第38話 おまけ⑦ おしまい

 宴の席に戻ると、並んだグラスには色とりどりの液体が注がれていた。


 果実で作った飲料の数々。中には酒も混じっているのだろうが、見た目にはどれがどれだかわからない。


「やー、おにいちゃん飲んでるぅ?」


 陽気なテンションでルークの肩に腕を回してきたのは、ココノだった。


「ねぇねぇ、わたしよっぱらっちゃった。ちょっとおにいちゃんのおうちで休んでいきたいなぁ」

「嘘つけ。アルコールの匂いがしない」


 わお、即答。急にいつもの口調に戻ったココノは、目を丸くしながら手をたたいた。


「相変わらず鼻がいいね」

「そういう能力だからな」


 ルークの魔法、身体強化。人間が元々持っている力を、魔力によって強化することのできる力だ。


 腕力や抵抗力の向上に使うことが多いが、応用すれば五感の向上にも生かすことができる。ルークは鼻に集めた魔力を解いて、オレンジジュースの入ったグラスを口に運んだ。


「むむう。これじゃ媚薬を盛ってもバレちゃいそうだね」


 シラフとは思えない台詞。飲食物には気をつけようと、ルークは肝に銘じた。


「ていうかココノ。間違って酒なんか飲まないように気をつけろよ」

「あらやだ。お兄ちゃんってばマジメ?」

「そうじゃなくて。明日は出発の日だろ。酔いが残ったりしてちゃ話にならない。

 姉ちゃんだって今日は控えてるんだろう?」


 村の歳寄り達から「一杯だけ」と言われ、柔らかく断っているカレットの姿を思い出した。


「そもそも、姉ちゃんが酒を飲んでるところ見たことないけど」

「お姉ちゃんは人前じゃのまない、っていうか飲めないからね」

「人前じゃ?」


 ルークの疑問に、ココノは口をつぐんだ。カレットが酒を飲むとどうなるか。妹である彼女は知っていた。


 ざっくり言えば、カレットは酒を飲むと大胆になる。色々な意味で。ココノでさえやりすぎと思うくらいに。


 なので、ここは黙っておくほうが賢明だとココノは判断した。下手にルークが興味を持ち、「いつか一緒に飲んでみよう」とか言われてはたまらない。


 それからルークとリヴェール姉妹は生まれ育った村の仲間と騒いで過ごした。


 最後の夜はいつもと変わらず楽しくて。


 いつもと変わらないのに、一生の思い出に残る夜になった。






 一夜が明けて、山々の間から太陽が顔をのぞかせた頃。


 旅路に向かう3人の見送りには村中の人間が集まっていた。


「それでは、長老殿。村の皆。私たちはグランシア国へと旅立ちます。次に村へ戻るときは――」


 カレットは一瞬だけ、こみあげるものを飲み込むような表情をのぞかせた。


 しかし次に発したのはいつもの凛とした声。


「必ず三人、王の騎士として戻って参ります」


 カレットのレイピアが天へと掲げられる。


 呼応するかのように村人たちの声援が沸いた。


「――やるしかないぞ、二人とも。こんなにカッコつけてしまったからな」


 両脇の二人にだけ聞こえる声で、カレットがささやく。


「覚悟はできているか。二人とも」

「もっちろん。ずーっと楽しみにしてたんだから。ね。お兄ちゃん」

「ずっと……本当にそうだ」



 もうわからないくらいずっと前から。

 いつから始まっていたのだろう。俺の夢は。

 

 ふと、視界の端にいつかの景色がよみがえる。


 村の外を、たった一人で見つめる小さな少年の背中が映った。




 俺はもう一人じゃない。三人ならどこへだって行ける。




「行こう。姉ちゃん。ココノ」


 ルークの言葉に頷く二人。



 リヴェール姉妹と少年は、きっと、どこまでも同じ景色を見ていた。

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リヴェール姉妹と少年の旅路 ここプロ @kokopuro

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