怨嗟を穿つ後奏曲(ポストリュード)

 紅き幻影ファントム・ルージュ支部長クライン・バイブルの戦いは、これまでとはかなり違う展開になっていた。紅き幻影ファントム・ルージュの周りを浮遊する金属は、紅き幻影ファントム・ルージュの一べつだけで支部長クライン・バイブルの背中の光輪を的確に削っていく。あれほど苦戦していた大剣も、拳銃の横殴りではじけるようになっていた。

 見かけこそ大きく変わっていないが、膂力りょりょくも正確性も、紅き幻影ファントム・ルージュのそれは桁違いになっている。劣勢になってようやく、支部長クライン・バイブルの顔が歪みはじめた。


「くっ、たかが一人二人の心のための復讐で、貴様は私に救われる人々すら否定するのか……!」

「救われる?それらしい屁理屈を並べれば正当化できると本気で思っているのか?意思を奪い、道を塞ぎ、中毒にしてまで体を差し出すまで黙らせる……それは救いではなく、侮辱だ!」


 大剣と金属片が、つばぜり合いのように拮抗し、支部長クライン・バイブルを強くはじく。安全のために物陰に隠れたリーンが、アガットの手紙の内容……聖女の園デルタ・ユートピアに殺してもらうと言い出した姉を止めようとしていた話を思い出していた。


「貴方は何か勘違いをされているが、幸せとは本人が決めるもの。それを嬉しいと呼んだなら、尊重するのが筋ではありませんか?」

「……その嬉しいを言わせるために、生に絶望するまで全てを奪ってもか!」


 紅き幻影ファントム・ルージュが双銃を逆手剣に変える。今まで歪んでいた刀身は、まっすぐ貫くように伸びていた。片手で軽くはじいたのち、紅き幻影ファントム・ルージュ支部長クライン・バイブルを宙に蹴り上げる。そのまま追撃で回転攻撃を入れられ、支部長クライン・バイブルが祭壇にたたきつけられた。

 砂埃に埋まる支部長クライン・バイブルに、様子を眺めるリーンが小さくガッツポーズをする。弱っているならいける……そんなリーンの考えは、張り上げられた支部長クライン・バイブルの声にかき消された。


「生に絶望する、か。……当たり前のことを吼えるか、幻影!」


 支部長クライン・バイブルが笑いながら立ち上がり、ひび割れた大剣に息を吹きかけ青い炎を灯す。それまでの攻撃で散らばったパーツが炎に繋がれ、さらに巨大な青い剣を形成し始めた。上に手を上げ剣を構える支部長クライン・バイブルが、さらに叫ぶ。


「……そう、生がそもそも無駄なものだ!同じ魂でも肉体を失えば、記憶は剥がれ思いもなかった事になる!輪廻など所詮管理する者神を名乗る者の都合でしかない。逃れようがない運命さだめは、現実では救えず信仰によってのみ救われる!そして私が、その信仰そのものだ!」

「主語をデカくするのも大概にしろ……!」


 気押されるような声に、力強く紅き幻影ファントム・ルージュが否定を返す。変形した時と同じように、紅き幻影ファントム・ルージュ遊底スライドだった柄部分を突き合わせ、合体させる。

 上下に刃を持つ両剣を構えると、支部長クライン・バイブルと同様に金属片が武器を覆い始めた。巨大な両剣が炎に煽られ赤熱し、蜃気楼を産む。

 青い剣が振り下ろされるのと、赤い両剣が宙に舞ったのは、同時だった。


「……それで晴れるのは、お前一人の恐怖だけだ!」


 赤い両剣の下の刃の一振りで、剣の形をしていた青い光が割れる。紅き幻影ファントム・ルージュの視界からは、炎が割った道筋の中央に、無防備な支部長クライン・バイブルの姿が見えていた。



「貫け、罪人を裁く輪廻の両剣リバースエンティティ――――――!」



 両剣の上の刃が、支部長クライン・バイブルを貫く。大剣を取り落とした支部長クライン・バイブルが、その体を白磁のように変え、ついに膝から落ちていった。

 陶器のような音を立てて砕けていく支部長クライン・バイブルに向かって、紅き幻影ファントム・ルージュが急降下する。踏み砕いた欠片が舞い、黒い灰へと変わっていき、赤い両剣に吸い込まれていった。

 役目が終わったとばかりに、紅き幻影ファントム・ルージュが操っていた金属片が空中で燃え、消えていく。最後に残ったのは、青い炎がくすぶり続ける折れた大剣のみとなった。





「……終わった、ってことでいいんだよね?」

「おそらくな。残滓を吸い終われば、あとはがどうにかするだろう」

「出会いが最悪ってのもあるけど……そういう性格だったんだ。意外」


 ようやく物陰から出てきたリーンが、髪を黒く戻したアガットに声をかける。明らかに口数が増えたアガットを茶化す程度には、リーンが調子を取り戻していた。赤い光源が消えた肌は相変わらず死体の色だが、表情があるおかげでアガットにはあまり威圧感がない。


「あんたの問題は解決したっぽいし……あとは私、か。結局これ、どうするの?」


 リーンが左手首の白薔薇を見やる。その間に折れた大剣を掴んだアガットが、リーンの方に近づいていく。折れた大剣の先には、ほんのわずかに青い炎……浄化の炎ハルウェピエラが灯っていた。


「え……大丈夫?あんたもこれに焼かれて、大変な目に合ったって話じゃなかった?」

「……転生輪への楔ヴェルメルトゥーユは、器を作るための肉体の保護が主な機能らしい。俺は中途半端に焼かれたからこうなったが、かざせば保護の機能は消える。これに魂を焼くほどの火力はないから安心しろ」

「なんか急に物知りになってるけど、昔から調べてたりしてたの?」

「どうも、さっき魂にが混じってな……便利と言えば便利だが、気持ちは悪いな」


 余計なもの、の一言にリーンがやっぱり、という顔をする。合流してから一度も聞こえてこない金切り声は、なければないでアガットもリーンも多少は感傷的になるらしい。

 しばらくして無言で浄化の炎ハルウェピエラを差し出すアガットだったが、リーンはなかなか手首をかざそうとしない。


「さっきから何を考えている」

「ねえ……あんたはどうするの?便利なナビがいなくなったわけだけど。契約とやら、まだ続行中なんだっけ?」

「ゴーボンレークにまつわる契約は切れたが、もう一つは詳しい条件なんて示されていないからな。頻度か量か……機嫌を損ねれば、それまでだ」 


 アガットは、半ば諦めたように息を吐く。方針が全く決まってない事の指摘は相当痛かったらしく、動揺で軽く頭を振っていた。その様子を見て、リーンが不敵な笑みを浮かべる。


「……契約、増やす気ない?」

メリットに寄ると言ったら?」

「ちょっと、最初からないと決めつけるのは失礼でしょ。憐みじゃないのよね、これが」


 憐みではないと言われて、アガットが支えていた剣を下ろす。剣がなくなった分、リーンが至近距離までアガットに歩み寄った。




「メリット?決まってるじゃない。なんだけど」

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