第5話 初めての依頼
二ヶ月もすれば、さすがに色んな物事にも慣れてきた。登下校はいつもかほと一緒という習慣を続けている。
かほも私との関係に慣れているのだろうか。プライドの高い彼女のことだ。慣れず、受け入れずの姿勢を崩していないのかもしれない。隣を歩いていても、ちっとも分からない。
自分から行動するのはどうだろう。レナと一緒にいるうちに、ちょっと大胆になった気がする。
「ねえ、放課後一緒におやつ食べに行かない?」
かほはなんとも言い難い、微妙な表情をしている。彼女を不快にさせてしまっただろうか。
「嫌だった?」
恐る恐る彼女に尋ねた。
「違う。なんでずっと構ってくるの?」
「友達になりたいから」
「最近、同じ組の子と仲良しなんでしょ? 私に固執する理由なんてないじゃない!」
どこかで私を見ていたのだろうか。
「わざわざ絡んできた、初めての同年代の人だから。かほと戦って、自分の力のことを褒められた。だからかほは私にとって大事な人」
「それって嫌味? 私は噛ませ犬ってことじゃない!」
「それは違う。かほは今も大事な人」
彼女は納得していない様子だ。確かに彼女の言う通り、レナと親しくするようになった。彼女と仲良くなったきっかけは、かほとの決闘に勝ったことなのも間違いない。
だからといって、かほを切り捨てるようなことはしたくない。それに彼女は私と同じ感じがする。彼女には取り巻きがいるか、それともいないかというだけで、友達と言える人がいるように思えない。私も友達がいなかった点では同じだ。
そんな私がどうこうするのは、烏滸がましい気がする。けれど、どんな形であれ、彼女と出会った。その縁を大事にしたい。
そんなことを思っているうちに、校舎の中に入っていた。いつもならここで別々のクラスに行く。けれどかほは私について来る。
「教室は反対側じゃないの?」
「テストでクラス内一位になったから、本来のクラスに戻れるの」
「じゃあかほと一緒なんだ。よかった」
「そんなつもりで言ったんじゃないんだけど」
隣でかほがボヤいているけれど、私は気にしない。これでやっと、学校でも一緒にいられる。
教室に入ると、レナが駆け寄ってきた。
「えりか、おはよ! 教務課の人がえりかを呼んでたよ。たぶん依頼じゃないかな」
「依頼?」
「学校を運営してる魔術師協会や、そのスポンサーが、生徒向けの課題を持ち込んでるの。そのことじゃないかな」
そんな話を聞くと緊張してしまう。なにせ大きな組織が関わっている。そういう依頼を私なんかができるだろうか。それに困ったこともある。隣りにいるかほの服の裾をクイクイと引っ張った。
「何?」
「教務課の場所知らない」
「はいはい」
もうそういうことは慣れたと言わんばかりに返事された。彼女はさっさと出ていこうとするので、後ろに続いた。
一階まで階段を降りて、校舎の突き当りに、教務課と掲げられた部屋があった。木製の扉は廊下の喧騒を前に静かに佇み、前にいる私を威圧しているように感じる。冷たい扉の圧に、少し後ずさりしてしまった。
「ここだよ。じゃあ案内したし、私は戻るね」
無情にもこんな怖そうなところに、一人で行かないと行くことになってしまう。それは嫌だ。またかほの制服の裾を掴んだ。
「今度は何なの?」
「一人は怖い……」
「あーもう、一緒に行けばいいんでしょ。でも呼ばれたのはえりかだから、ノックは自分でしてね」
無言でそれに頷いた。恐る恐る、冷たい木製の扉をノックした。固く重いノック音と、少しの静寂。私にはその静けさが途方もなく長く感じられた。
「どうぞ」
若い男性の声だ。その声に応じ、扉を開けた。室内は受付カウンターがあり、生徒の生活相談窓口など、役割の書かれたプレートが、それぞれの受付の天井からぶら下がっている。
室内に足を踏み入れたはいいが、どの受付に行けばいいか分からない。
「あっちの受付」
私の様子を見かねたのか、かほが指差して教えてくれた。
「ありがとう」
指さされた方に向かって歩く。そこは「生徒向け依頼」というプレートがぶら下がっているところだ。
「佐野えりかさんだね? 来るのを待っていたよ」
優しい声音で、細目の青年がさっきと同じ声で私に話しかける。この人がどうぞと言ったのだろう。
「君がここに来るタイミングは予知していたのだが、連れが来ることまでは読めなかったよ」
隣でかほが気まずそうにしていて、目が泳いでいる。
「彼女に案内してもらいました」
なるほどと言わんばかりに、一人頷いている。
「未来視ですか?」
「そうだよ。もっとも、少し先の未来しか見えないけどね」
存在は聞いたことはあるけれど、本当に未来を見ることができる人を見て、驚きと尊敬の念が湧き上がる。
「そう言うと、多くの人は戦闘に活かせるんじゃないかと言う。けれど僕は運動神経が鈍いからだめなんだ」
照れくさそうに語る彼は、細い目をもっと細くした。
「だから君のように強い人に依頼が来るんだよ」
青年は一枚の紙をカウンターに置いた。
「これが依頼だよ」
差し出された紙に目を落とし、そこにある文章と写真を見た。写真の中で目付きの悪い黒猫が私を見ている
「迷子の猫探しですか」
「猫をベースにした使い魔だよ。現実世界の魔術師の研究所から、こっちに逃げたらしい」
魔術を認識している使い魔だから、こちら側への入り口を見つけたのだろう。
「依頼はいいのですが、かほも連れて行っていいですか?」
「構いませんよ。従者なのだから」
「ちょっと! 勝手に私を巻き込まないでよ!」
かほが私を睨む。睨んでいるといえど、彼女の顔はきれいだ。こんなことを思えるくらいには、かほとの関係に慣れたのかな。自分のことなのに、対人関係のことは経験が無さ過ぎて、自信の持ちようがない。
睨んでじっとしていたかほが口を開いた。
「分かったよ、私も参加する」
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