『星空に託して』 その8 最終回


 おじいちゃんは、たくさんお薬を飲み、それから、そのままベンチにぐたっと、なりました。


 『おじいちゃん、こっちにおいで。ここですよ。ほら、這ってでもいいからさ。』


 わたくしは、全エネルギーをかけて、おじいちゃんを呼びました。


 さすがに、見えているはずなのです。


 半分以上、閉じかけていたおじいちゃんの眼が、突然、かっと、見開きました。


 『やあ、Nちゃんじゃないか。来てくれたんだね。』


 おじいちゃん、何ぼけてるの。


 そうか、わたくしが、昔の恋人に見えているのかあ。


 それならそれで、結構よ。


 『そうよ、あなたを連れに来たの。さあ、ここまで、いらっしゃい。もう少しだから。すぐに、その苦しみはなくなるから。』


 そうだろうか、と、内心では思いながら、わたくしは、さらに、ない頭で、考えました。


 苦しみは無くなるのか?


 半世紀も、ここでさまよってるわたくしは、あまりに短い人生に、まして、突然の工場火災という事故に巻き込まれ、何が何だか分からなうちに、命を失いました。


 いまだに、苦しんでいるのです。


 でも、わたくしは、悪霊にはなりたくない。


 でも、この、おじいちゃんが欲しい。


 これは、罪でしょうか。


 おじいちゃんは、消え去った恋人の影を追うように、ふらふらと立ち上がり、右手を伸ばして、崖に近づきました。


 ベンチから。崖までは、ほんの数歩です。


 柵も何もありません。


 下は、断崖絶壁、奇岩だらけです。


 お空には、さっきまでの雲がすっかり取れて、いまはもう、たくさんのお星さまが、輝いています。


 おじいちゃんは、そのお星さまの中に、進んで行くのです。


 『さあ、あとちょっとですよ。』


 わたくしが、最後の一押しをしようとしたときでした。


 『あああ。いたいた。いました。ほら、あそこ。早く、確保!』


 消防隊員のかたが、数人やって来ました。警官さんもいます。


 そうして、女性が一人。


 『あなた、なにやってるのよ!!』


 奥様のようです。


 『あああああああ。失敗かあ。』


 消防隊員さんが、おじいちゃんの身体を、緩めに、羽交い絞めみたいにしました。


 それから、毛布で包みました。


 『ほんとに。いましたね。通報は、正しかった。』


 『いったい、どなたが通報してきたのでしょう?』


 奥さんが尋ねました。


 『それが、どうしても、言わなくてね。電話したのが、ここの公衆電話からだとは分かったので、通報者も、ここにいると、思ったんですがねぇ。』


 わたくしは、姿を消しておりました。


 おじいちゃんは、救急車の中に運ばれました。


 すると、後ろから、あの、大学を出たお姉さんが声を掛けて来ました。

 

 『まあ、仕方ないわね。彼は、あれでも、まだ寿命がある。気を取り直してくれたらいいけどね。』


 『お姉さま。あの、通報したと言うのは・・・・・・あの二人組かと思ったけど。』


 『あたしだよ。まあ、人助け。たまには、良いものだ。あんたは、あのおじいちゃんが、好きになったのかな。』


 『まままままま。まさか。』


 『おほほほほほほほほほほほほほ。』


 お姉さまは、巨大なお口を開けて笑いました。


 こ、こわ~~~!


 『まあ、彼は、一生、秘密には届かないでしょう。それが、幸福なのです。真実を知りたいが、知るのは、実は、怖いのです。』


 『はああ。お姉さまは、なにか、ご存じなんですか? その、もと。おじいちゃんの好きだった人ととかのことも?』


 『まあ、あたしは、ただの、観察者さ。このおじいちゃんが、若いころから、見学してたから。知っているけど。秘密。人間は、哀しくて面白い。でしょ?』


 『ううん・・・・・・・』


 わたくしは、まだ、納得は行きません。


 『あなたは、悪霊には向かないから。』



 でも、まずは、この地域から、脱出する方策を見つけなければ。


 わたくしには、元気が湧いてきました。




  ************   ************



                         おわり










 

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『星空に託して』 全8回 やましん(テンパー) @yamashin-2

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