最終栗🌰🌰🌰🌰🌰 🌰🌰🌰🌰🌰
🌰🌰🌰🌰🌰 🌰🌰🌰🌰🌰
「また、あの夢か……」
全身がじっとりと汗をかいている。シャワーを浴びるためにベッド上で身を起こすと、こっちを見ながらパクパクと口を動かしているグッピーたちと目があった。
えさをあげないと。
彼女と一緒に少しずつ増やしてきたグッピーたち。水槽の中で、色とりどりの美しいひれが照明を受けてきらきらと光り輝いている。
彼女との毎日も、光り輝いていたはずだった。
でもあのとき、僕は選択を間違えた。
あの手を快く握り返せばよかったのか。
サヨナラなんてしたくないと、みっともなくすがらなければよかったのか。
毎日のように夢に見る、あの瞬間。
正夢ならよかったのに。
もう一度、あの時間へ戻れれば。きっと僕らの未来は違う道をたどっていた。
僕の懇願をふりきって、姿を消した彼女。
あのとき、僕の世界から彼女がいなくなった。
読んでもらえないメッセージ。かかってくることのない電話。
彼女の同僚には、「仕事を辞めた」と聞かされた。
彼女の母親には、「どこかへ旅に出るって言ってたわよ~。そのうち帰ってくるんじゃない?」と言われた。
彼女のいない世界が、こんなにも重い。
僕は、あとどれだけ、この重さに沈まなければならない?
◇ ◇ ◇
『関川さん、関川さん』
ペッパーズの声が聞こえる。
そういえば、あれ以来ろくに彼らと言葉を交わしていなかった。
『関川さん、元気出して』
いつもなら心配そうにそう言うはず。でも、今日は違った。
『
「えっ!?」
駆け寄ると、ピンクの胸部のディスプレイにどこか知らない場所が映っている。
その映像の端っこに、ほんの一瞬通り過ぎた女性の姿。
栗色の髪に栗色のコート。間違いない、二子ちゃんだ!
「これ、いつ! どこ!」
『解析します』
それから続々と映像が切り替わる。どの映像にも、ほんの一瞬、あるいは小さく、見間違えようのない彼女の姿。
僕は興奮して、画面に両手をついて至近距離でのぞきこんだ。なぜかピンクが震え出し、ブラックに脳天チョップを叩き込まれた。それからはブラックが映像案内人になった。
これ、ネット上のありとあらゆるライブ映像を拾い上げてるのか。いつの間にこんなハッキング的な――いや、今はどうでもいい。
数々の映像記録を照合し、彼女の現在の居場所として可能性が高い地点がリストアップされた。
可能性が少しでもあるなら迷わない。
データを僕のスマホへ送るように頼み、僕は急いで着替えて外へ飛び出した。
駅に向かって走る。
この先に、彼女の笑顔が待っていると信じて。
◇ ◇ ◇
目的地は二子玉川。彼女の名前が入ってるうえ、『栗かのこ』の聖地でもあるから二人で何度も出かけた場所だ。
なじみの公園へ向かう。彼女が好きだった、鮮やかな緑の芝生や川が見渡せるベンチへ行ってみようか。そこに彼女が座っている――なんて、ドラマのような素敵な偶然が待っていないだろうか。
公園の入り口へ渡るため、道路へ近づくと。
そこに待っていたのは、数台の乗用車にトラック、それから救急車にパトカーがバラバラの方角を向いてひしめきあっている、凄惨な光景だった。
大勢の人だかり。立ちふさがる警察官。
数十メートル向こうに。人と人、車と車の隙間の、わずか数ミリの中に。
見間違えようのない栗色が、揺れた。
「二子ちゃん――!?」
◇ ◇ ◇
気がつくと病院にいた。どうやってここまで来たか、意識がぼやけてあまり覚えていない。
遠くから、叫び、尋ね、懇願する僕の声が聞こえてきたような気がする。
別の方向からは、僕以外の誰かの声が、次々に僕の世界を流れていく。
「トラックが追突して、玉突きで――」
「五人以上はねたって――」
「まだ若い女性が――」
「――気の毒に――」
耳をふさぎたくなる言葉ばかりが押し寄せる。いっそこのまま、世界まるごと消してしまいたい。
でも、聞かなきゃいけない。最後まで、確かめなきゃ。
わからないままの日々を過ごすのは、もうごめんだ。何があろうと、今度こそ最後まで追いかけるんだ。
暴れ回る自分の心臓をなだめるように、ゆっくり息を吐いたあとで、僕は病院のスタッフと思われる女性に彼女の名前を告げた。
◇ ◇ ◇
案内された病室で。脚に包帯を巻かれた彼女が横たわっていた。
「二子……ちゃん……?」
突然、大きな瞳がくわっ! と開いた!
