『星空に託して』 その7


 『そこから先は、ぼくには、なにも知らされていないんです。』


 おじいちゃんは、たくさんのお薬から、何かを集めているようでした。


 毒薬に違いありません。


 『ふたりが、職場において、ちらちらと連絡しているようなそぶりがあったり、終業後、よくいっしょに出掛けるようなことは、せまい事務所ですから、いやでも目につきます。


 ある程度、事情を知っているかたもありました。


 『あの子、あれで、ふたりを比べていたんだ。すごいな。』


 先輩の女性が、ぼくに、ちらっと、言ったのを覚えています。


 しかし、それは、ちっとも、楽しくありませんでした。


 ぼくは、連休も挟んで、自決旅行のために、九州にでかけました。

 

 阿蘇や、五家荘、桜島、死に場所を探しましたが、結局は、勇気もなく、おめおめと、帰ってきてしまった。


 ふたりの、婚約が成ったという、噂が流れてきました。


 はっきり言って、ぼくは、狂気の状態にありました。


 自分勝手ですね。


 そんななかで、親から、早く結婚してくれ、と、泣いて懇願され、20回以上のお見合いをしましたが、気が乗るはずもありません。


 しかし、精神崩壊を食い止める、ほかのいかなる方策があったでしょう。


 その前に、彼女は退職し、別の職場に移りました。


 就職先は、わかっていましたが、まさか、押し掛けるわけには、行かない。


 それでも、そのでっかい施設(体育館などがある…… )は、いやでも目立ちます。


 それだけで、ぼくには、猛烈な圧力がかかりました。


 しかし。……………』



 おじいちゃんは、また、止まりました。


 お水を、用意し始めました。



 『そこからのことは、本当に、わからなくなりました。さっぱりね。で、いまも、わからないままです。半世紀前の話ですよ。多少のうわさや、情報がなかった訳でもないのです。じつは、一度だけ、辞める前の彼女と、最後に話したとき、つまり、ここでね。縁談が、行き詰まっているらしき話は聞きました。しかし、ぼくは、最終的に拒絶され、すべてが夢になりました。まあ、自分の不甲斐なさがあまりに、情けなかったです。これが、すべてではないけど。ぼくは、結婚し、彼女は、どこにも、いなくなった。彼も結婚したが、その相手が、いったいだれなのかは、尋ねたこともない。ばかみたいだ。職場の人事は、知ってか知らずか、わからないが、2度とぼくたちを同じ職場には、配置しませんでした。運動会のときに、子供さんは、紹介してくれたが、奥さんは、解らなかった。ほんと、ばかみたいだ。ぼくは、子供は持たなかった。ばかみたいだ。』


 ばかみたいだ。


 それが、おじいちゃんの、本音なんでしょう。


 でも、奥さんがいるんだ。


 それは、分かってしまいました。


 わたくしは、負けません。


 わたくしは、崖の向こう側に立ちました。


 『さあ、お薬のんで、こっちにいらっしゃい。慰めてあげましょう。永遠の安息を与えましょう。さあ、いらっしゃいな。』


 おじいちゃんには、聞こえていた、そう、思います。


 いえ、そう、思いたい。


 おじいちゃんは、たくさんのお薬を、飲みました。


 それは、睡眠薬でした。


 


 ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・


          次回、最終回。

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