VRMMORPGで結婚した嫁は当たりの強い幼馴染!? 〜学校ではツンツン、ゲームではデレデレ〜

熊月 たま

第一章 俺に嫁ができるまで

第一話 機嫌のいい幼馴染

 俺は柄にもなく自席でニヤニヤとしていた。周りからは若干奇妙な目で見られている。だが、俺は気にしない。昨日あった出来事を思い出すと、にやけが止まらない。あぁ、早くこのニヤけるのを止めなければ。


 俺は自分の頬をグニグニと摘んだり伸ばしたりして、顔をほぐす。だが、ほぐしたことが逆効果だったのか、ニヤケはさらにひどくなる。


「おい、なんだよその顔は。流石にきしょいぞ」


 俺の前の座席にどかっと腰を下ろすそいつは、ため息を吐いて呆れた目をしながらこちらを見てくる。


「あ、はやて。おはよう」


「あぁ、おはよう。朝から何があったんだ?お前まわりちゃんと見たか?」


 そう言われて周りを見渡す。うん、さっきと変わらず変な目で見られている。とりあえず颯にはサムズアップでも返しておくか。


 颯は頬杖をつきながらため息を吐く。とても様になっている。


 目の前にいるこいつ、伊月いつき はやてはとにかくイケメンだ。そしてスポーツがめちゃくちゃできる。容姿とスポーツにステータスを全振りしたと言われても納得してしまうくらいだ。そんな颯だが、俺の悪友でもある。こいつとは中学生からの付き合いで、話してみたらなんだか馬があったのだ。まあ一つ欠点があるとすれば、頭の方が少し弱いところだろうか。スポーツに関しては天才的な頭脳を発揮するものの、いざ勉強になれば赤点量産機と化す。なんとも笑えない話だ。


 俺は一度気合を入れるために頬を叩く。


「おいおい、どうした?ついに壊れたか?」


 颯は少し心配そうな表情で見てくるが、何も問題はない。今日も俺は平常運転だ。


「今日は調子がいい。それこそ颯にスポーツで勝てるくらいにはな」


「ほぉ、よく言うぜ。ゲームと勉強くらいしかできないくせに」


「いや、スポーツしかできないお前に言われたくないんだが」


 俺たちは同時に吹き出す。


「まあいいや、それで、いったい何があったんだ?朝からキモい顔してさ」


「キモいは余計だよ」


 俺はとりあえず咳払いをする。こいつになら言ってもいい気がするからだ。


「俺、(ゲーム内で)結婚したんだ」


「は?」


 俺と颯の間に静寂が生まれる。あれ?俺なんか変なこと言ったか?


 颯はあたふたとし始める。


「じ、仁。それはなんの冗談だ?流石にそれは冗談がきついぞ。だって仁には」


 ガラガラっと教室の後ろのドアが勢いよく開かれた。


「え、今なんて言った?聞こえなかったんだけど」


 俺がそう言うと、颯が顎で後ろのドアの方を指す。


「姫さんのご登場だ」


 俺はそちらに目を向ける。すると、そこには幼馴染の新城しんじょう 紅葉もみじがいた。髪を肩口で切りそろえ、燃えるような赤い髪がとても魅力的。そして少しキッと吊り上がった目。常に他人を寄せ付けないオーラが紅葉の体からは溢れていた。


「おいおい、なんだか新城さん機嫌悪そうに見えるんだけど」


 颯が周りに聞こえないように小声で俺に言う。だが、俺は知っている。紅葉は機嫌がいいほど周りからは機嫌が悪く見えてしまうことを。


 今だって周りから『おはよう』と少し震える声で挨拶をされているが、そんなみんなに対し、紅葉は『おはよう』とドスの効いた声で返していた。本人はそれで声を弾ませているつもりなのだろうが、逆に空回りしている。


 紅葉はどんどんこちらに近づいてくる。


「お、おい。こっち来たぞ!」


 今もなお、颯はこちらに小声で話しかけてくる。


「大丈夫だから、そんなに慌てるなよ」


 俺は至って冷静。だってあんなにも紅葉は機嫌がいいんだぜ?何を恐れればいいのだろうか?


