深淵断罪牙 ファントム・ルージュ

蒼天 隼輝

運命(定め)が指揮する序奏(イントロダクション)

 夜の大都市、オーセルクヴァック……その路地の中を、人知れず滑る十数人の影があった。黒い外套がいとうを頭からかぶった白い服の集団は、巨大な袋を背負った一人を警護するように統率の取れた動きで細道を進んでいく。一人として顔はうかがい知れないが、何かを警戒するように周りを見回している。その様子は明らかに襲撃者を想定しているような立ち回りであった。

 簡素な鉄の扉を持つアジトらしき小さな建物に、集団が吸い込まれていく。最後の一人が扉を閉めると、何重にも鍵がかけたのちに荷物で扉がふさがれた。身を隠す必要がなくなったからか、彼らは次々と外套を取り、代わりに銃を手にしていく。聖職者のような白い服に不釣り合いな武器を手にする彼らは、武装教団「聖女の園デルタ・ユートピア」を語る新興宗教の信者達……いわゆるテロリストだった。

 集団の内の数人が銃を構えて扉の方向をにらむ中、袋を持った一人を先頭に残りが一斉に階段を駆け下りていく。


「急げ、こいつが起きる前に祝福ヴァータだけでも与えなければ」

「祭壇で高位神官メージュテラー様がお待ちだ。今のうちに布陣の確認をしておけ」

とて複数個所には現れた報告がない。カモフラージュの別動隊には気の毒だが、今は祝福ヴァータを優先する」

「はっ、承知いたしました」


 階段をひたすら下る通路で、彼らは現状報告を口にする。異様な事に、信者達は大柄な大男だろうが華奢な女性だろうが、全員男とも女ともつかない声を発していた。彼らの間ではいたって普通の事なのか、声の違和感は特に感じないようだった。移動中の短い時間を利用して、走りながら銃にマガジンを装填する者ももいればオプションパーツを付け替える者、近距離戦を想定したナイフの刃こぼれを確認する者と非常に手際よく戦闘準備が進んでいく。教団と名乗ってはいるが、信者たちの振る舞いは歴戦の兵士そのものであった。



 ……だが彼らは気が付けなかった。自分達をはるか上空から眺め続け、たった今アジトの前に降り立った影があるという事を。


―――――


高位神官メージュテラー様、祝福ヴァータを受けるべき素体を手に入れました」

「ええ、どうぞこちらへ。浄化の炎ハルウェピエラにかける前に転生輪への楔ヴェルメルトゥーユを施しましょう」


 一団がたどり着いた地下には、白い石造りの天井の高い広間が広がっていた。奥には物々しい祭壇が置かれ、その前には白い服に身を包んだ一人の女性が立っていた。高位神官メージュテラーと呼ばれた女性もまた、やってきた信者達のように姿に似合わず声が低く、男性と女性の中間のような声をしていた。


「素体の性別はどちらでしょう?」

「はっ、今回は女性となっております」

「そう……では与える刻印は白薔薇フェルミオンですね。祭壇においてください」


 姿に対してやけに高い声の男が、高位神官メージュテラーに言われて袋の中身を祭壇に滑らせる。その中から現れたのは、ラフな格好をしたごく普通の女性だった。何らかの形で失神させられているのか、息はあるものの反応はない。女性の体を仰向けにしながら、高位神官メージュテラーが服の上から女性の体をなぞる。


「これが私達に接触しに来た不躾な子なんですね。不浄な肉体に、同じ場所を回るだけしかできないリード付きの魂……なんて不自由でかわいそうなんでしょう。固定観念にとらわれていては、何もわかるはずがないのに」


 顔を、胸を、腕を、腹部を。形を確認するかのように触る手は、なまめかしくもあり、狂気に満ちているようでもあった。


「……でもきっと、浄化されれば私達のすばらしさをわかっていただけることでしょう」


 あまり笑いなれていない者がするような歪な笑みを浮かべ、高位神官メージュテラーが女性の左手首に触れる。そしてそのまま置いた手に覆いかぶさるように顔を近づけ……



ドォォン!



 その瞬間、高位神官メージュテラーの後ろ……広間の入り口が、吹き飛ばされた信者で乱暴に開けられる。白い服を自らの血で染めた信者は、眉間を撃たれて既にこと切れており動く様子がない。


「ちっ……なぜここに来もがぁっ?!」


 高位神官メージュテラー以外が一斉に銃を構える中、信者の一人が呪詛を吐き捨てる前に血を吐いて倒れる。叫びをあげて倒れた味方に目を向けた一瞬の隙に、他の信者も一人ずつ胸や顔を撃ち抜かれ、倒れていった。

 通路の方面から僅かにキィン、と鳴る音を何とか聞き取り、残り数人になってようやく信者たちが通路からの跳弾にやられている事を理解する。体の中心線付近に銃をやりなんとか銃弾をやり過ごすも、銃は使い物にならなくなっていく。しばらくしてこれ以上弾丸が来ないことを察したのか、信者達はナイフを構えて侵入者を迎撃する体制を取った。


カツ……カツ……


 高位神官メージュテラーが忌々しげに振り向いた先で、靴音を鳴らしながら長身の男が広間に入ってきた。


 黒革のロングコートに黒のレザーパンツ。ダークグレーのシャツは、本人があまり気にしないせいか着方が乱雑で襟が立ったままになっている。シャツの下から覗く胸元を見ると、鎖骨付近に逆さ十字型の傷が刻まれていた。

 ほぼ黒基調でまとめられた服も十分異質だが、それ以上にのイメージが強い男だった。腰付近まで伸ばされた長髪は目を引くような原色に近い赤色で、毛先では暗い影がまるで炎のようにまとわりついていた。顔の上半分を覆うハーフマスクも髪と同じ赤色であり、男の口元がほとんど動かないこともあって表情がうかがい知ることができない。さらに手元には2丁の自動式拳銃らしき得物が握られており、左右どちらも黒いグリップを除いたほとんどのパーツがメタリックな赤で彩られていた。


『おっとぉ、パーティ邪魔しちまったか?そんな分かりやすく手招きしてんなら招待状ぐらいくれたっていいじゃねえか?こういう所ほんっとテメーら水くせえよなあ』

「…………喋るな。やかましくてかなわん」


 どこからか聞こえる饒舌じょうぜつな金切声に、男がようやく口を開く。おおよそ20代後半程度の顔立ちに対して、その声は低く重い。残った信者たちは金切声の方に反応して男の周囲に警戒を走らせたが、高位神官メージュテラーだけは男をにらみつけたまま動かない。男もまた、自分を取り囲む信者達にはさほど興味はないらしく、顔をまっすぐ高位神官メージュテラーに向けていた。


「ああ、やはり貴様は来たか……紅き幻影ファントム・ルージュ!」


 怒りのこもった高位神官メージュテラーの声に、男……紅き幻影ファントム・ルージュは反応を返さない。代わりに無言で銃を構え、高位神官メージュテラーに発砲した。

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