第2話 決闘

 こんな特殊な学校なのに制服がある。しかもそれなりに可愛いデザインのブレザーだ。変なところは常識的。変わっているところは、白手袋を身につけることくらいか。そんなことを思いながら、リュックを背負って住宅地を歩く。

 今日は始業式がある。他家の魔術師との交流は皆無だったから、同年代の魔術師と会うのは新鮮な気分がする。いったいどんな人なんだろう。まともに人付き合いしたことがないから、少し怖い。

 義務教育は受けていたけれど、魔術のある世界にいる自分は、普通の人とは違うと思うと、話しかける勇気は霧散してしまった。魔術師の学校はこんな私にできることはあるのだろうか。

 好奇心と不安を抱えて歩いていると、まだ朝なのに暗い路地が視界に入った。日差しが当たらないとか、そういう物理的なことだけじゃない。雰囲気が人を嫌っている。

「人除けの魔術か」

 一般人がそこを無意識に避け、認識しないように魔術がかけられている。素養の乏しい私にもこれくらいは分かる。その路地に入り学校へ向かう。ここが学校の正門に続く道のひとつになっている。

 歩くだけで憂鬱になりそうな路地を抜けると、校名がどこにも書かれていない学校の正門が現れた。左右を見れば、他の生徒がぞろぞろ歩いている道路があり、街が広がっている。けれどもどこか空疎で、生活感がどこにも無い。きっと大規模な魔術で作られた虚構の街なんだろう。

 道路を渡り、正門を越えた。新天地へ足を踏み入れた。正面に大きな木造の本校舎があり、右に実験棟や倉庫、左に大きなバロック建築の講堂がある。まるで大きな教会のようなそこで、いろんな式典が行われる。そこへ向かって、歩を進めた。

「きゃっ」

 前を歩いている女性にぶつかってしまった。

「す、すいません」

 恐る恐るぶつかった相手の顔を見た。背は女性の割には高く、茶髪ロングで毛先はゆるふわカールを巻いている。そして彼女の周りには、取り巻きと思しき女性が二人いる。今日が入学式なのに、もう取り巻きがいるというのか。いったい何者なんだろうか。

「あなたも新入生?」

 威圧的な態度をにじませて私を見る。身長の高さがそれを余計に増幅させる。怖くなって声がすぐに出ず、無言で頷いた。

「名前は何?」

「さ、佐野えりか」

「ふうん」

 そう言って私の全身をじっくり見ている。

「あなたの母親は佐野すみれさんよね。あの方は魂の研究で名高いけど、あなたもその方面に強いの?」

 母親は有名なようだ。私は魔術師界隈にいなかったから、いまいち母親の立ち位置を分かっていない。ここで有名と知ってしまうと、なおさら私の魔法の特性を言いたくない。ただでさえ素養が乏しいのに、高名な母親にかなり見劣りするとなると、きっとバカにされる。

「どうしたの? 早く教えてくれる?」

 答えないということは無理らしい。

「自分の身体能力を大幅に上げるだけ」

「え、何それ? 魂とは関係無いじゃない!」

 彼女の言葉に取り巻きも同調して、私をバカにする。

「そんなんじゃ、クラスは一番下の三組でしょ? あんたみたいなのが入学試験でいい成績残せるわけ無いんだから」

 そう言う取り巻きの言葉を聞いていると、ここに来るべきじゃなかったんだと思う。

「こんなの、かほさんの相手にならないから、さっさと先に行きましょうよ」

「そうですよ。バカの相手なんか、魔術の名門西野家のすることじゃないです」

 囃し立てる取り巻きを、かほと呼ばれた彼女が制止した。

「ただ身体能力を上げるだけの魔法で入学できたってことは、かなり上げられるんでしょ。念の為に聞くけど、何組?」

 素直に答えるのは嫌な予感がする。面倒なことになるかもしれない。でも嘘をついてもいずれバレてしまう。

「一組」

「あなたみたいな人が、私と同じクラスだなんてありえない! 親の研究成果を受け継いでいないような人間と同等だなんて!」

 かほが私に、身につけていた白手袋を投げつけた。

「校則に基づいてを申し込む」

 一瞬何のことか分からなかった。確か生徒手帳に、決闘のことが書いていた。魔術のスキルアップのために、生徒間の戦いは奨励されている。ただし殺しはだめってルールだったはず。

