『星空に託して』 その5


 おじいちゃんは、そこで、話をやめてしまいました。


 職場の恋愛ばなしの破綻なんか、いくらでもあることだろう、と、思いますが、そこで止められたら、気になるなあ。


 3人は、同じ事務所の同僚でした。


 三角関係になったわけか。


 でも、あえなく、おじいちゃんは、ふられてしまいました。


 と、たぶん、そういうわけだけど、そこんとこ、もうちょい、聞きたい。


 それで、終わりになるはずがないですよね。



 『それから、どうなったんですか?』


 と、尋ねてみても、やはり、まったく、反応はありません。


 暗い海の彼方を、見つめるばかり、です。


 わたくしは、もっと、おじいちゃんにくっつきました。


 でも、分かってはいないようです。


 しばらくして、おじいちゃんは、ぼつぼつと、また、勝手に語りだしました。


 『ふたりで、映画も見に行ったな。《オーケストラの少女』で、古い映画だし、彼女がどう思うか、わからなかったし、感想は、もらえなかった。県外の名高いお寺にも行きましたな。

あれは、なんだったのかな。彼女は、何を要求していたのか。しなかったのか。でも、ある日を境に、彼女の態度はがらっとかわりました。』


 ふんふん。近くなってきたぞ。


 じれったいなあ。


 いったい、なにがあったの?


 決闘になったのかな。

 

 昔なら、もしかして、そうなったの、かも。


 相手を、いや、彼女を、殺したとか。


 それは、さすがに、ないかしら。


 でも、ニュースでも、よく、そういうのが在りますでしょう?



 『カルメン』という、お話がありました。


 あの、大学出たお姉さんが、教えてくれました。


 カルメンと、恋に堕ちた、ドン・ホセは、許嫁のミカエラというひとがありながら、カルメンについて、犯罪グループに入り、仕事はやめてしまいました。


 りっぱな、軍人さんだったのに。


 しかし、すぐに、飽きられてしまいました。


 闘牛士、エスカミーリオの登場だ!


 それから、あっさり、ふられてしまいました、ドン・ホセは、ついに、カルメンを殺害したのです。



 『ドン・ホセは、悪く言えば、ぜいたくだ。』


 あら、やはり、分かっていたのかしら?


 『もっとも、ミカエラは、原作にはいなくて、ビゼーさんが、無理やり作った役だしな。

お芝居であって、非現実だ。そこゆくと、ゲーテさんの、『ウゥルテル』は、実話による、創作で、ウェルテルさんは、ゲーテさん、自身だ。ロッテは、シャルロッテ・ブッフさん。出版後、たくさんの若者が、自決をして、社会問題になったんだ。日本でも、かつて、華厳の滝に身を投げた学生がいて、それが、超エリートだったし、やはり、後追い自殺が多発したらしいな。でも、ぼくは、シューベルトさんの、『水車屋の娘』と、『冬の旅』に、溺れていった。だって、あの状況で、職場に、平気で居られるわけはない。まさに、毎日、地獄にいるようなものだったなあ。』



 ふん、ふん。


 是非、その、地獄を描いてください。


 わたくしは、幽霊ですから。


 怖くないです。


 やはり、血の雨を、降らせたの?


 いや、この、おじいちゃんなら、自分が自殺しかけて、助けられた。とか。


 いずれ、ただでは、済まないよね。


 彼女を、略奪したとか。


 『あら?』


 おじいちゃんは、うとうと、し始めました。


 まあ、年寄りだからなあ。


 でも、確かに、その状況は、きついだろうな。


 わたくしなら、耐えられないかな。


 いやあ、まあ、そこは、わからないなあ。


 でも、寝顔は、可愛いな。


 おじいちゃん、好き。


 いっしょに、地獄に往こう!


 わたくしが、面倒見ますから。


 


 ・・・・・・・・・・・・・・・・ 

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る