ、嗚咽し、机に突っ伏す尊。
「時に人間は見えない糸で結ばれ、見えない糸に絡められ、見えない相手を透明な絆で縛り付ける」
「そんな事、百も承知ですよ!」
尊はバァンと机をたたいた。
「そこで君は赤い糸を結んだんだよな?」
刑事が厭らしそうな笑みを浮かべる。
待ってましたとばかりに婦人警官が分厚い束を置いた。口にするのも憚られるような濃厚な「吼え」が綴られている。
時系列と二人の親密度がシンクロしている。「まゆこさん」が「まゆこ」になり「@MayuyunS2021」に変化していく。最後の呼称はWooFar特有の機能だ。ユーザー独自の絵文字を定義できる。
残念ながらプリンターではそこまで再現できなかったようだ。しかし、ログは「コト」の一部始終を漏らさず記録しており、ジャイロセンサーの激しい動きや呼称の乱れまで残っている。
Woofar専用アプリはセンサーと連動して思春期の健康管理をしてくれる。恋煩いはスマホが治してくれる時代だ。
「全部プリントアウトすることないじゃないですか!」
「証拠物件なんでな」
呉井は酸欠状態に陥った金魚のように慌てふためいた。
「フラグが立ってたのね」
女刑事の目が興味深げにログを追う。
「そ、俺はそんなつもりじゃ…」
「そんなつもりじゃないから、殺す動機もない…と?」
刑事が腰をかがめ、目の高さを尊と揃える。
「だって結婚を考えてたんですよ?へ、部屋も家具も指輪も用意してた。サプライズで」
容疑者の反論を裏付けるように資料が並べられた。部屋の合鍵に契約書。フリーターの呉井がどこから金を得たというのか。
「君は『本当に死んだのか?』と言ったわよね?」
今度は女刑事が畳みかける。
「そ、そりゃ、死んだかと思いますよ。朝っぱらから警察が聞き込み捜査するなんて普通じゃないでしょ。殺されたかもって…」
そこで呉井は言葉を区切った。
「質問を最初に戻そう。君は昨日の17時38分。伊予モールで白田まゆこと何をしていた?」
刑事は静かな口調でたずねた。
「まゆこに呼び出されたんです。『私、死ぬかも』って」
呉井はどことなく歯切れが悪い。まるで何かを隠しているようだ。
「君はこう言ってるわよね? ”吼えバする、しないも個人の自由だ。だいたい舐め愛外されたからって、落ち込んだり傷ついたりする必要もない。それって…”」
いつの間にか尊が声を露わにしていた。
「支配欲の裏返しじゃないか。相手が思い通りにならなかったから自分を傷つけるなんて、相手に対するテロだ。まゆこはまゆこだ。テロリストじゃない!」
「テロリストという言葉が彼女の尊厳を傷つけるとは思わなかったの?」
「違う。俺のログを切り取るな。全体を見ろ」
呉井はきっぱりと否定した。
”舐め愛を外されたからと言って、まゆこが嫌われたわけじゃない。本当に嫌いな奴はブロックする”
「慰めになってないじゃないの!」
女刑事が責め立てていると、取調室のドアが開いた。
「追加燃料を持ってきてやったぜ」
さっきの刑事がセーラー服姿の少女を連れている。白田まゆこの母校と同じ制服だ。
「え、浜口警部?」
女刑事が茫然自失しているが、浜口は「続けて」と顎をしゃくった。
女子高生はうながされるままに着席した。そして、スカートのポケットからスマートフォンを取り出した。
WooFarアプリが起動しており、尊とまゆこのやり取りが表示されている。そこには、あの「MayuyunS2021」の絵文字――美少女アニメ風の似顔絵がほほ笑んでいた。
「ど、どういう事なんだよ?!」
呉井がまゆこの同級生を叱責した。
「ごめんなさい」
彼女はWooFarの舐め愛リストをタップした。呉井のアイコンから開封済みリストを開く。
『私、死ぬかも』
「ちょ、おま!」
掴みかかろうとする尊を浜口が羽交い絞めにした。「もう、洗いざらいバレているんだ。観念しろ」
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