 紅葉は俺の隣の席にカバンを置く。


「バカ仁、おはよ。それと、海野くんもおはよ」


「あ、うん。おはよう」


「あぁ、おはよう紅葉。今日はなんだか機嫌が良さそうだな」


 紅葉はふふんっと鼻を鳴らして胸を張る。


「そう?わかる?」


「あぁ、まあな」


「そういうあんたもなんだか今日は調子が良さそうね」


「お、わかるか?」


 俺たちは二人して奇妙な笑みを浮かべる。片やヤクザも絶叫しそうな笑みを、もう片方は世界一の変態でも逃げ出してしまうであろう笑みを。そんな対を成す二人を目の前に、颯は顔を真っ青にしていた。


「それで、紅葉はなんでそんなに機嫌がいいんだ?」


「ふふん、知りたい?」


 紅葉はズイッと俺の方へと顔を近づける。すると、紅葉の髪からものすごくいい匂いがした。柑橘系の匂いだろうか?


「気になるな。何があったか知りたい」


 俺がそう言うと、紅葉はやたら溜めを作る。この時間が無性にもどかしい。


「教えないわ!」


「え?」


 俺はアホみたいな表情をしてしまっただろう。普段の10割ましくらい。


「聞こえなかったの?教えないって言ってるのよ!」


「それはなんで...」


 紅葉はチッチッチと指を振る。


「考えが甘いわね、私から教えるとでも思ってるの?先にあんたが言わなきゃ教えないわよ」


 なんて理不尽な、とは思ったが道理に叶っている。


 俺は深いため息を吐く。


「悪いが今回俺は紅葉に教えるつもりはない」


 紅葉はそれを聞いて、ニコニコと笑みを浮かべる。その笑みは百人がすれ違って百人が振り向くレベルで美しいといえるだろう。だが、俺は知っている。紅葉は怒る時、機嫌が悪い時はすこぶる笑顔になるのだ。過去に笑顔だから大丈夫だろって甘い考えをした男子が話しかけに行ったところ、心に多大なダメージを負った。


 俺はゴクリと生唾を飲む。


「バカ仁、いつから私にそんなことが言えるようになったの?」


 ここで引き下がるわけにはいかない。『俺、ゲーム内で嫁ができたんだ』なんて言えばどうなることか。そんなことは明白だ。『は?キッショ。死ねば?いや、死ね!』って言われる。なんとしても口を割らないぞ。どれだけ拷問されてもな!


「マジで今回のことは言えない。言ったら俺の人生が終わる!」


「ふーん、まあいいや」


「え?」


 紅葉は座席に座ってカバンの中から教科書やら筆箱やらを出し始める。


「私が引き下がるのがそんなにも珍しい?」


 俺はコクリと頷く。


「まあそうよね。でもね、仁が機嫌がいい理由はわかるのよ。本当は仁の方から聞きたかったけど」


 いや、それはないはずだ。確かに現実で起きた出来事ならいくらでも知る機会はある。だが、今回はゲーム内で起きた出来事だ。それに、俺がやっているゲームはオンラインゲームで人口が多い。紅葉がやっていたとしても俺と遭遇することは0%に近い。おそらく紅葉はハッタリを言っている。それで俺に真実を吐かせようとしている。だが、俺はそんな手には乗らない。


「紅葉には残念だけど、わかるはずがない」


 紅葉はこちらを見ないで未だに作業をし続けている。


「その根拠はあるの?」


「あぁ、ある」


 それだけ言うと、紅葉は座席から立ち上がる。


「どこか行くのか?」


 俺も立ち上がって紅葉に手を伸ばす。だが、その手は弾かれてしまう。


「来ないでよ!」


 それだけ言うとハンカチを持って教室を出て行った。


「いやぁ、今のは不味かったよ。仁、そこは察してやれよ」


 俺は首を傾げる。


「紅葉はどこに行ったんだ?」


 颯は盛大にため息を吐く。


「お前なぁ、ハンカチ持って出てったらそりゃあひとつしかないだろ」


 そこで俺は「あっ」と声を上げてしまった。


「トイレか」


「皆まで言わんでいい」


 そこで俺たちの会話は途切れる。俺は自然と窓の外に目をやる。空は雲ひとつない晴天。そういえば昨日プロポーズしたのもこんな空だったなぁなんて思いながら昨日の出来事を思い返していたのだった。





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