第6話 猫を追う
「街って広いんだね」
学校への侵入は確認されていないと青年に言われ、かほと街へとやってきた。
「今更そんなこと言うの? 街に行ったことくらいあるでしょ?」
「あるけど、中心部までは行ったことない」
学校のすぐ近くにあるスーパーに行くくらいで、中心部には行く用事がない。
「土地勘ないのに、猫探しなんてできるの?」
「迷子になると思うから助けて欲しいの」
「はいはい」
例のごとく彼女はぶっきらぼうに答えた。
「さすがに二人じゃ人手不足だから、助っ人を呼ぶね」
かほは呪文を詠唱し、周囲に複数の使い魔を一瞬で展開させ、街に散開させた。
「あの子たちなら狭いところにも入れるし、探し出してくれるよ」
「ありがとう」
「えりかに直球で褒められると、なんかむず痒い……」
彼女は気恥ずかしそうに、私から目を背けた。
「じゃあ私も力を使う」
力を行使したい。そう願うと体から力が溢れ出し、五感が鋭敏になる。
「そういえば、呪文詠唱しなくてもなんで魔術使えるの?」
「知らない」
母親から身体強化の魔術を教わったはずだけれど、どうやって習得したのかは覚えていない。気が付いたら、願えば使えるようになっていた。
「生まれつきの才能なのかな。そういうの羨ましいな」
かほはちょっと寂しそうな顔を見せた。こういう顔を見たのは初めてだ。
「でも私は、詠唱する魔術はみんなより下手だよ」
「ほんとよくそれで一組に入れたね。まあ戦闘能力はかなり優秀だけど」
「褒めてくれた」
「うるさい! 良い所はちゃんと褒めるのは当たり前でしょ!」
あのかほが私を褒めてくれた。承認体験の足りない心に、彼女の言葉が染みる。私を褒めてくれる人なんて、レナを除けば誰もいない。だからかほの言葉が嬉しい。
「にゃー」
黒猫があくびをしながら、私達の前を横切った。
「この街って人間以外の生き物いるの?」
「いるわけないでしょ!」
かほは使い魔に指示を出している。猫を追い詰めるのだろう。
「じゃあ捕まえてくる」
「え、ちょっと!」
彼女は何か言っているけど、気にせず地面を蹴り上げた。普通の人間相手なら、すぐに距離を詰められるはずだけど、この猫はそうはいかせてくれない。追いつくと思ったところで、猫がギアを上げたかのように加速して、距離を離される。
ゴミ箱や室外機を器用に避けながら、猫が入り組んだ狭い路地を駆け抜ける。一瞬でも視界から消えれば、猫の姿を見失ってしまう。
猫が路地の分岐に差し掛かった。曲がるときはスピードが落ちる。チャンスはそこだ。一気に猫との距離を詰められる。
猫が分岐に足を踏み入れた。その瞬間、猫の体が直角に曲がり、一切スピードを落とさずに分岐を曲がっていった。
「意味分かんない」
体の構造とか、物理法則とか、色々と無視した現象に頭が追いつかない。それでも猫に体は追いつかないといけない。
けれど、走る速さを上げすぎて、このままだと分岐を曲がりきれない。地面を曲がりたい方に力強く蹴り上げ、少し浮遊した状態で分岐に侵入した。そして壁を蹴り、地面に着地。スピードをなるべく落とさず分岐を曲がった。
しかし猫はなるべくどころか、全く落としていない。猫の先には大通りがある。広いところに出られたら、追い詰めるのが難しくなる。
「誘導ありがとう! これで挟み撃ちよ!」
使い魔たちを従えて、裏路地の出口にかほが来てくれた。これで猫を挟み撃ちにできる。
「ジャンプして逃げられないように、使い魔でなんとかして!」
「命令しないで!」
そう言いつつ指揮棒を振り、使い魔を操って猫の真上を抑えた。そして一斉に飛びかかる。
猫に手を伸ばし捕まえた。と思ったが、猫は腕をすり抜けてしまった。使い魔やかほを、またしてもありえない動きで避けて、包囲網の外側に逃げられた。
「にゃー」
私達を見てあくびをしている。
「猫の毛に触れることすらできないどころか、ナメられるなんて!」
かほが指揮棒を折ってしまいそうなほど、ギュッと握りしめて拳を作っている。
「絶対に回避する魔術使ってるのかも」
「じゃあどうしろっていうの?」
「わからない」
気配を消すしか無いだろうけど、そんな魔術は知らない。
「手を貸そうか?」
背の高い金髪でツーサイドアップの女の子が近づいてきた。
「知ってる人?」
かほは首を横に振った。
「私は三年の榊原まや。さっきから猫相手にエキサイトしてたから、ちょっと気になってね」
表情には自信と余裕が垣間見える。
榊原さんは人差し指くらいの銀色に輝く三角錐を猫に放り投げた。それは猫の真上で輪郭が崩れ、固形から水銀状に形が変化した。その大きさは元の三角錐からは考えられないほど大きなサイズをしている。
水銀状のそれはまるで水滴のように、ぽとりと猫に落ちた。猫は今までの回避行動を全く取らず、水銀状の物体に飲み込まれた。
「はい、捕まえた。これでいいんだよね?」
「え、あ、はい」
あまりにもあっけなかったから、まともな返事をすることができなかった。
「人間や使い魔のような生き物がだめみたいだし、無機物ならと思ったら、ビンゴだったね」
当然のことのように、榊原さんは解説している。彼女の自信や余裕は裏付けがあるからこそなのかもしれない。
「さっき投げた三角錐は何なのですか?」
「それは内緒だよ。小さな標的を捕まえる、秘伝の魔術のとだけ言っておくね」
気になる言い方をされて、なんだかモヤモヤする。いや、今はそれよりも大事なことがある。
「猫は無事なんですよね?」
「もちろん。周りを取り囲んでいるだけだし、水銀でもないから大丈夫」
榊原さんは猫を包んでいる銀色の何かを抱え込んだ。
「このまま運べるよ。猫を外に出したいときは、それを頭の中で願えばいいからね。はいどうぞ」
私に銀色が渡された。それの感触は固く、ひんやりしている。さっきは液状だったし、考えれば考えるほど不思議な物だ。
「二人とも一年生?」
私は小さく頷いた。わからないことばかり起きて、この状況や彼女に少し恐怖感を覚えた。
「そっか。困ったことがあったら、三年の一組に来たら、できる範囲で手を貸すよ」
そう言って私達の頭をポンとして、彼女は市街地へと消えた。
「先輩ってあれが普通?」
「違うでしょ」
安心感と少しの恐怖が混在した、変わった先輩だ。彼女を見ると、普通の先輩が存在するのか怪しいと思えた。
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