第九話 プロポーズ計画(未定)

 俺は重い体を起こす。頭からゴーグル型VR機器を取り外し、近くにあった机の上にそっと置く。それから目一杯伸びをしてから机上にあるデジタル時計に目を移す。


時刻は21:16。


 長いことゲームをやっていたらしい。学校から帰宅してすぐにJFOジュエルファンタジーオンライン内に潜ったと考えると、約5時間もぶっ続けでやっていたらしい。


 俺は心配になって窓を見る。そこには灯りのついた大きな一軒家があった。ちょうど俺が見ている窓の正面。そこにも向かい側の窓がある。その部屋は俺の幼馴染である紅葉もみじの部屋なのだ。なぜ俺は幼馴染を気にしているかというと、俺は知っているのである。というか気が付かない方がおかしいと思う。


 俺がJFOで組んでいるクレハは紛れもなく幼馴染である。これは実際に本人から聞いたことはないが、予想ではなく確信なのだ。


 理由としてはいくつかあるが、一番大きな理由は何度か俺のリアルの名前を呼んでいることだろう。今日は辛うじて言い直すことができていたが、ゲームを始めた当初ははっきりと『仁、あ、ちが、カイン!』なんてことが多々あった。俺は空気を読んで『あ?なんか言ったか?』と言って誤魔化していた。その甲斐あって未だにバレているとは気が付かれていない。他にも理由としてはプレイヤーネーム、それから容姿にもあるだろう。プレイヤーネームに関してはもはやそのまんまのレベルだ。紅葉もみじがクレハになっただけである。容姿は意図的になのか、それとも無意識的になのか知らないが、キャラメイクがリアルの紅葉にものすごく似ている。まあ俺も人のことは言えない気がするが。こういったゲームでキャラメイクをしようとすると、どうしても自分の容姿に近づけたくなる。普通のゲーム端末でなら別にネタキャラを作ろうがなんだろうがいいのだが、実際にそれになってプレイするとなると、慣れ親しんだ容姿の方が断然いい気がする。これはあくまでも俺個人の考えだから、他がどうかはわからない。


 とにかく、俺は結構早い段階からクレハが紅葉であることに気が付いているのだ。


「まあ21時過ぎなら明日に支障をきたすことはないだろ。それよりも今は俺自身のことだな」


 現在最難関である塔型のダンジョンの屋上で俺はある決意をした。それが、


「いつプロポーズをしよう。というか、指輪どうしよ」


 そう、プロポーズをクレハにすることである。ここで間違えないで欲しいのは紅葉にするのではなく、クレハにするということだ。まあ、正体を分かった上でするのなら、それは実質リアルでの告白と同義な気もするが、そこは今は流す。


「プロポーズするには場所、指輪、相手の同意が必要だけど.....。まあ最初の2つは当てがあるからいいとして、問題は3つ目だよな。それに、一応だけどクレハが紅葉であることを言ってもいいのか?」


 俺はベッドの上にあぐらをかいて『うーん、これでいいのか?いや、よくないか?』と眉間に皺を寄せて考えていた。


「お兄ちゃん!起きてるの?」


 ノックと掛け声が同時にかかると、勢いよくドアが開かれた。


「なんだ、起きてるじゃん。それなら早く下に降りてきなよ。まだ夕飯も食べてないでしょ?」


 自室に入ってきた妹、海野 ひかりが腰に手を当ててこちらを見ている。


「光、ノックと掛け声をしたなら相手の反応を聞かなきゃダメじゃん。それじゃあノックも掛け声も意味ないし」


 俺はさっき考えていたことを一度頭の片隅に追いやると、軽くため息をつきながら妹の光をみる。


「別にいいじゃん。それいちいち別々にやってたら無駄に時間を消費するんだもん」


「兄ちゃんがもしかしたら見られたくないことをしているかもしれないだろ?」


「見られたくないこと?たとえば?」


 光は何のことだかわからないといった表情をして首を傾げる。おいおい、君、来年から高校生だろ?ほんとに大丈夫か?


 俺は一瞬はっきり言おうかと考えたが、即座にやめる。はっきり言えば、今まで普通に慕ってくれていた妹が距離を置いてくることは考えられる。


「とりあえずなにかあるかもしれないだろ?たとえば、そう、集中して宿題とかやってた時。あとは寝てる時とか」


「それが見られたくないの?どれも普通じゃない?」


「光は普通かもしれないけど兄ちゃんは違うんだ。集中してる時の顔は見られたくないし、寝顔なんてもってのほかだ。だって兄ちゃんは顔に自信がないからな!」


 俺はなんだか悲しくなってきた。


「そっか、そうなんだぁ。まあめんどくさいからやめるつもりはないけどね。それよりも、早く下に降りてきてよ。ご飯温めておくからさ」


「あ、ああ。わかった」


 光はそれだけ言うと、俺の自室を後にした。俺にとっては大事な話だったが、光にとっては『そんなこと』らしい。


 俺はベッドから降りてとぼとぼとした足取りでリビングへと向かったのだった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る