第37話 おまけ⑥ 涙
出立の前夜を迎え、3人の送別会が開かれた。
村長の家を兼ねた集会場に集った村人たち。ほぼ全員の姿がそこにはあった。村から王国に発つ者が出たのは数年ぶり。しかも3人が同時にというのは、類を見ない出来事だった。
「がんばってこいよ! ルーク!」
「王の騎士団になったらサインくれよな」
「結果はどうあれ無事で帰ってこいよ」
背中を叩いてくれる村の仲間たち。ルークは一人一人に笑顔と感謝の言葉を返した。
――俺には親がいない。いるにはいるけど、父親はどこにいるのか不明。母親に至っては誰なのかすら知らない。
それでもこの村にいる間、俺は一度だって自分が不幸だと感じることはなかった。
「ありがとう。今日を迎えられたのも、みんなのおかげだ。
次に会う時は、王の騎士団の一員として戻ってくるよ」
ルークの言葉に会場が湧いた。心から喜んでくれているのがわかった。
リヴェール姉妹だけじゃない。自分は仲間に恵まれた。ルークは改めてそう思った。
「そんな未来の英雄たちに、例のサプライズです! フランさんどうぞ」
例のとか言うな。ロイドの司会に内心で突っ込みながら、会場の入り口に視線を送る。
大きなプレートを手にしたフランチェスカ。彼女を先頭に、村の女子たちが様々なごちそうを会場に運び入れた。
宴の始まりだ。
「高等部の子どもたちがそれぞれ腕によりをかけて作った手料理の数々。どうぞご賞味あれ」
上座の3人へと、料理が少しずつ届いた。「どれもおいしそうだ。みんな頑張ったな」教師のカレットは、皿を持つ教え子たちにねぎらいの言葉をかけた。ココノは集まってきた同い年の女の子たちと食べ物のシェアを始めた。
ルークもしばらくは集まってきた村の仲間と談笑を続けた。だが、料理を先頭で運んできた少女の姿がそこにはない。
「食べ過ぎた。ちょっと風に当たってくる」
そう言い残し、ルークは会場の入り口を出た。門をすぐ出たところに、ひとり空を見上げるフランの姿を見つけた。
「星がよく見えるな」
ルークの問いかけに、視線を向けずフランは「うん」と頷いた。
「ルークの行く先でも、ここと同じ星が見えるのかしら」
「どうだろう。遠いからな」
「うん。……遠いわね」
遠すぎるよ。――耳に届いた呟きは、気のせいじゃないだろうなとルークは思った。
「今日の主役が何をしに来たの? みんなが待っているでしょうに」
「何って、そりゃもちろんクッキーをもらいに」
フランの握る小包を指す。風にのって、ほのかに甘い香りが届いた。
――。
「……。いただきます」
何も返事がないので、ルークはフランの手からクッキーをひとつ拾い上げた。
頬張ると、ラズベリーの甘酸っぱい香りが口に広がった。
「うん、うまい。想像を絶するうまさだ」
「失礼ね。どんなのを想像していたのよ」
いつもの調子ではないが、フランはやっとルークに視線を向けて笑った。
「でも、よかった。おいしいって言ってもらえて。これでもずいぶん成長したのよ」
「努力の成果がにじみ出てる一品だった。これなら嫁のもらい手に事欠かないな」
「またそういうこと言って。
――作ったって、食べてほしい人が傍にいなきゃ意味ないのに」
視線を落とすと、フランはクッキーの包みをきゅっと握った。
「ごめんなさい、ルーク」
「何が」
「私はあなたが村を出て行くのが嫌」
堰をきったように話すフラン。瞳に溜めた涙が、月明かりに光って見えた。
「ルークがずっと王の騎士団を夢見ていたのは知ってる。だから、本当は心から祝ってあげなきゃいけないのはわかってる。
ルークは今日までたくさん私を助けてくれた。だから、あなたの背中を押してあげなきゃいけないってわかってる。
でも、私はやっぱり寂しい。ルークに……もう会えなくなるのが寂しいよ」
ぽつり、ぽつりと涙が土に沁み込んでゆく。ルークはハンカチを取り出すと、フランの目をそっと拭った。
「ごめんなさい。今日はお祝いの夜なのに。私、こんなで」
「いや。ありがとう、俺の気持ちを代わりに言ってくれて」
「――え?」
ルークは大きく息を吸うと、夜の冷たい空気で胸をいっぱいに満たした。
「俺も本当は、嬉しい反面で寂しいよ。俺もこの村や、フランたちみんなのことが好きだ。だから寂しい。
ありがたいことに、みんなが俺たちの挑戦を盛り上げてくれるからさ。そんな気持ちはずっと胸にしまいこんでいた。しまいこんでなきゃって思ってた。
でも、フランがそんな風に言ってくれたからさ。俺もやっと、最後に残ってた自分の気持ちを吐き出せたよ。
そんなこと、今になって言うのは格好悪いのかもしれないけど」
「う、ううん! そんなことない!」
大きく首を横に振るフランに、ルークは「ありがとう」と言って微笑んだ。
「弱いところがある自分だって受け止めてくれる。そんなフランがいてくれる。どんな結果になっても、俺は安心して帰って来られるな」
そんなルークの言葉に、フランは唇を噛んだ。ルークは村そのものと別れを告げる。寂しさがあるなら、それは自分の比じゃないはずだ。
それなのに、少年は最後まで残される者の心を気にかけた。
いつもそばにいてくれた少年の背中が遠く感じた。
――だったら、私も前を向かなきゃ。
「帰ってきたときには、王の騎士団の一員になっているんでしょう?」
「ああ」
「自信満々ね。そんなルークを、私は一流の魔獣遣いになって迎えることにするわ」
「いいな。それ」
歯を見せて笑うと、自然に二人は拳を突き合わせた。
ルーク。ロイド。フランチェスカ。3人が何度も繰り返してきた、約束の証だった。
「なんだか元気が出た。……このクッキーも、旅のお供に貰っていこうかな」
「待って! それならこっちを」
フランは慌てたように制止すると、懐からまた別の包みを取り出した。ピンクのリボンでラッピングされた小袋。胸に押し付けるように渡されると、ルークはそっとリボンを解いた。
中にはハートのクッキーが詰まっていた。
「じ、自信作だから」
「こ、こういうの照れながら渡すなよ」
「照れてないわよ!」
顔を真っ赤にして言い合う2人。
最後の夜まで、少年と少女はいつも通りの仲間だった。
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