謎を深める追複曲(カノン)


 十数本の細道を経て、ようやくリーンは見知った大通りに出る。そろそろお昼時となれば、曜日を問わず道には人が多かった。


 連れ去られてからそのままの状態のため、リーンはもちろん荷物をほとんど持っていない。ポケットに入っていたのは充電切れの携帯と、たまたま財布にしまっていなかった分の小銭。実物の小銭のありがたさを噛み締めながら、リーンは喫茶店に駆け込んだ。

 頼んだのは一番安いコーヒーのSサイズ。店員にごねてなんとか充電ケーブルを入手して、足早に駆け込んだ個室でリーンはだらしなくうなだれた。


「……っ、あ゛ぁー…………無いわ、こんな急展開無いでしょ。私が今まで突っ込んできたの、もっとこう、くだらないオチで笑えるものとかさあ……」


 フリーライターとしての根性がそうさせるのか、リーンは一連の騒動に悲観しない程度にはしぶとい感性の持ち主だった。髪が乱れるのも気にせず頭を掻きむしり、リーンが机に突っ伏した。悲観はしなくとも別のダメージは負っているらしく、リーンは断続的にため息を吐くオブジェクトと化していた。

 突っ伏しながら机に置いたコーヒーと奥の窓越しの景色を交互に見て、改めてリーンがため息を吐く。喫茶店のある大通りは、いつも通りとにかく人が多い。携帯が起動するまでしばらく突っ伏していたが、次第にそのままソファに寝転がる形になっていった。

 そのまま腕を組んで背中を丸め、けだるそうに小声でリーンが呟く。


「人が多い場所で自由に過ごしてりゃいいって言われてもねえ……。誰かを頼りたいのはやまやまなんだけど、あれ正直脅しよね……」



―――――



「えーと……話を整理すると。私は運悪く目をつけられた生贄っぽい何かで、既になんかされてる。これを何とかするには別の奴も倒さなきゃいけなくてー……あんた達はそれを倒したくてたまらない」

『おーいいぜ、続きは?』

「そんなわけで、そいつは私をおそらく探し回るから倒してやる代わりにおびき出してほしい。……ここまであってる?」

『そういうこった。まとめんの早いな』

「私一応ライターなんですけど?」


 ……遡ること1時間ほど前。

 たびたび皮肉が入る問答の末、リーンはゴーボンレークから、ストレスと引き換えに自分が置かれた状況を聞き出すことに成功した。幸いなことにちゃんと聞けば答えは帰ってくるため、リーンの好感度は一方的にものを言って勝手に寝た男よりも得体の知れない金切り声のほうが上だった。

 かなり話し込んでいたのだが、男が目覚める事はなかった。ゴーボンレーク曰く、男はなのだという。言われて改めて、事実を確認するためにリーンが男の頬に触れる。確かに肌の色は悪く、冷たく硬い。言い合いをした事実も本物なので、リーンはゴーボンレークが正しいことを言っているととりあえず仮定して話を聞くことにしていた。


 方針を言い終えた後で、リーンがおもむろに自分の手のひら側の左手首を見る。気を失う前にはなかった、小さな白いバラのタトゥーがブレスレットのように巻き付いている。見かけとしてはなかなかオシャレと思っていたのか、意味を聞いてしまってリーンが露骨にテンションを下げていた。


「ヴェルメ……るとぅー、ゆ?だっけ。みそぎとか何とか言ってたやつ。なんでそんな呼び方してるかなんて宗教相手に野暮なことは聞かないとして……これがあると一生追いかけまわされるって、実感わかないんだけど」

『まあ、実感した時に一人でいたらテメーは終わりだろうよ。浄化の炎ハルウェピエラで魂を焼かれて、空っぽの器から性を切り取って、死を否定する怨念が詰め込まれる。生前の人間の振りをして他人の魂を燃やして生にしがみつく、反転聖者インヴァードセイントの出来上がりだ』

「……まだ一番大事な話が残ってる。この話、私はどうやって信じればいいと思う?」


 心臓を名乗る金切り声も、話す死体も、十分異常であることは重々承知でリーンが聞く。その問いを待っていたとばかりに、金切り声がひときわ大きな声で笑い始めた。


『そう、そこで協力に関する具体的な話だ。つまり実際どんなことが起きるかがわかればいいんだろう?』

「ま、まあね。ここまでのあんたの話、全て嘘だったりしたらたまったもんじゃないし」

『ならとりあえず勝手に歩き回ってみな。もし俺様の言うことが真実なら、どんなに人ごみの中にいてもテメーは一人にぜ。その上でさらった方が確率高いに決まってるからな』


 させられる、という言い回しに不吉な予感を覚えてリーンが口を開きかけるも、さらに金切り声が畳みかける。


『何も起きなきゃ俺様は単なるほら吹きで、会う用がないからここで終わりだ。そうでなかったら、引き寄せられたそいつに用があるからまた会う羽目になる。今動かないのなら、俺様たちにとってテメーは生きて用が死んでようがどっちでもいいから問答無用で見捨てる。とにかく選びな。証明のためにも従っておくか、ここで無駄にごねて悲惨な最期を迎えるか』


 ……味方に付かなかった時の不自然すぎるデメリット。明らかに舐められている事だけはリーンにばっちり伝わった。ここで素直に承諾したなら今後も同じ対応を迫られる……そう真面目に思ったのもあるにはあるが、単純に煽り耐性の低さと我慢の限界でリーンはめちゃくちゃな啖呵で答えることになった。


「……いいじゃない。そんだけ緩いなら乗ってやろうじゃないの。嘘だったらネット記事にねちっこく全部書いて、あんたたちが動きにくくなるよう意地悪く包囲してやる。現代の人間の陰湿さ、見せてやるから」


 謎の虚勢と共に、リーンがアパートの外に出る。リーンの言葉がツボに入ったのか、ボロアパートにはしばらく狂ったように笑う金切り声が反響することになったのだった。



―――――



「はぁー……一人、一人ねえ。一応今も一人なんだけど、何も起きてないってことはハッタリの線あるって考えてもいい感じ……?」


 コーヒー1杯で粘り続けて早4時間。あれから何とか体を起こしたリーンは、連れ去られた直前を思い出すためにゴーボンレークから聞いた話を携帯にまとめている。とにかく独自用語が多いメモを眺めたリーンの第一声は、「漫画のネタ帳かよ」だった。

 ライターとしてのリーンの得意分野は、都市伝説。ただし、どちらかというと脅威でも何でもない勘違いを、事実は抑えつつも面白おかしく書く方に特化していた。普段自分が書くものとも違うため、むず痒さを感じながら自分の書いた文を読みなおしていた。


「これを信じろって、相当無理があるんだけどな……。さすがに店員さんの視点が痛いしそろそろ移動するか。メモ帳は絶望的だけど、タブレットぐらいは探さないと……」



 そう呟きながらリーンが携帯から視線を外すと、まさに遠くに店員の冷たい目があった。もうしばらくはこの店来れないな……などと思いながら、リーンはそそくさと喫茶店を後にしたのだった。

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