「うわッ!?」
「やだ、関川くん! なんでいるの!」
「なんでって……! こっちが聞きたいよ……!」
全身から力が抜けるとはこのことだ……。僕はその場で床にへたり込んでしまった。
「ぼ、僕は、てっきり……誰かが『気の毒に』なんて言うから……!」
「気の毒だよ~! あたし、歩いてたら強風で思いっきりスカートめくれちゃってさー。たっくさんの人に🌰ぱんつ見られちゃった~」
「……く、🌰……」
なんとか立ち上がってから医師に聞いた話では、彼女は幸いにも左足の捻挫だけで済んだ、とのこと。
乗用車が潰れるような激しい玉突き事故だったにもかかわらず、深刻な重傷を負った人はひとりもいなかった。
なんでも、乗用車の運転手が「何か」に気を取られて手元が狂ったのが、不幸中の幸い、だったとか……
……「何か」って、🌰??
◇ ◇ ◇
幸い、入院の必要もなく、数時間後には帰れることになった。
タクシーを呼ぼうとすると、彼女は首を横に振った。
「あたし、行かなきゃ。ここまで来た目的を果たさなきゃ」
「行くって、こんなときに? どこへ?」
彼女の声に、誰にもくつがえせないほどの強い決意が宿っている。
彼女が言うことが無茶苦茶なのは、今に始まったことじゃない。
こうなったら、納得いくまでどこまでもついてってやる。
「何かわけがあるなら、聞かせてくれないかな」
すると彼女は、眉尻を下げて悲しそうな目で僕を見た。
「あたし、関川くんを置いてったのに。なんでそんなに優しくするの?」
「きみが、僕との別れを本気で望んだのなら仕方ない。でも、もしそうじゃないなら……」
離したくない、という思いを込めて、小さな左手をぎゅっと握る。
その左手が、さらに強く、ぎゅぎゅっと握り返してきた。
「あたし、関川くんとはもう一緒にいられない……だって、『かのこ』のほかに推しができちゃったんだもん……!」
「…………
…………は?」
「だから、きっぱりとけじめをつけるために、聖地巡りをしてたの」
「聖地って、『かのこ』の?」
「『かのこ』と関川くん、両方。今まで二人で行った場所、ひとつひとつを回ってた」
「なんだか色々ありすぎて、理解が追いつけないんだけど……
二子ちゃんは『かのこ』を卒業するから僕とも別れる、という論旨でファイナル?」
「ほんとは卒業したくないの! でもこんな浮気性なあたし、かのラブでい続ける資格も、関川くんとつきあう資格もないもん! ちゃんと、けじめ、つけないとっ……」
僕はそれ以上言わさず、彼女を力強く抱きしめた。
「いいよ。『かのこ』も新しい推しも、一緒に愛でればいいじゃん」
「いいの? あたし、こんなんでいいの?」
「こんなんだから、いいんだ」
彼女が言うことが無茶苦茶なのは、今に始まったことじゃない。
こうなったら、末永くどこまでもつきあっていくまでだ。
◇ ◇ ◇
「それじゃ映像担当はブラック、音響担当はピンクで決まりね!」
二子ちゃんの明るい声が、部屋いっぱいに響き渡る。
僕たちは、来たるべき大切な日のために、念入りに段取りを進めている最中だ。
「で、あたしはかのこ、関川くんはマロングラッセのコスで行くじゃない。ほかのみんなには、『かのラブ』の証として🌰マスクをかぶってもらうってのはどう?」
「🌰って……かの仲間たちはともかく、親戚や二子ちゃんの上司も来るけど?」
「だーいじょーぶ! 来る人全員『かのこ』信者だから! あたしがバッチリ布教しときました!
あ、鶴々課長、部長に昇進できたんだ。
「二子ちゃん、仕事辞めたんじゃなかったっけ」
「辞めてないよ~。『かのラブ休暇』はもらったけど」
「斬新な職場だな!」
「いろんなサイズのマスク用意しないとね~。馬とキリンとアルパカの上からもかぶれるやつ!」
「――あの、さ」
彼女の手を取って、普段よりももっと真面目な声で。
「『関川くん』ってのは、もうやめようか。だって、もうすぐ二子ちゃんも『関川』になるんだから」
「――そっか、そうだね。じゃ、
二人の横顔に、グッピーたちの美しい模様がきらきらと降り注ぐ。
『かのこ』でも使われた優しいBGMが、部屋中を満たしていく。
ペッパーズによる、照明と音響の最高のコラボレーション。
僕たちはこれからも、「二人の時間」と「かのラブ」を続けていきます。
だからぜひ、みんなで結婚式に来てください。
合言葉は、まろ~~ん!!🌰
🌰🌰🌰🌰🌰 🌰🌰🌰🌰🌰
「『二尋♡二子のラブラブ二択問題』でした! ここまでつきあってくれたみんな、ありがとー!」
「また、どこかでお会いしましょう!」
『お茶うけにこんなハーフ&ハーフはいかが?』
< 完 >
お茶うけにこんなハーフ&ハーフはいかが? 黒須友香 @kurosutomoka
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