「何をぼんやりしてるの! 早く戦う準備をしなさい!」

「わかった」

 気は進まないけれど仕方ない。リュックを下ろし、中からナイフを二本取り出した。身体強化の魔術を行使する。

 そう意識すると、感覚がだんだんと鋭敏になっていく。遠くでさえずっている小鳥の鳴き声が聞こえ、遠く先まではっきりと見える。体も軽く感じ、力が内側から湧き上がる感じがする。

「準備できた」

 二本のナイフを構え、臨戦態勢をとった。

「だだのナイフじゃない」

 取り巻きが嘲笑しているが、かほは気にせず呪文を詠唱した。

「永遠の隷属者よ、その身を晒せ」

 かほの周囲に、二本足の獣型使い魔が一気に展開された。前衛に剣を持った狐、後衛に矢を構える犬、そして彼らの後ろでいつの間にか、かほが手に指揮棒を握っている。狐と犬はそれぞれ五匹ずついる。さしずめ、かほは小さな使い魔部隊の指揮官といったところか。

 かほが私に向けて、指揮棒を振りかざした。攻撃の合図だ。矢が弧を描いて、私に降り注ぐ。けれど矢の一本一本の軌道が、はっきりと見える。地面を蹴り、前衛との距離を詰めた。

 彼女が指揮棒を素早く振り、狐が私を取り囲むように動いた。袈裟斬り、刺突など、色んな攻撃が繰り出された。

 でも動きが見える。剣を振り上げた狐の心臓を突き刺し、他の狐の刺突を最低限の動きで避けた。刺された狐は輪郭がぼやけて形を失い、煙のように霧散した。

「私を殺す気?」

「身体能力だけでここに入学するくらいだから、あれくらい避けられて当然でしょ?」

 彼女はヘラヘラと笑いながら言った。

「もしかして怖気づいたの?」

「それはない」

 敵愾心があるわけでもないし、負けず嫌いというわけでもない。でもわざわざ決闘を仕掛けて私に関わってきた。人間関係が希薄な私にとっては大きなことだ。負ければ歯牙にかけられないだろう。弱い人間に構うほど、ここは優しい場所ではないはず。だから私は負けるわけにはいかない。

「さっさと終わりにしちゃおっか」

 そう言ってかほは指揮棒を振り、狐が総攻撃をかけてきた。さっきよりも機敏な動きで、剣撃を次々に繰り出してくる。動きは見えるから避けることはできるが、反撃する隙がない。さっきは動きが遅かったから反撃できたが、今はそれができない。

 攻撃した瞬間が一番の隙だが、それを狙って反撃しようとすると、他の狐たちが私を狙ってくる。

 間合いを取るため、後ろに下がった。リーチの短いナイフだから、距離を離すのは手痛いが、状況を立て直すためだから仕方ない。

「逃げるつもり?」

 かほが指揮棒を振り、私を追撃してくる。犬が矢を放つ。それは私の頭上を越えていき、退路を遮断するように地面を突き刺した。

 距離を取った分、前衛の狐を気にせず弓矢を飛ばしてくる。ここで勝負を仕掛けるしかない。

 使い魔たちの先にいるかほを見る。狙うべき相手はそこにいる。相手をしっかり見据え、使い魔たちが待ち構える方へ走った。今まで弧を描いていた矢が、まっすぐ狙ってくる。それを避けながら、狐たちに接近する。斬撃をしゃがんで避けて、動きを止めないで脇腹を切り裂いた。

 道は開かれた。狐の群れを抜け犬の弓兵隊に向かって走る。弧を描かない鋭い一撃が私に向かってくる。でも何も恐れることはない。体を捻り矢をかわす。それでも避けられないならナイフで弾く。

「な、何なのその動き!」

 かほは茶髪を揺らし、指揮棒を振り続けるが、その動きに焦りが見える。

 犬が矢をつがえようとしている。構えるより先に突破しないと、至近距離でされる。ならばもう一段階ギアを上げるか。

 さらに魔術を自分に行使すると、途方もない力が体の奥底から湧き上がのを感じる。その力をもとに、地面を蹴り上げた。文字通り風を切り、弓兵隊を突破した。背後で二匹の犬が倒れる音がする。かほを守る壁は存在しない。一気に距離を詰め、勢いそのままに彼女へ飛びかかった。

「きゃあ!」

 悲鳴を上げて彼女は倒れた。

「おしまい」

 ナイフをかほの喉元に突きつけた。かほの取り巻きたちを見る。彼女たちは唖然としている。

「どうする? 続ける?」

 かほは震えながら首を横に振った。

「そう、よかった……」

 意識が遠くなっていく。力を使いすぎたみたい。最後に聞こえたのは、ナイフが地面に落ちた音だった。

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